表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/24

第二章:王都での船出(6)

 翌朝、工房は緊張感に包まれていた。


 レオン王子の訪問に備え、俺たちは早朝から準備に追われた。

 自動調合システムと修復システムの最終調整、そして新しいプロジェクトの構想まとめ。


 工房の入り口の掃除をしていると、ミミが興奮した声を上げた。


「来たよ! 馬がいっぱい!」


 窓から外を見ると、騎士団に護衛された馬車が工房に近づいてくるのが見えた。

 先頭には、リンディが馬上から周囲を警戒しながら進んでいる。


「来たか……」


 緊張と期待が入り混じる感覚を覚えた。

 この訪問が成功すれば、工房の地位はさらに盤石になる。


「イリス、ミミ、準備はいいか?」


 二人が頷くのを確認し、俺たちは工房の前に整列した。


 馬車が到着し、リンディが先に降りて周囲を確認する。

 その後、レオン王子が姿を現した。


 以前会った時よりも、さらに威厳のある装いだった。

 白と金を基調とした正装に身を包み、腰には儀礼用の短剣を下げている。

 しかし、表情は穏やかで親しみやすい印象だ。


 そして王子の後ろには、先日会ったダンカンと、もう一人の男性が続いた。

 その男性はレオン王子とは対照的に、派手な服装で全身に宝石をちりばめていた。

 小さな目が俺たちを値踏みするように見ている。


「ジャレッド公爵……」


 イリスが小声で言った。

 ジャレッド公爵が、なぜ王子とともに?


 レオン王子は笑顔で近づいてきた。


「アサギさん! 評判通りの活躍ぶりですね」


 彼は陽気に手を差し出した。

 俺もそれに応じる。


「王子殿下、工房にお越しいただき光栄です」

「いえいえ、こちらこそ楽しみにしていました。さあ、あなたの素晴らしい工房を見せてください」


 俺たちが工房内に案内すると、レオン王子は驚きと感心の声を上げながら、各システムを見学していった。


「これが噂の自動調合システムですか?」

「はい。一度の設定で、複数のポーションを同時に調合できます。魔力効率も従来の方法より30%向上しています」


 王子は熱心に説明を聞き、時折質問を投げかけた。

 彼の鋭い質問からは、単なる好奇心だけでなく、国家運営に関わる実用性を見極めようとする意図が感じられた。


 一方、ジャレッド公爵は終始冷ややかな表情で、時折鼻で笑うような仕草を見せていた。


 工房見学の後、レオン王子は主要な決定を伝えた。


「アサギさん、正式に王国の技術顧問として、あなたを任命したいと思います」


 その言葉に、イリスとミミが小さく歓声を上げた。


「さらに、研究資金と材料の優先供給も約束します。あなたの才能を王国全体のために生かしてほしい」


 これは予想以上の展開だった。

 王国技術顧問という立場は、より大きな影響力と資源へのアクセスを意味する。


「ありがとうございます、殿下。力の限り貢献します」


 レオン王子は満足そうに頷いた。


「ただし」


 ジャレッド公爵が一歩前に出た。

 彼の声には明らかな敵意があった。


「このような前例のない権限を与える以上、適切な監視体制が必要です。私の部下を常駐させることを提案します」


 それは明らかに妨害工作の下準備だった。

 レオン王子も眉をひそめたが、公の場での対立を避けるためか、すぐには拒否しなかった。


「その点については、後で協議しましょう、ジャレッド公」


 王子は巧みに話題を変え、今後の展望について質問してきた。


「次にどのようなものを計画していますか?」

「はい。次は農業分野での自動化システムと、魔力収集装置の開発を考えています」


 レオン王子の目が輝いた。


「農業の自動化! それは素晴らしい。国内の食糧生産が向上すれば、民の生活も大きく改善される」


 彼の反応からは、民衆の生活向上を真摯に考えていることが伝わってきた。

 王子の訪問は大成功だった。

 彼は去り際に、心からの期待を伝えてくれた。


「アサギさん、あなたの能力は王国の宝です。共に素晴らしい未来を作りましょう」


 王子とジャレッド、ダンカンが帰った後、リンディだけが工房に残った。


「おめでとう、アサギ。王子は本当に感銘を受けておられました」

「ありがとう、リンディ」


 彼女の姿勢が少しだけ柔らかくなったように感じた。


「ただ……気をつけて。ジャレッド公爵は、あなたを潰そうとしている。今日の訪問も、わざと同行して状況を探るためだった」

「わかっている。適切な対策は講じておく」


 彼女は少し安心したように見えた。


「それともう一つ……」


 リンディは少し言いづらそうにしていた。


「明日、騎士団の剣の修復テストに立ち会ってもらえないだろうか。自動修復システムの性能を実戦で確かめたいんだ」

「構わないよ」


 彼女の表情が明るくなった。


「ありがとう。では明日、騎士団訓練場で会いましょう」


 リンディが去った後、イリスとミミが興奮した様子で俺のもとに駆け寄ってきた。


「アサギさん、大成功でしたね!」

「うん!アサギさんすごかった!」


 二人の嬉しそうな顔を見ていると、心が温かくなるのを感じた。


「みんなのおかげだよ」


 素直にそう言うと、イリスもミミも驚いたような、嬉しそうな表情になった。


「さあ、次のプロジェクトに取り掛かろう。これからが本番だ」


 工房には活気が満ちていた。

 俺たちの挑戦は、まだ始まったばかりだ。


 

 この日、俺はある決断をした。

 工房の一角に、ミミ専用の小さな作業スペースを設けることにしたのだ。


「ミミ、これからはここが君の担当だ。小さな部品の組み立てや調整を任せるよ」


 彼女の目が輝いた。


「私の……専用の場所?」

「ああ。君の器用さは工房の大きな戦力だ」


 彼女は感極まったように、涙ぐんだ。


「ありがとう……アサギさん! 絶対頑張るよ!」


 イリスも優しく微笑んでいた。

 翌日からさらに忙しい日々が始まった。

 王国の技術顧問としての任務、騎士団との連携、そして新プロジェクトの開発。


 しかし、それらの作業の合間に、俺は時々思うのだった。


 《オートメイト》を通して世界を最適化する中で、効率だけでなく、共に歩む仲間たちとの絆。

 それもまた、前の世界では経験できなかった、大切な何かなのかもしれないと。


「世界最適化進行度:5.0%」


 女神からのメッセージが頭に浮かぶたび、その数字は着実に上昇していた。

 効率化だけが目的ではないのかもしれない。

 この世界での「効率の先」に何を見出すのか—女神の問いの意味が、少しずつ見えてきたような気がした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