第二章:王都での船出(6)
翌朝、工房は緊張感に包まれていた。
レオン王子の訪問に備え、俺たちは早朝から準備に追われた。
自動調合システムと修復システムの最終調整、そして新しいプロジェクトの構想まとめ。
工房の入り口の掃除をしていると、ミミが興奮した声を上げた。
「来たよ! 馬がいっぱい!」
窓から外を見ると、騎士団に護衛された馬車が工房に近づいてくるのが見えた。
先頭には、リンディが馬上から周囲を警戒しながら進んでいる。
「来たか……」
緊張と期待が入り混じる感覚を覚えた。
この訪問が成功すれば、工房の地位はさらに盤石になる。
「イリス、ミミ、準備はいいか?」
二人が頷くのを確認し、俺たちは工房の前に整列した。
馬車が到着し、リンディが先に降りて周囲を確認する。
その後、レオン王子が姿を現した。
以前会った時よりも、さらに威厳のある装いだった。
白と金を基調とした正装に身を包み、腰には儀礼用の短剣を下げている。
しかし、表情は穏やかで親しみやすい印象だ。
そして王子の後ろには、先日会ったダンカンと、もう一人の男性が続いた。
その男性はレオン王子とは対照的に、派手な服装で全身に宝石をちりばめていた。
小さな目が俺たちを値踏みするように見ている。
「ジャレッド公爵……」
イリスが小声で言った。
ジャレッド公爵が、なぜ王子とともに?
レオン王子は笑顔で近づいてきた。
「アサギさん! 評判通りの活躍ぶりですね」
彼は陽気に手を差し出した。
俺もそれに応じる。
「王子殿下、工房にお越しいただき光栄です」
「いえいえ、こちらこそ楽しみにしていました。さあ、あなたの素晴らしい工房を見せてください」
俺たちが工房内に案内すると、レオン王子は驚きと感心の声を上げながら、各システムを見学していった。
「これが噂の自動調合システムですか?」
「はい。一度の設定で、複数のポーションを同時に調合できます。魔力効率も従来の方法より30%向上しています」
王子は熱心に説明を聞き、時折質問を投げかけた。
彼の鋭い質問からは、単なる好奇心だけでなく、国家運営に関わる実用性を見極めようとする意図が感じられた。
一方、ジャレッド公爵は終始冷ややかな表情で、時折鼻で笑うような仕草を見せていた。
工房見学の後、レオン王子は主要な決定を伝えた。
「アサギさん、正式に王国の技術顧問として、あなたを任命したいと思います」
その言葉に、イリスとミミが小さく歓声を上げた。
「さらに、研究資金と材料の優先供給も約束します。あなたの才能を王国全体のために生かしてほしい」
これは予想以上の展開だった。
王国技術顧問という立場は、より大きな影響力と資源へのアクセスを意味する。
「ありがとうございます、殿下。力の限り貢献します」
レオン王子は満足そうに頷いた。
「ただし」
ジャレッド公爵が一歩前に出た。
彼の声には明らかな敵意があった。
「このような前例のない権限を与える以上、適切な監視体制が必要です。私の部下を常駐させることを提案します」
それは明らかに妨害工作の下準備だった。
レオン王子も眉をひそめたが、公の場での対立を避けるためか、すぐには拒否しなかった。
「その点については、後で協議しましょう、ジャレッド公」
王子は巧みに話題を変え、今後の展望について質問してきた。
「次にどのようなものを計画していますか?」
「はい。次は農業分野での自動化システムと、魔力収集装置の開発を考えています」
レオン王子の目が輝いた。
「農業の自動化! それは素晴らしい。国内の食糧生産が向上すれば、民の生活も大きく改善される」
彼の反応からは、民衆の生活向上を真摯に考えていることが伝わってきた。
王子の訪問は大成功だった。
彼は去り際に、心からの期待を伝えてくれた。
「アサギさん、あなたの能力は王国の宝です。共に素晴らしい未来を作りましょう」
王子とジャレッド、ダンカンが帰った後、リンディだけが工房に残った。
「おめでとう、アサギ。王子は本当に感銘を受けておられました」
「ありがとう、リンディ」
彼女の姿勢が少しだけ柔らかくなったように感じた。
「ただ……気をつけて。ジャレッド公爵は、あなたを潰そうとしている。今日の訪問も、わざと同行して状況を探るためだった」
「わかっている。適切な対策は講じておく」
彼女は少し安心したように見えた。
「それともう一つ……」
リンディは少し言いづらそうにしていた。
「明日、騎士団の剣の修復テストに立ち会ってもらえないだろうか。自動修復システムの性能を実戦で確かめたいんだ」
「構わないよ」
彼女の表情が明るくなった。
「ありがとう。では明日、騎士団訓練場で会いましょう」
リンディが去った後、イリスとミミが興奮した様子で俺のもとに駆け寄ってきた。
「アサギさん、大成功でしたね!」
「うん!アサギさんすごかった!」
二人の嬉しそうな顔を見ていると、心が温かくなるのを感じた。
「みんなのおかげだよ」
素直にそう言うと、イリスもミミも驚いたような、嬉しそうな表情になった。
「さあ、次のプロジェクトに取り掛かろう。これからが本番だ」
工房には活気が満ちていた。
俺たちの挑戦は、まだ始まったばかりだ。
この日、俺はある決断をした。
工房の一角に、ミミ専用の小さな作業スペースを設けることにしたのだ。
「ミミ、これからはここが君の担当だ。小さな部品の組み立てや調整を任せるよ」
彼女の目が輝いた。
「私の……専用の場所?」
「ああ。君の器用さは工房の大きな戦力だ」
彼女は感極まったように、涙ぐんだ。
「ありがとう……アサギさん! 絶対頑張るよ!」
イリスも優しく微笑んでいた。
翌日からさらに忙しい日々が始まった。
王国の技術顧問としての任務、騎士団との連携、そして新プロジェクトの開発。
しかし、それらの作業の合間に、俺は時々思うのだった。
《オートメイト》を通して世界を最適化する中で、効率だけでなく、共に歩む仲間たちとの絆。
それもまた、前の世界では経験できなかった、大切な何かなのかもしれないと。
「世界最適化進行度:5.0%」
女神からのメッセージが頭に浮かぶたび、その数字は着実に上昇していた。
効率化だけが目的ではないのかもしれない。
この世界での「効率の先」に何を見出すのか—女神の問いの意味が、少しずつ見えてきたような気がした。