第二章:王都での船出(1)
森を抜けると、そこには広大な平原が広がっていた。
昨夜見えた光の方向に向かって、俺は歩を進めた。
警戒ゴーレムを前方に配置し、採集ゴーレムは食料や水を集めながら後方についてくる。
「昨夜の光源までは、あと半日くらいか……」
地図も道もない状況で最適なルートを計算するのは難しいが、太陽と地形を頼りに効率的に進むことにした。
正午を過ぎたころ、ようやく人の営みの痕跡が見え始めた。
耕された畑、放牧された家畜。
そして遠くには、石造りの家々が点在している小さな集落が見えた。
「やはり人里か」
俺は一瞬足を止めた。
この世界の人々との初めての接触だ。
どのように振る舞うべきか、効率的な第一印象を考える必要がある。
集落に近づくほどに不安も強まった。
元の世界とは明らかに異なる服装、言葉の違い、そして何より《オートメイト》という未知の能力を持つ俺が、どのように受け入れられるのか。
「とりあえず、普通の旅人としてふるまおう」
集落の外れにある小さな川で一旦身繕いを整え、ゴーレムたちを解除した。
《オートメイト》をむやみに使うのは、この世界の常識がわかるまでは控えるべきだろう。
集落の入り口に立つと、数人の村人が警戒するような目で俺を見ていた。
しかし、予想以上に冷静な反応だ。
どうやらこの世界では「旅人」という存在自体は珍しくないらしい。
「すみません、ここはどこの集落ですか?」
俺は最も年長に見える男性に声をかけた。
「ここはオーク森近郊の西集落だ」
男性は俺の服装に怪訝な顔をしながらも答えてくれた。
「王都への道を教えていただけませんか?」
この質問に男性は顔を上げた。
「王都? あんた、どこから来たんだ? 王都は東に三日ほどだが……」
「遠い国から来たもので……」
会話の途中、突然、集落が騒がしくなった。
人々が慌てて走り回り、子供たちが家の中に急いで入っていく。
「何があったんだ?」
男性の顔が強張った。
「オークの群れが出たらしい。すぐに逃げろ!」
そう言うなり、男性は集落の中央へと走っていった。
オーク――どうやらこの世界の魔物らしい。
人々の恐怖から察するに、危険な存在のようだ。
逃げるべきか、《オートメイト》で対処するか、一瞬考えたが、まずは状況を確認すべきだと判断した。
集落の高台に上り、周囲を見渡す。
すると北側の林から、緑色の肌を持つ大柄な人型生物の集団が現れた。
それぞれが粗末な武器や革鎧を身につけている。
「あれがオークか……」
肌理の細かい解析はできないが、明らかに敵意を持って集落に迫っている。
このままでは住民たちが危険だ。
俺は即座に《オートメイト》を起動させようとした。
しかし、その瞬間、一隊の騎士たちが西側から駆けつけてきた。
「第七騎士隊、前へ!村人を守れ!」
騎士たちはオークと村の間に陣形を敷き、戦いの構えをとった。
彼らの鎧は青と銀で統一され、おそらくこの地域を守る正規の軍隊なのだろう。
しかし、オークの数は騎士たちを上回っている。
これは不利な戦いになる可能性が高い。
騎士たちが奮闘する様子を見ながら、俺は再び《オートメイト》の使用を考えた。
この騎士たちを助けることで、彼らとの関係構築にもなる。
しかし、未知の能力を突然使えば、敵と見なされる可能性もある。
決断を迫られたその時、オークの一団が集落の裏手から侵入しようとしているのが見えた。
騎士たちは前面の攻撃に集中しており、気づいていない。
「このままでは、村人が危険だ」
ためらう時間はない。
俺は裏手へと回り込み、《オートメイト》を起動させた。
「《自動迎撃トラップ》、起動」
地面から突如、尖った杭が立ち上がり、オークの進路を塞いだ。
さらに木々の間に張り巡らせた魔力の糸が、通過しようとするオークを捕らえる。
不意を突かれたオークたちは混乱し、進撃が止まった。
しかし、その騒ぎを聞きつけたのか、騎士団の一部が裏手に回ってきた。
彼らが目にしたのは、異様な服装で謎の能力を操る俺の姿。
「そこの者! 動くな!」
三人の騎士が俺に剣を向けた。
彼らの目には警戒と疑いの色が浮かんでいる。
「待ってください、これは……」
「黙れ! お前がオークを操っているのか!?」
男が俺を敵と認識したのは明らかだった。
《オートメイト》の青い光や未知の能力が、彼らに不信感を抱かせたようだ。
説明する間もなく、最前列の騎士が剣を振り上げた。
剣が鈍い光を放ち、頭上で弧を描いた。
間一髪で身をかわしたが、すぐに次の攻撃が続く。
