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yearning

『たすけてくれ』

 それが、侑斗から来た最後のメールだった。


 オレと侑斗は小学校一年生の時の最初の席替えで隣になってから、何かと縁があるようで、それから中学校、高校、大学まで同じところに通うことになった。

 侑斗は体を動かすことが好きで小学校のクラブチームから高校までずっとサッカーをしていた。それに比べてオレは中学校では辛うじて卓球部に所属していたが幽霊部員で、高校では美術部に入部した。

 侑斗は社交的で友達も多かったが、何故か根暗なオレとずっと仲良くしてくれていた。オレにはあまり友達がいなかったから、侑斗の存在は大きかった。小学校の時の思い出にも、中学校の時の思い出にも、高校の時の思い出にも、必ず侑斗がいる。

 中学三年生の時、侑斗に彼女が出来て、もうオレと遊んでくれることはなくなってしまうんだろうなと思っていたが、侑斗はそれまで通りに遊んでくれた。不思議に思って、オレはその時勇気を出して侑斗に聞いた。

「どうして侑斗はオレと仲良くしてくれるんだ? 彼女優先じゃなくていいの?」

 それを聞いた侑斗はきょとんとした顔をしたあと、すぐに笑い出した。

「弘樹、マジおもしれー」

「な、何で?」

「お前、マジで言ってんの?」

「うん」

 侑斗は少し息を整えてから話してくれた。

「俺ってさ、結構バカやってんじゃん? そのイメージ? かなんだか知らねーけどさ、機嫌悪かったりとかすると、結構みんなドン引きなんだよね。弘樹はさ、そうゆうのないし、一緒にいて楽。まぁ、彼女もいいけど、友達も大事にしたいわけよ。俺はね」

「そうなんだ……」

「あ、てめー、何でちょっと引いてんだよ!」

 ちょっと照れた顔をした侑斗に小突かれたので、オレは急いで訂正した。

「引いてないよ。何か、ずっと不思議だったから」

「は?」

「オレみたいな根暗と仲良くしてくれてるの……」

「お前、成績いいのにバカなんだな」

「何でだよ」

「お前が俺と友達でいたいって思ってんなら俺も同じに決まってんだろ」

「そうなの?」

「おう」

 また照れくさそうな顔をして侑斗はオレの背中を叩いてきた。

 それからこの話をしたことはないけど、大学へ通うようになっても、オレは侑斗と変わらない関係のままだった。

 中学三年生の時の彼女、加奈ちゃんとも変わらず付き合っていたので、オレは大学を卒業したら侑斗と加奈ちゃんは結婚するものだと勝手に決めつけていたが、本人たちも満更ではないようだった。

 変わったことと言えば、大学入学と同時に侑斗は大学のすぐそばで一人暮らしを始めたことと、それに伴いバイトを始めたこと。通学に一時間もかからないのに、三十分以上は遠いと言って出ていったが、慣れない一人暮らしで寂しいせいか、しょっちゅうオレの家や実家に帰ってきていて、結局一人暮らしなんだか実家暮らしなんだかわからない感じになっている。

 このまま平穏な大学生活が待っているとオレは信じて疑わなかった。

 小さなサインを、どうしてオレは見逃してしまったんだろう。



『今どこ?』

 侑斗からのメールで起こされた。起き抜けの頭でメールの文章を考えるのがめんどくさく、電話をすることにした。

「おい、弘樹、今日の英語どうなってんだよ?」

 呼び出しがなる前に侑斗が出た。

「え? 今日の英語は休講でしょ」

「は? マジで言ってんの?」

「うん。昨日掲示板に出てたけど」

「うわ、マジ最悪」

「もしかして……」

「一限から真面目に出席しようと思ったのによー」

 最悪だと電話越しに繰り返している侑斗が少し可哀相だった。

「教室に誰もいないから気付いたの?」

「いや、いるよ」

「え?」

「俺の他にあと一人。多分、休講知らないと思うから教えてくる。かけ直すから」

 そう言って一回電話は切れた。

 さっきまでの会話を反芻しながら、どうして侑斗は休講を知らなかったのか不思議に思った。

 大学内の掲示板に張り出される他に、大学のサービスで、携帯電話に休講のお知らせをメールで受け取る設定に侑斗はしていたはずだった。何か回線の不具合でもあったのだろうか。

