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第二章:王都での船出(2)

 森の端に位置する小さな集落は、すでに混乱の渦中にあった。

 農家の木造家屋が炎に包まれ、住民たちが悲鳴を上げて逃げ惑っていた。


 馬から降りたリンディは、すぐに騎士たちに指示を出し始めた。


「アルフレッド、北側を固めろ! マーカス、住民の避難誘導を! ジョン、私と共に敵の中心部へ突入する!」


 彼女の指揮は的確で、混乱の中にも秩序をもたらした。

 騎士たちはためらいなく従い、それぞれの持ち場へと散っていく。


 初めて目にするゴブリンの姿に、一瞬背筋が寒くなった。

 身長は1メートルほどで、緑色の皮膚と尖った耳、鼻を持ち、黄色い牙を剥き出しにしている。

 手には粗末な武器を持ち、集団で住民を襲っていた。


 リンディは剣を抜き、ゴブリンに立ち向かった。

 彼女の剣さばきは見事で、流れるように次々とゴブリンを切り倒していく。

 その美しさと残酷さのコントラストに、一瞬見入ってしまった。


 しかし、すぐに我に返る。

 今やるべきことは観察ではない。

 《オートメイト》の実戦テストだ。


「《対象解析:ゴブリン》」


 《オートメイト》を起動させると、視界にゴブリンの情報が浮かび上がった。


《対象解析:ゴブリン。知能:低。集団行動型。弱点:頭部、腹部。特性:暗視能力。警戒:中》


 情報をもとに、すぐに戦術を練る。

 ゴブリンは数で勝る戦略を取っているようだ。

 騎士たちは個々の戦闘能力は高いが、数の不利は明らかだった。


 ちょうど近くに倒れていた荷車を見つけ、その傍に寄った。


「《自動バリスタ構築》、起動」


 荷車の木材と金属部品が宙に浮かび、再構成されていく。

 ゴブリンも騎士も、一瞬その光景に目を奪われた。


 完成したのは、小型の自動バリスタ。

 荷車の車輪を利用して移動可能な設計になっており、魔力回路が青く光っている。


「《ターゲット設定:ゴブリン》、《自動照準》、《連続射撃》、起動!」


 バリスタが唸りを上げ、次々と矢を放ち始めた。

 精密な照準システムにより、矢はほぼ確実にゴブリンの弱点を捉える。


 リンディは一瞬呆気にとられていたが、すぐに状況を把握し、戦術を変更した。


「全員! アサギの……機械を利用して戦え! ゴブリンを誘導しろ!」


 指示は素早く浸透した。

 騎士たちは自動バリスタの射程内にゴブリンを追い込み始める。


 さらに、俺は《自動トラップネットワーク》を地面に展開した。

 ゴブリンが踏むと作動し、足首を捕らえる罠が連鎖的に作動する仕組みだ。


 森の奥から、より大きな影が現れた。


「ホブゴブリンだ! 気をつけろ!ゴブリンの首領だ!」


 ホブゴブリンはゴブリンより一回り大きく、筋肉質で、粗雑ながらも頑丈な鎧を身につけていた。

 手には大きな鉄槌を持ち、それを振り回して騎士たちを薙ぎ倒す。


 リンディが単身、ホブゴブリンに挑みかかる。

 彼女の剣が青白い光をまとい、魔法の力を帯びているのがわかった。


(魔法剣か……)


 しかし、ホブゴブリンの力は強大だった。

 リンディの一撃を鉄槌で受け止め、逆に彼女を吹き飛ばす。

 リンディは木に激突し、一瞬息が詰まったように見えた。


 ホブゴブリンが彼女に迫る。


(まずい!)


