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第二章:王都での船出(3)

 翌朝、約束通り工房へと案内された。


 市中の少し離れた場所にあるその建物は、外見こそ年季が入っていたが、広さと構造は申し分なかった。

 二階建ての石造りで、周囲に小さな中庭がある。

 かつての錬金術師の工房らしく、実験用の設備や特殊な魔法陣の跡も残っていた。


「以前の持ち主が突然姿を消して以来、空き家になっていたんです」


 案内役の若い役人が説明する。


「王子様の命令で、最低限の掃除はしましたが、中の道具や書物はそのままになっています」

「ありがとうございます」


 役人が去った後、俺は工房の中を隅々まで探索した。

 一階には大きな作業場と材料置き場、二階には書斎と寝室がある。

 地下室もあるようだが、扉が固く閉ざされており、今は開けられないようだった。


「これだけあれば十分だな……」


 まずは魔力収集装置の開発から始めようと考えていた矢先、玄関のドアがノックされた。


 ドアを開けると、そこには一人の若い女性が立っていた。


 水色の長い髪を優雅にまとめ、大きな眼鏡の奥には知的な紫色の瞳が輝いている。

 白いローブ(水色のライン入り)を身にまとった彼女は、どこか儚げでありながらも、背筋を伸ばして立っていた。

 手には幾つかの書物と羽ペンを抱えている。


「あの、アサギさんですか?」


 少し緊張した様子で、彼女は尋ねた。


「はい、そうですが」

「はじめまして! イリス・エルフィールドと申します。王立魔導技術院の研究員として、レオン王子より研究協力のご指示をいただきました」


 彼女は丁寧に頭を下げた。

 その仕草には気品が感じられた。


「よろしく、イリス」


 彼女を中に招き入れる。

 工房の中に足を踏み入れた彼女の目が、興奮で輝いた。


「素晴らしい……! この工房、昔から気になっていたんです! 以前の主人は高名な錬金術師でしたが、3年前に突然姿を消してしまって……」


 イリスは工房の中を歩き回りながら、様々な器具や本棚に触れていく。

 その姿はまるで宝物庫に迷い込んだ子供のようだった。


「あ、これは古代ルーン文字の研究書……! そして、これは鉱石の純度測定器ですね! ああ、魔力結晶の培養装置まで!」


 彼女の知識の豊富さに少し驚いた。

 そして何より、彼女の純粋な好奇心が心地よく感じられた。


「イリスさん、あなたは魔法について詳しいようだね」

「はい! 特に魔法理論と古代魔法の研究が専門です。王立魔導技術院ではゴーレム工学部門との共同研究もしていて……あっ!」


 彼女は突然、足を滑らせ、抱えていた本をばらまきながら転びそうになった。

 咄嗟に腕を伸ばし、彼女を支える。


「大丈夫?」

「す、すみません!」


 イリスは顔を真っ赤にして慌てふためいた。

 本を拾おうとしてさらに膝をついてしまい、眼鏡がずれる。


「いつもこうなんです……研究は得意なのに、体が言うことを聞いてくれなくて……」


 彼女は照れくさそうに笑った。

 その素直さが、どこか心を和ませる。


「まずは、魔法理論について教えてもらえるかな? 俺の《オートメイト》の能力、理論的にはどう説明できるのだろう?」


 イリスの目が輝いた。


「ぜひ! まずは《オートメイト》の詳細を知りたいです。実演していただけませんか?」


 こうして、俺とイリスの共同研究が始まった。


 彼女に《オートメイト》の基本的な機能を説明し、簡単なデモンストレーションとして「自動風力調整システム」を構築した。

 室内の空気の流れを最適化し、快適な温度と湿度を維持するシステムだ。


「驚くべき能力です……!」


 イリスは魔力の流れを専用の道具で計測しながら、熱心にメモを取っていた。


「魔力回路の形成パターンが通常の魔法と異なります。より構造化されていて……」


 彼女の分析は鋭く、俺自身も気づかなかった《オートメイト》の特性を指摘してくれた。

 例えば、魔力消費の効率性や、構築したシステムの安定性に関する法則性など。


「イリスの知識は非常に役立つね」


 素直に感謝の言葉を伝えると、彼女は照れたように眼鏡を押し上げた。


「い、いえ! アサギさんの能力こそ素晴らしいです。これは……世界を変える可能性を秘めています」


 研究に没頭しているところに、再びノックの音。

 ドアを開けると、リンディが立っていた。

 今日は騎士の制服ではなく、シンプルな乗馬服姿だった。


「お二人とも、研究は進んでいますか?」


 彼女の視線がイリスと俺の間を行き来する。

 なぜか少し緊張感が漂った。


「リンディ! 来てくれたのね」


 イリスが嬉しそうに駆け寄る。

 二人は知り合いのようだった。

 リンディの表情が柔らかくなる。


「イリス、調子はどう? アサギの能力は解析できそう?」

「まだ始まったばかりよ。でも、本当に興味深い能力なの! 古代魔法の一種かもしれないわ」


 二人の会話から、彼女たちが友人関係であることがわかった。

 リンディがイリスの研究を気にかけているようだった。


「アサギ」


 リンディが俺に向き直った。


「王子から、あなたの力を試す機会を設けたいとのことです。明日、小規模なデモンストレーションをお願いできますか?」

「デモンストレーション?」

「はい。市場での自動化システムの実演です。王国の商人たちにあなたの能力を示す良い機会になるでしょう」


 なるほど、レオン王子は俺の能力を広く知らしめようとしているのか。

 それは悪い話ではない。

 技術の普及と影響力の拡大につながる。


「承知しました。最善を尽くします」


 リンディは頷いた。


「では、明日の朝に中央市場でお待ちしています」


 彼女が去った後、イリスが不思議そうな表情で俺を見つめていた。


「リンディ、いつもあんなに堅いわけじゃないんですよ。実は優しい人なんです」

「そうなんですか?」

「ええ。彼女、責任感が強すぎて、つい厳しく見えるだけなんです。私たち、学生時代からの友達で……」


 イリスの口調には、リンディへの深い友情が感じられた。


 ◇

 

 夕方になり、イリスは帰る準備を始めた。


「明日からは、もっと具体的な実験計画を立てましょう! 魔力効率の測定や、構築されたシステムの持続性テストなど……」


 彼女の研究熱心さには感心させられる。

 魔法と科学の融合という観点から、《オートメイト》の本質に迫ろうとする姿勢は、俺にとっても大いに参考になった。


 イリスが去った後、工房の整備に取り掛かる。

 明日のデモンストレーションの準備と、長期的な研究開発のための環境づくりだ。


 その作業の途中、ふと違和感を覚えた。

 誰かが……見ている?