 しばらくすると侑斗から電話がかかってきた。

「もしもし」

「おう。一応もう一人と今掲示板確認しに行ったら案内出てた」

「そうでしょ」

「マジ最悪だけど、もう一人いてちょっとよかったわ」

「一人じゃ恥ずかしいもんね」

「うっせ。ところで弘樹は今どこにいるんだ?」

「休講を知ってたから家。あ、そう言えば、侑斗のメールで起こされたんだけど」

「俺に休講を教えなかった罰だ」

「八つ当たりじゃんか」

「出てこいよ。三限出るだろ? その前に飯行こうぜ」

「うん、何か有耶無耶にされた気もするけど」

「じゃあな」

 電話を切ったあと、そう言えば、休講に気付かなかったもう一人はどんな人なんだろうと気になった。



 大学入学してからあっという間に試験期間がやってきた。

 レポートなんてやりたくないが、やらないわけにはいかないので、教科書と参考書とインターネットを頼りに規定の文字数を埋めていると、侑斗からメールが来た。

『いま、おまえの家前だー』

 メールを見てびっくりした。時間は深夜一時。部屋の窓から玄関前を覗くとそれらしき人影がある。

 オレは急いで玄関まで降りた。

「ひーろき!」

「うわっ! 酒くさっ」

 ベロベロに酔っ払った侑斗がいた。ニコニコとしているが、それが逆に怖かった。

「ちょっ、どうしたんだよ。あ、とりあえず、オレの部屋行くか」

「うん。あのな……」

「ん?」

「へへっ」

「何だよ」

「うん」

 会話にならないようなやり取りをしながら部屋まで連れてきた侑斗は、暗がりじゃわからなかったが、泣いたような跡が顔にあった。

「あのな、俺さ……」

「うん」

「あー、だっせー」

「どうしたんだ?」

「あのな……」

 それからしばらく侑斗は黙って下を向いていたが、鼻をすすると、消えてしまいそうな声でポツリと言った。

「ふられた」

「え?」

「へへっ。わかれやしょーって」

「え? 加奈ちゃんと、別れたってこと? え?」

「ピンポーン! そのとーり!」

 そう言って無理矢理笑ってみせると、侑斗は倒れ込んで、そのまま寝てしまった。

 オレはもうレポートどころではなかった。朝になったら侑斗にまず何を聞こうか、それとも何も聞かない方がいいのか、そんなことをグルグル考えているうちに寝てしまったようで、侑斗に起こされて起きた。