「《高出力バリスタ、緊急再構成》」


 既存のバリスタを急速に改造し、出力を上げる。

 魔力をさらに注入すると、バリスタが明るく輝いた。


「《集中照準:ホブゴブリン》、《最大出力》、発射!」


 強化された矢がホブゴブリンの背中に突き刺さった。

 悲鳴を上げて振り返るホブゴブリン。

 その隙にリンディが立ち上がり、剣を構える。


「今だ!」


 俺の声に反応し、リンディが踏み込んだ。

 彼女の剣が炎をまとい、ホブゴブリンの首筋を正確に捉えた。

 断末魔の叫びを上げ、ホブゴブリンが倒れる。


 首領の死に、残りのゴブリンたちが混乱し始めた。

 騎士たちはその隙を逃さず、次々とゴブリンを倒していく。


 戦闘は予想外に早く終結した。


 俺は構築したシステムを解除し、《オートメイト》の回路を休めた。

 消費した魔力は予想以上だった。

 少し息が荒い。


 リンディが近づいてきた。

 彼女の鎧は血で汚れ、顔には傷があったが、その目は勝利の輝きを宿していた。


「あなたの……オートメイトでしたか? あれがなければ、もっと多くの犠牲が出ていたでしょう」


 彼女の声には明らかな感謝の色があった。

 しかし、同時に困惑と警戒も混じっている。


「魔法ではないと言いましたが、あれは一体……」

「簡単に言えば、物事を効率的に自動化する能力です」

「効率的……」


 リンディは何か考え込むような表情をした。


「アサギ、王都へ来ていただけませんか?」

「王都ですか?」

「はい。あなたの能力は……特殊です。王子様にぜひ会っていただきたい」


 正直、これは願ってもない申し出だった。

 人里を探していた俺にとって、王都は情報と資源の宝庫になるはずだ。


「喜んでお供します」


 リンディの顔に安堵の色が浮かんだ。

 しかし、すぐに厳しい表情に戻った。


「ただし、王都に着くまではあなたを監視させていただきます。不審な行動は取らないでください」


 俺は頷いた。

 彼女の慎重さは理解できる。

 未知の力を持つ者への警戒は当然だ。


「了解しました、リンディさん」


 彼女は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに表情を引き締めた。


「リンディ副隊長と呼んでください」


 その言葉には毅然とした威厳があったが、頬が僅かに赤く染まったのは気のせいだろうか。


 ◇


 王都への道中、リンディから様々な情報を得ることができた。

 この世界はヴェルディアと呼ばれ、俺たちがいるのはヴェルディア王国。

 東方には強大なアルカディア帝国があり、緊張関係にあるという。


 また、魔法や魔物の存在は当たり前の世界で、騎士団は王国防衛の要だということも分かった。


 リンディ自身は王国騎士団第七騎士隊の副隊長で、アストリア子爵家の次女だと明かしてくれた。

 彼女は実家を出て騎士になることを選び、厳しい訓練を経てその地位を得たらしい。


「騎士としての誇りと責任を何より大切にしています」


 そう語る彼女の眼差しには、揺るぎない決意が宿っていた。


「そういうアサギさんは……どのようなお方なのですか? その不思議な能力は……生まれつきのものですか?」

「いいえ。この能力は……女神から授かりました」


 リンディの目が大きく見開かれた。


「女神から? 創世の女神ですか?」

「詳しくは分かりません。白い衣をまとった美しい女性でした」


 彼女は半信半疑の表情を浮かべたが、追及はしなかった。


 夕方になり、遠くに巨大な城壁が見えてきた。

 壁の向こうには無数の建物が立ち並び、その中心に巨大な城が聳えている。


「王都ヴェルディアです」


 リンディの声に、少し誇らしげな響きがあった。


 城壁の門に近づくと、衛兵たちがリンディに敬礼する。

 その横を通り抜け、俺たちは王都の中へと入った。


 石畳の道路、整然と並ぶ建物、そして行き交う人々。

 城下町特有の活気が街全体を包んでいた。

 様々な店が軒を連ね、露店では商人たちが声高に商品を宣伝している。


「まずはレオン王子にご報告します」


 リンディは馬を城の方向へと向けた。


 城は想像以上に壮麗だった。

 荘厳な石造りの壁、高くそびえる塔、そして青と金の旗が風になびく様子は、まさに異世界のファンタジーそのものだった。


 城内に入ると、さらに厳重な警備がある。

 リンディの身分証明書のようなものを確認した後、我々は中へと通された。


 長い廊下を通り、ついに大きな扉の前に到着した。


「執務室です。王子はこちらにいらっしゃるはずです」


 リンディはノックをし、中から返事があると扉を開けた。


「第七騎士隊副隊長リンディ・アストリア、帰還いたしました!」


 俺たちが入ったのは広々とした執務室だった。