 振り返ると、工房の窓の外に小さな影が見えた気がしたが、近づくと何もない。

 気のせいだろうか。


 夜が更けていく中、俺は明日のデモンストレーションの詳細な計画を練り上げた。

 《オートメイト》の能力を最大限に見せつけ、この王国での地位を確立する。

 それが最優先課題だった。


 ◇


 翌朝、約束通り中央市場に向かった。


 王都の中央市場は活気に満ちていた。

 露店が所狭しと並び、商人たちの威勢の良い声が飛び交う。

 新鮮な野菜や果物、魚、肉、そして様々な日用品が売られている。

 人々の往来も多く、まさに王都の中心地という雰囲気だった。


 待ち合わせ場所には、リンディとともに見知らぬ男性が立っていた。

 彼はリンディより年上で、50代半ばといったところか。

 白髪混じりの短い髪と、鋭い灰色の瞳を持つ。

 姿勢が良く、その佇まいからは長年の軍歴が感じられた。


「アサギ殿、お待ちしておりました」


 男性が一歩前に出て、俺に会釈した。


「ダンカン・グレイウォールと申します。王宮顧問を務めております」


 彼の声は落ち着いていて、言葉には重みがあった。


「レオン王子から、アサギ殿の能力について報告を受けております。今日は実際にその目で拝見したいと思いましてね」

「ダンカン様は元王国騎士団の総団長です」


 リンディが敬意を込めて補足した。


「では、デモンストレーションを始めましょうか」


 ダンカンの提案に頷き、俺は市場の中央に用意された小さな台の上に立った。

 リンディが周囲の人々に呼びかける。


「皆さん、お集まりください! 今日は特別なデモンストレーションがあります!」


 人々が徐々に集まってきた。

 好奇心に満ちた目で、俺を見上げている。


「ヴェルディア王国の皆さん、私はアサギと申します」


 簡潔に自己紹介し、《オートメイト》について説明した。


「今日は、市場での作業を効率化するシステムをご紹介します」


 左腕の《オートメイト》を起動させる。

 青い光が腕を伝い、周囲の空気が震えた。


「《市場総合自動化システム》、起動」


 まず、市場全体を解析する。

 売り手と買い手のパターン、商品の流れ、気温、人の動き……あらゆるデータを収集し、最適化のポイントを見つける。


 魔力回路が市場全体に広がっていく。

 露店の間に見えない糸が張り巡らされ、システムが形作られる。


 最初の変化は、果物屋の前で起きた。

 バラバラに並べられていた果物が、自動的に再配置され始めた。

 鮮度と色合いによって最適な位置に整列し、顧客の注目を引きやすい配置になる。


 次に、魚屋の前では、魚の切り分け作業が自動化された。

 包丁が宙に浮かび、精密な動きで魚を素早く切り分けていく。

 作業効率は明らかに3倍以上になっている。


 肉屋では、肉を包む紙が自動的に折られ、適切なサイズの包みが次々と作られていった。

 商人は驚きの表情を隠せない。


 そして最後に、市場全体の通路に魔力の糸が張り巡らされ、人々の流れが最適化された。

 混雑しがちな場所に「迂回路」が示され、スムーズな移動が可能になった。


 システムが完全に稼働すると、市場全体が驚くほど効率的に動き始めた。

 取引の速度は上がり、無駄な動きは減少し、全体の生産性が明らかに向上している。


 周囲から驚きの声と拍手が湧き起こった。


「信じられない……!」

「これは魔法ですか?」

「商売がはどるぞ!」