「おはよう」

 一瞬、どうして侑斗が目の前にいるのかわからなかった。

「あの、ごめんな、昨日」

「あ、うん、全然」

 酔っぱらい侑斗を思い出すのにさほど時間はかからなかったが、何を話せばいいかわからなかった。

「一応、記憶あるんだ」

「あ、うん」

 間抜けな受け答えしか出来ない自分が腹立たしい。

「振られたぐらいで、だっせーよな」

「そんなことないよ」

「俺、加奈がいないとダメなんだな」

「……」

「ごめんな、こんなこと、お前にしか言えないから」

「オレでいいなら何でも言ってよ」

「サンキュー……」

 オレには侑斗の震える声とこぼれ落ちる涙を知らないふりするぐらいしか出来なかった。

 二人の間に何があったかはわからない。

 でも、納得出来なかった。お互いの両親公認の付き合いで、このまま結婚するものだと思っていたから。

「あのさ、侑斗が嫌じゃなかったら理由とか、聞いてもいい?」

「それが、俺にもよくわからない」

「え?」

「ちゃんと理由があるなら俺も少しは納得出来たんだけど、わかんないんだ」

「そうか……」

「俺のことは好きだけど、まだ生きていたいからって」

「え?」

「な? わかんないだろ」

 侑斗が冗談でも言っているのかと思ったけど、そんな風ではなかった。

 ますます二人の別れに納得がいかなくなった。

「加奈ちゃんに電話してみようか?」

「いや、いい。俺たち、納得いかねーけど、終わったし」

「そっか……」

 環境が変われば人の気持ちも変わってしまうのかもしれない。

 馬鹿なオレはそう思っていた。



「なぁ、聞いてもいいか?」

「ダメ」

「おい!」

「何?」

 お昼のピークを過ぎた学食で、オレと侑斗は遅めの昼ご飯を食べていた。

「髪の毛がこのぐらいの長さで、真っ黒で、肌も色黒の女子って、英語クラスにいるか?」

 侑斗は肩のあたりで手を水平に振り、このぐらいの長さと言った。髪型に詳しくないが、オレはおかっぱ頭を連想した。

「うーん……どうだろう」

「あと、化粧は多分してない。目は細いし小さめで、鼻は大きめかな。口元はあんま特徴ない」

 オレの頭の中で色黒な日本人形が完成したが、そんな女子を英語の時間に見た覚えはなかった。

「うーん……あんまり女子と接点ないし、わからないけど、英語のクラスの女子って結構派手な子しかいないよね」

「だよな……」

「どうしたの?」

「いや、気になっただけ」

「こっちのが気になるよ」

 侑斗は困った顔をして、うーんと唸りながら、ペットボトルに手を伸ばした。そしてお茶を飲んでから話し出した。

「あのさ、俺休講のお知らせ届くようにしたじゃん」

「うん」

「届かないじゃん」

「そうだね」

 何回やってもダメだからとオレも学生課まで付き添って設定してもらったけど、侑斗の携帯電話には何故か休講のお知らせが届かなかった。気づくと設定が解除されている。

「かれこれ三回休講の時に出席したじゃん」

「うん」

 そこまでは明るく話していた侑斗が下を向いた。

「いるんだよね」

「ん?」

「毎回、その人」

「え?」

「次、英語の時会ったら話そうと思ったら、いないんだよね」

 え? え?

「休講の時にしか会わないんだわ、その地味な彼女」

「おかしくない?」

「うん、そうなんだけど……」

「そうなんだけど?」

「いや、何でもない。変なこといって悪かったな」

「いや、こんなとこで終わらせたら気持ち悪いじゃん」

 中途半端なままは嫌だ。

「だって、弘樹、オバケとか嫌いじゃん」

「ん、まぁ、そうだけど……」

「だから、おしまい」

「え? だって、オバケじゃないんだろ、いるんだろ、実際に」

「さぁね」

 そう言って侑斗はニヤニヤした。

「もしかして、からかってる?」

「さぁね」

「あー、本気で心配したのに」

 オレは侑斗のエビフライをつついてやった。負けじとオレのとんかつを奪っていく侑斗にはかなわない。

 それからもう侑斗がこの話題を出すことはなかった。



 楽しい時間はあっという間で、もうすぐ一年が終わる。

 フリーだって思いっきり冬を楽しもうと、侑斗と遊び回った。クリスマスにはイルミネーションを見に行き、年末年始はカウントダウンと初詣に行き、バレンタインには友チョコだと言ってお菓子を交換した。

 侑斗は秋からバイト先を地元に変え、ますます一人暮らしの意味はなくなっていた。

 よく小物をなくし、無駄な出費だと嘆きながら新しいものを買いに行くのに何度も付き合った。

 ずっとこんな風に毎日が過ぎていくはずだった。

 侑斗と遊んだり、また恋愛したり、彼女が出来たり、試験に苦しめられたり、バイトで社会勉強をしたり、そんな普通の大学生活がこれからも待っているはずだったのに……

 いつも通り、笑って「また明日」と、手を振って別れた次の日、侑斗は死んだ。

 オレには信じられなかった。


『たすけてくれ』

 そのメールが来たのが夜の八時だった。一時間後に気付いて急いで電話をしたがつながらなかった。侑斗に何かあったのだろうかと不安になった。

『大丈夫』

 もう一度電話をかけようとしたら、侑斗からメールが来た。

『メール気付くの遅れてごめん! 何があった?』

 すぐにメールを返したが、侑斗からの返信はなかった。

 翌朝、侑斗に電話をしてみたが、またつながらなかった。何だか嫌な予感がしてオレは侑斗の家まで行くことにした。ふざけて「新しい彼女が出来るまでは合鍵は弘樹に託す」と言って侑斗の部屋の鍵は渡してもらっていた。