剣を振るう男の顔は汗で光り、額の筋肉が怒りに歪んでいた。
「待ってくれ!」
俺は叫んだが、相手は聞く耳を持たなかった。
もう一度剣が振り下ろされる。
今度は後ろに跳んで回避したが、足場が悪く、転びそうになった。
(こうなったら仕方ない……)
左腕の《オートメイト》を起動させる。
肌の下で魔力回路が青く光り、周囲の空気が震えた。
「《自動拘束トラップ》、起動」
男の足元の地面が突如盛り上がり、蔦のように伸びた草が彼の足首を絡めとった。
驚いた男は体勢を崩し、剣を取り落とす。
「な、なんだこれは!? 魔法か!?」
男が混乱した表情で叫ぶ。
彼の後ろでは、同じ鎧を着た二人の男が警戒の目を向けてきた。
「魔法ではありません。自動化システムです」
俺は冷静に答え、立ち上がった。
「貴様、何者だ!」
取り押さえられた男が怒りに任せて吠える。
明らかに問答無用で襲いかかってきた彼らが被害者面をするのは、非効率的な状況だった。
「俺はただの旅人です。あなたたちこそ何故襲ってきたのですか?」
「旅人? その異様な服装で?」
男の目が俺の全身を舐めるように見た。
確かに、元の世界から持ってきた服装は奇妙に映るのだろう。
しかし、問題の本質はそこではない。
「服装が異なるからといって、いきなり人を襲うのは非効率的です」
「こ、こいつ……」
男が口を開きかけたその時だった。
「止めなさい! 全員!」
凛とした女性の声が響き渡った。
振り返ると、一人の女性騎士が馬上から睨みを効かせていた。
太陽の光を背に受け、その姿は一瞬神々しくさえ見えた。
輝く金髪をポニーテールにまとめ、鎧の銀光が眩しい。
澄んだ青い目は氷のように冷たく、周囲を威圧していた。
体格は女性としては高めで、隙のない立ち姿からは長年の鍛錬が窺える。
王国騎士団の制式な鎧は女性用に調整されているようだが、その下の引き締まった体躯からは確かな戦闘能力が感じられた。
「副隊長!」
拘束された男が声を上げる。
彼女は馬から颯爽と降り、堂々とした足取りで近づいてきた。
「許可なく一般人に剣を向けたな。アルフレッド」
彼女の声は低く、抑制された怒りを含んでいた。
「し、しかし副隊長! この者は明らかに怪しい! あの魔法のような……」
「黙りなさい」
たった一言で、男――アルフレッドは口を閉ざした。
彼女の威厳に圧倒されたようだった。
彼女は俺に向き直り、警戒の目を向けた。
「あなたは誰ですか? どうやってアルフレッドを拘束したのですか?」
質問は端的でありながら、その眼差しには鋭い観察力が宿っていた。
「アサギといいます。旅の途中でした。この方々に襲われたので、自衛のために《オートメイト》を使用しただけです」
「オートメイト? 初めて聞く言葉ですね」
「自動化システムです。対象を解析し、効率的に作業を自動化する能力です」
説明しながら、俺はアルフレッドの足を絡めている草を解放した。
拘束が解けると、彼はすぐに剣を拾い上げようとしたが、女性騎士の鋭い視線に遭い、動きを止めた。
「私はリンディ・アストリア。王国騎士団第七騎士隊副隊長です」
彼女――リンディは自己紹介すると、改めて俺を観察した。
「あなたの服装は確かに……特殊ですね。どこから来たのですか?」
「遠い東の国から来ました」
嘘ではない。
日本は東の国だ。
ただ、次元が違うだけで。
リンディは何か言いかけたが、突然、遠方から悲鳴が聞こえてきた。
「副隊長!」
別の騎士が駆け寄ってくる。
「集落が、ゴブリンの襲撃を受けています!」
リンディの表情が一瞬で引き締まった。
「全員、直ちに集合! 救援に向かうぞ!」
そう命じると、彼女は俺に向き直った。
「アサギという方、あなたのことはまだ信用していませんが、今は他に優先すべきことがあります。ここは危険なので、この場を離れなさい」
俺は頷いたが、頭の中では別の思考が動いていた。
(危険な魔物の存在か。騎士団が出動するほどの脅威なら、この能力で対処できるか試してみるべきだな)
リンディが馬に飛び乗ろうとしたとき、俺は声をかけた。
「手伝わせてください」
彼女は驚いたように振り返った。
「何を言っているのですか? 危険です。一般人は避難してください」
「この《オートメイト》が役に立つかもしれません」
リンディは一瞬迷いの色を見せたが、時間が無いことを悟ったのか、短く頷いた。
「ご自分の身は自分で守ってください」
その言葉は冷たかったが、声の奥に僅かな心配の色が混じっていた気がした。