第一章:異邦人の生存戦略(2)
目が覚めたのは早朝だった。
木漏れ日が射し込み、鳥のさえずりが聞こえる。
シェルターから顔を出すと、森全体が朝露に濡れて輝いていた。
まず、昨日設置した罠の確認に向かった。
魚捕りの装置には、5匹ほどの小魚が捕らえられていた。
予想通りの結果だ。
自動罠の方はまだ何も捕まっていなかったが、これは統計的に予測内だった。
「効率的な狩猟は時間をかければかけるほど確率が上がる……気長に待つべきか」
しかし、そのためには安定した拠点が必要だ。
今のシェルターは一時しのぎにすぎない。
「より耐久性のある拠点を作るべきだな。できれば複数のゴーレムで……」
そう考えていると、突然、頭に鋭い痛みが走った。
視界が一瞬白くなり、そこに浮かび上がったのは金色の文字だった。
「世界最適化進行度:0.5%。ノイズ確認……興味深いですね」
女神の声が脳裏に響いた気がした。
しかし、すぐに消え去り、再び森の音だけが耳に届く。
「なんだったんだ、今の...」
頭をかかえながら考える。
おそらく何らかの監視システムが働いているのだろう。
女神は俺の行動を観察しているのかもしれない。
しばらく思索に耽ったが、結局は先に進むしかない。
この世界で生き抜き、《オートメイト》の力を最大限に生かすためには、より安定した拠点が必要だ。
「《自動採集ゴーレム》、設計開始」
前回の経験を活かし、今度はより単純な命令系統で、目的に特化したゴーレムを作ることにした。
食料や水、有用な素材を自動的に集める専用のゴーレムだ。
設計に1時間ほど費やし、3体のゴーレムを作り上げた。
それぞれ水、植物性食料、素材に特化している。
サイズは先のゴーレムと同じく30cmほど。
顔の部分はあえて作らず、機能美だけを追求した。
「お前たちの任務は単純だ。それぞれの目的に合った対象を集めて、この場所に持ってくること。自己判断は最小限に抑えろ」
3体のゴーレムは無言で動き出した。
前回のゴーレムに比べて動きは機械的だが、効率は良さそうだ。
自分は拠点の強化に取り掛かった。
地上でのシェルターと、木上の避難場所の二段構えにする計画だ。
万が一の時にも対応できるようにするためだ。
手を動かしながら考えた。
この世界では、魔力という新たな変数が加わっている。
プログラミングと近いようで、微妙に異なる。
魔力の流れは電気のようでありながら、より有機的で、時に予測不能な動きをする。
それでも、基本的な論理構造は応用できる。
条件分岐、ループ処理、並列計算……これらの概念を魔力回路に落とし込んでいく。
正午までには、地上に簡易的な小屋が完成し、木上のシェルターも強化された。
採集ゴーレムたちは定期的に戻ってきては、水や食料、有用な素材を運んでくる。
「予想よりもうまく機能しているな」
ごつごつした岩の上に腰掛け、集められた果実を頬張りながら、次の計画を練った。
もう少し大きなゴーレムがあれば、狩猟や防衛にも使えるだろう。
しかし、魔力の消費が気になる。
体内の魔力がどれほどあるのか正確にはわからないが、複雑なゴーレムを作るほど、明らかに疲労感が増す。
「魔力回復の方法も調べる必要があるな...」
疲れを感じながらも、次の一手を考え続ける。
この状況を最も効率的に改善する方法。
最適解を見つけるまで、思考は止まらない。
休憩中、ふと思いついて「《自動演奏ゴーレム》」を作ってみた。
単純な娯楽のためのゴーレムだ。
細い枝で作ったフルートのような楽器を持ち、風を送り込んで音を鳴らす仕組みになっている。
「何か曲を演奏してみろ」
ゴーレムはぎこちなく動き、フルートを口元(と思われる部分)に持っていった。
しかし、出てきた音は不協和音の連続だった。
ゴーレムは明らかに混乱している。
「なるほど……音楽的センスのような抽象的な概念は、《オートメイト》の対象にならないか」
面白い発見だった。
この能力には明確な限界がある。
技術的・物理的なプロセスは自動化できても、芸術や感情のような領域は苦手なようだ。
これは将来的に注意すべき制約だろう。
夕方になり、太陽が西の空に傾きかけたころ、不思議な事件が起きた。
自動罠システムからの警告信号が脳裏に響いた。
何かが捕まったようだ。
急いで現場に向かうと、罠に引っかかっていたのは茶色い毛皮の小型の獣。
体長30cmほどの、リスとウサギを混ぜたような生き物だった。
「ちょうど良い獲物だな」