 窓からの光が部屋を明るく照らし、壁には地図や書棚が並んでいる。

 中央には重厚な机があり、その前に若い男性が立っていた。


「おかえり、リンディ。任務は無事に終えたようだな」


 レオン王子は想像していたよりも若く見えた。

 おそらく20代半ばだろうか。

 金色の髪と深い翠色の瞳を持ち、威厳と知性を兼ね備えた表情をしていた。

 白と金を基調とした上質な衣装は王族の身分を示していたが、過度な装飾はなく、実務的な印象を受けた。


「はい、ですが……予想外の事態がありました」


 リンディは簡潔に状況を報告した。

 ゴブリンの襲撃、そして俺の《オートメイト》による介入について。


 レオン王子の目が俺に向けられた。

 その視線は鋭く、見透かされるような感覚を覚えた。


「アサギさん、ですか。リンディの報告では、あなたは非常に興味深い能力をお持ちだとか」

「はい。《オートメイト》と呼ばれる自動化能力です」

「自動化……それは魔法とは異なるものなのですね?」

「はい。魔力を使いますが、原理は違います。対象を解析し、最も効率的なシステムを自動的に構築する能力です」

「効率的なシステム……」


 レオン王子の目に、かすかな光が灯ったように見えた。


「それは、例えば戦闘だけではなく、他の分野にも応用できるのですか?」

「はい。あらゆる作業やプロセスに応用可能です」

「例えば、農業や工業、あるいは……行政にも?」


 彼の質問には明確な意図があるようだった。


「理論上は可能です。ただし、魔力の制約や、対象に対する理解度によって限界があります」


 レオン王子は机に寄りかかり、しばらく考え込むような素振りを見せた。


「アサギさん、率直に聞きましょう。あなたはその能力をどのように使いたいと考えていますか?」


 質問の真意を測りかねたが、正直に答えることにした。


「最も効率的なシステムを構築したいと考えています。無駄を省き、生産性を最大化する。それが私の目標です」

「生産性の最大化……それは、この国にとって非常に有益な考え方かもしれません」


 レオン王子の顔に微かな笑みが浮かんだ。

 彼は立ち上がり、窓の方へ歩いた。


「実はこの王国は今、大きな転換点にあります。技術の停滞、物資の不足、そして……内部での意見対立」


 レオン王子の声には苦悩の色が混じっていた。


「隣国アルカディア帝国は、我々が知らない高度な技術を持つと言われています。このままでは、彼らの脅威に対抗できなくなるでしょう」


 彼は再び俺を見つめた。


「あなたの能力は、この国を変える力になるかもしれません」


 部屋の空気がピンと張り詰めた。

 この発言には明らかな政治的意図があり、俺を利用したいという考えが透けて見える。


 しかし、俺にとってもこれは好機だった。

 技術と資源、そして影響力を得る絶好の機会だ。


「お力になれるなら、喜んでお手伝いします」


 俺の答えにレオン王子の顔が明るくなった。


「素晴らしい! ぜひあなたの力を王国のために貸していただきたい」


 彼は机の引き出しから地図を取り出した。


「市中に使っていない建物があります。かつては王立錬金術師の工房でした。そこをあなたの活動拠点としてはいかがでしょう?」

「工房……」


 俺の心拍数が上がるのを感じた。

 自分専用の工房。

 《オートメイト》の能力を最大限に発揮するには理想的な環境だ。


「ありがとうございます。ぜひそうさせていただきます」


 リンディが一歩前に出た。

 

「ただし王子、まだアサギのことは十分に把握できていません。監視の必要が――」

「もちろんだ、リンディ。初めは適切な人員を配置しよう。また、研究協力者としてイリスを派遣する」

「イリス……宮廷魔法士のイリス・エルフィールドですか?」


 リンディの声に、微かな動揺が感じられた。


「そうだ。彼女の魔法理論の知識がアサギさんの能力の理解に役立つだろう」


 こうして話が進み、翌日から俺は工房を与えられ、活動を開始することになった。

 夜、俺は城内の客室に案内された。

 柔らかなベッドと温かい食事――異世界に来てから初めての贅沢だった。


 窓から見える王都の夜景を眺めながら、今日一日を振り返る。

 予想もしなかった展開だ。

 森から王都へ、そして王子の庇護下へ。


 明日から始まる新しい生活に、胸が高鳴るのを感じた。


「世界最適化進行度:1.5%」


 ふと、頭の中にそんな数字が浮かんだ。

 女神からのメッセージだろうか。


 数字は確実に上がっている。

 この調子で進めば、いずれ100%に到達できるはずだ。


 そのためには、この王都での活動を最大限に効率化する必要がある。


 眠りにつく前、最後にこう思った。


(明日からが本番だ……)



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