 通学するのにそこまで遠くないと思っていたが、今日は大学近くの侑斗の部屋までがやたら長く感じた。

 何回か遊びに行ったことがあるが、それほど新しい物件ではないので、近くの部屋への音漏れを考えると、侑斗の部屋よりはオレの家や外で遊ぶことの方が多かった。

 侑斗の部屋の前まで行くと、ちょうどお隣さんが出かけるところだった。

 会釈をすると、会釈を返してくれた。

 昨日、隣の部屋でおかしな音がしなかったか聞こうかと思ったが、急ぎ足で行ってしまったので、侑斗の部屋のインターフォンを押した。

 出てくる気配はないし、ドアには鍵がかかっていた。

 出かけているか寝ているだけならいいが、昨日のメールがどうしてもひっかかる。

「侑斗! 開けるぞ!」

 一応声をかけて鍵を開ける。

 玄関には侑斗の靴が三足、キッチンは使った形跡がなく綺麗なまま。キッチンの奥の扉を開ければ、六畳の部屋と押入れがある。

「侑斗?」

 キッチンの奥の扉に向かって呼びかけたが、返事はない。出かけているのかもしれない。

 でも、念のために、扉を開けた。

「侑斗……」

 部屋の中に侑斗はいた。ただ、いつもの侑斗ではなかった。

 首には真っ赤な紐がぐるぐるに巻き付けられ、半開きの目は濁っていて、口からはベロがはみ出している。

「……っ」

 死んでいる。

 理解するまでに少しかかった。そして、理解できた瞬間から疑問が湧き出てきた。

 どうして? どうして? どうして?

 どうして侑斗が死んでいるのか?

 情けないことに震えてきた。でも、侑斗から目をそらすことは出来なかった。

 最初は部屋の真ん中に寝転がっている侑斗しか目に入っていなかったが、見ているうちに侑斗の腕の近くに携帯電話が落ちていることに気付いた。

 手先も震えたが、侑斗の携帯電話を何とか拾い上げ、中身をチェックする。

 発着信はバイト先と、オレ、オレも知っている友達で埋まっていた。メールの送受信もザっと見た感じ同じようなものだった。

「ごめんな、侑斗……」

 今更とは思ったが、一応侑斗に断りを入れてから三件の未送信メールを見た。

『最近、部屋がおかしい気がする』

『物なくなりすぎてやばい。おかしい』

『手わプ』

 最初の二件は宛先はなかった。誰かに送ろうと悩んだのだろう。保存日も二ヶ月前だった。最後の意味がわからない『手わプ』だけ、宛先がオレになっていて保存日が昨日の夜八時過ぎだった。

「て、わ、ぷ?」

 口に出してみたが、何のことだかわからなかった。でも、その直前に送ってきているメールはが『たすけてくれ』である以上、このメールには意味があるのだろう。

「手……には何もなさそうだもんな……」

 助けを求めていたんだから、きっとこのメールは慌てて打ったんだろう。似ている言葉……てわぷ……てわぷ……

「テープ?」

 伸ばし棒を入れたかったのに打ちすぎてまた入力が「わ」に戻ってしまったのかもしれない。

 侑斗の足元にテレビとビデオデッキのリモコンが転がっていた。さらにその先にテレビとビデオデッキがある。

「侑斗、見るから」

 また侑斗に断りを入れてからリモコンを握り締めた。まだ震えは止まらない。こうゆうときは警察を呼ぶものではないかと一瞬頭をよぎったが、このまま真実を先に知りたいと思った。

 電源をつけ、ビデオを再生すると途中からだった。

「これは……」

 ビデオの中に写っているのはこの部屋の中のようだった。巻き戻して最初から見ることにした。押入れの扉、そして、小さい丸テーブルに飲みかけのペットボトルが乗っているのがわかった。今はテーブルは畳んで部屋の隅にあるが、貼ってあるアニメのステッカーが全く同じなので、この部屋の中を撮影したもので間違いなさそうだった。

 しばらく何も変化がなかったので早送りで見ることにした。

「え?」

 押入れの扉が開き、中から誰かが出てきた。顔まではっきりわからないが、黒髪で、肩ぐらいまでの長さがあるからおそらく女だろう。女は部屋の中を歩き回り、ペットボトルの蓋を外して舐めまくっていた。

 目が小さいからか、やたらと鼻が大きく感じる顔をした女だった。肌の色も少し黒そうだった。

「黒い、日本人形……」

 いつだか、侑斗が言っていたのはこの人のことではないのか?

 いや、それよりもつい最近、この人を見たきがする……

「お隣さん、か……」

 さっき急ぎ足で出かけていったお隣さんはこんな髪型で、こんな顔をしていたのではないか……

「っ……」

 声にならない空気が口から漏れる。

 ビデオの中の女はまた押入れへと戻っていった。そして、侑斗が入ってきてビデオの撮影を止めるまで、女は押入れから出てこなかった。

 がたっ……

 押入れの方から物音がした。

 やばい。

 やばい。

 やばい。

 そっちを見たくないけど、見ないわけにはいかない。


 侑斗の部屋の押入れの前で、黒い日本人形のような女が、真っ赤な紐を持って立っていた。

2014

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