罠に近づこうとした瞬間、予想外の事態が発生した。
別の罠が作動し、俺の足首が宙に吊り上げられた。
「な、何だ!?」
天地がひっくり返り、血が頭に下がる感覚。
木の枝からぶら下がる形で、身動きが取れなくなった。
考えてみれば単純な話だ。
複数の罠を連携させる際、それぞれの作動条件を明確に分離していなかった。
一つの罠が作動すると、近くの罠も連動する仕組みになっていたようだ。
これは完全に設計ミスだ。
「くそっ……非効率極まりない」
自分のポカに呆れながら、左腕の《オートメイト》を起動させようとした。
しかし、この姿勢では集中力が散漫になり、うまく機能しない。
「何事も経験だ……次からは例外処理をしっかり組み込もう」
30分ほど格闘した末、なんとか自力で枝まで手を伸ばし、ロープを解くことができた。
地面に落ちた衝撃で、少し背中を打った。
起き上がると、罠に捕まっていた獣はもういなかった。
当然だ。
俺がもがいている間に、何らかの方法で逃げたのだろう。
「今日の晩めしが……」
残念に思いながらも、この失敗から多くを学んだ。
《オートメイト》は万能ではない。
その性質を理解し、限界を認識した上で使わなければならない。
拠点に戻り、残りの果実と、運良く罠に掛かっていた別の小動物(ネズミのような生き物)で夕食を済ませた。
味は悪くなかったが、肉の調理法についても今後研究が必要だと感じた。
夜になり、火を囲みながら一日を振り返る。
《オートメイト》という能力の可能性と限界が少しずつ見えてきた。
この能力を最大限に生かせば、この異世界でも快適な生活を築けるかもしれない。
しかし、魔力の制約や自身の理解度の限界もある。
また、この森には俺以外の知的生命体はいないのだろうか?
もし人間の集落があるなら、そこで情報を集める方が効率的だ。
「明日は少し遠出してみるか……」
焚き火を眺めながら考えを巡らせていると、突然、頭上から物音がした。
警戒ゴーレムが何かを発見したようだ。
木に登ってみると、ゴーレムが空を指差していた。
夜空を見上げると、遠くの空に橙色の光が見えた。
火事だろうか?
それとも……。
「あれは、松明の光か?」
距離は判断できないが、明らかに人工的な光だ。
つまり、知的生命体の存在を示している。
「よし、明日はあの方向を目指そう」
胸の内に期待感が湧き上がるのを感じた。
この世界について、もっと多くを知りたい。
《オートメイト》の可能性を最大限に引き出すためには、この世界の知識や素材、そして魔力についての情報が必要だ。
「人里を目指すか……」
星空を見上げながら、明日の計画を練った。
採集ゴーレムの一部を持っていき、残りは拠点の警備に残す。
必要最低限の荷物だけを持ち、移動の速度を最適化する。
頭の中でルートの最適化を計算していると、いつの間にか眠りに落ちていった。
◇
朝の光で目を覚ますと、鳥たちが騒がしくさえずっていた。
拠点を出発する準備を整えながら、この5日間を振り返った。
《オートメイト》の力で、ゼロから生存基盤を構築することができた。
食料、水、安全な寝床...生命維持のための最低限は確保できている。
しかし、長期的に見れば、孤立した森の中での生活には限界がある。
より高度な文明、人間社会との接触が必要だ。
「情報と資源、それに人的ネットワーク……次のステップに進むなら、それらは不可欠だな」
採集ゴーレムが集めた果物をいくつかポケットに詰め込み、水筒代わりの木の容器を腰に下げた。
警戒ゴーレムを一体連れて行き、残りのゴーレムたちには拠点の維持を命じた。
「一週間以内に戻る。その間、拠点の維持と防衛を続けろ」
ゴーレムたちは無言で頷いた。
感情はないはずなのに、なぜか別れを惜しむような仕草に見えた。
思い過ごしだろう。
昨夜見た光の方向へ歩き始めた。
森を抜け、文明との接触点を求めて。
これまでの経験から、《オートメイト》の可能性と限界は少しずつ見えてきた。
しかし、それはあくまで始まりに過ぎない。
この力を真に理解し、最適化するには、もっと多くの知識と実践が必要だ。
森の中を進みながら、俺は考え続けた。
世界最適化進行度:0.5%。まだほんの一歩だ。
だが、確実に前へ進んでいる。
女神の謎めいた言葉が頭をよぎる。
「効率の先に何を求めるのか……」
その答えはまだ見つかっていない。
しかし、この未知の世界で新たな可能性を探る旅が、今始まったばかりだった。