 商人たちの反応は上々だ。

 ダンカンとリンディも感心した様子で見守っている。


 デモンストレーションが成功裏に終わると、多くの商人たちが俺に近づき、

 質問や依頼が殺到した。


「私の店にも自動化システムを!」

「料金はいくらですか?」

「他にはどんなことができるんですか?」


 リンディがその場を取り仕切り、人々を落ち着かせた。


「詳細については、後日改めてご連絡します。アサギ殿はレオン王子の庇護の下、工房を開設されます」


 興奮した人々が少し落ち着いた頃、一人の男性が俺たちに近づいてきた。


「なかなか興味深い見世物でしたな」


 その声には皮肉が染み込んでいた。


 振り返ると、高級な衣装に身を包んだ中年の男が立っていた。

 金糸の刺繍や宝石がふんだんに施された服は、明らかに権力と富を誇示していた。

 その顔には傲慢さが浮かび、小さな目には嫌悪と警戒の色が見える。


「ジャレッド公爵」


 ダンカンの声が低く沈んだ。

 明らかに快く思っていない様子だった。

 ジャレッドは俺を値踏みするように上から下まで眺め、鼻で笑った。


「非常に興味深い能力ですね」


 俺はできるだけ中立的な態度を取った。

 この男が何者かは明らかだ。

 リンディとダンカンの反応から、間違いなく政敵だろう。


 リンディが一歩前に出た。


「ジャレッド公爵。アサギ殿は王子の客人です。敬意を持って接していただきたい」

「ほう、アストリアの娘が守ってくれるとはな。だが覚えておくがいい。この手の珍しい力は一時的な興味を引くだけだ。王国の伝統と秩序を脅かすものは、長くは続かんぞ」


 その言葉には明らかな脅しの意味が込められていた。


「ジャレッド公、公開の場での威嚇はお控えください。レオン王子にお伝えすることになりますよ」


 ジャレッドは一瞬歯を食いしばったが、すぐに作り笑いを浮かべた。


「忠告しているだけだ。異物は異物、いずれ排除される。それが自然の摂理だ」


 そう言い残し、彼は取り巻きを連れて立ち去った。

 場の空気が重くなる。


「あの男は何者ですか?」


 俺はリンディに尋ねた。

 リンディは苦々しい表情で答える。


「ジャレッド・フォン・クローゼン。王国で最も有力な貴族の一人で、保守派の中心人物です。レオン王子の改革に最も強く反対している人物でもあります」

「彼の言うことは気にする必要はないが、警戒はしておいた方がよい。彼には多くの支持者と、かなりの影響力があります」


 ダンカンが落ち着いた声で言った。

 この出来事で、王国内の政治的対立の一端が見えた気がした。

 レオン王子とジャレッド公爵を中心とした二つの派閥。

 そして俺は、どうやらその対立の新たな要素として巻き込まれつつあるようだ。


 ダンカンが話題を変える。

 

「さて、デモンストレーションは大成功でした。これでアサギ殿の能力が広く知られることになるでしょう。レオン王子も喜ばれるはずです」


 リンディが頷いた。

 

「そうですね。今後の計画については、また工房でお話ししましょう」


 デモンストレーションを終え、三人で工房へ戻る途中、市場の片隅で作った自動化システムが崩れ始めたことに気づいた。

 魔力の持続時間には限界があるようだ。

 これは今後の課題だな、と俺は心に留めておいた。


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