表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

3/24

第一章:異邦人の生存戦略(2)

 目が覚めたのは早朝だった。

 木漏れ日が射し込み、鳥のさえずりが聞こえる。

 シェルターから顔を出すと、森全体が朝露に濡れて輝いていた。


 まず、昨日設置した罠の確認に向かった。

 魚捕りの装置には、5匹ほどの小魚が捕らえられていた。

 予想通りの結果だ。

 自動罠の方はまだ何も捕まっていなかったが、これは統計的に予測内だった。


「効率的な狩猟は時間をかければかけるほど確率が上がる……気長に待つべきか」


 しかし、そのためには安定した拠点が必要だ。

 今のシェルターは一時しのぎにすぎない。


「より耐久性のある拠点を作るべきだな。できれば複数のゴーレムで……」


 そう考えていると、突然、頭に鋭い痛みが走った。

 視界が一瞬白くなり、そこに浮かび上がったのは金色の文字だった。


「世界最適化進行度:0.5%。ノイズ確認……興味深いですね」


 女神の声が脳裏に響いた気がした。

 しかし、すぐに消え去り、再び森の音だけが耳に届く。


「なんだったんだ、今の...」


 頭をかかえながら考える。

 おそらく何らかの監視システムが働いているのだろう。

 女神は俺の行動を観察しているのかもしれない。


 しばらく思索に耽ったが、結局は先に進むしかない。

 この世界で生き抜き、《オートメイト》の力を最大限に生かすためには、より安定した拠点が必要だ。


「《自動採集ゴーレム》、設計開始」


 前回の経験を活かし、今度はより単純な命令系統で、目的に特化したゴーレムを作ることにした。

 食料や水、有用な素材を自動的に集める専用のゴーレムだ。


 設計に1時間ほど費やし、3体のゴーレムを作り上げた。

 それぞれ水、植物性食料、素材に特化している。

 サイズは先のゴーレムと同じく30cmほど。

 顔の部分はあえて作らず、機能美だけを追求した。


「お前たちの任務は単純だ。それぞれの目的に合った対象を集めて、この場所に持ってくること。自己判断は最小限に抑えろ」


 3体のゴーレムは無言で動き出した。

 前回のゴーレムに比べて動きは機械的だが、効率は良さそうだ。


 自分は拠点の強化に取り掛かった。

 地上でのシェルターと、木上の避難場所の二段構えにする計画だ。

 万が一の時にも対応できるようにするためだ。


 手を動かしながら考えた。

 この世界では、魔力という新たな変数が加わっている。

 プログラミングと近いようで、微妙に異なる。

 魔力の流れは電気のようでありながら、より有機的で、時に予測不能な動きをする。


 それでも、基本的な論理構造は応用できる。

 条件分岐、ループ処理、並列計算……これらの概念を魔力回路に落とし込んでいく。


 正午までには、地上に簡易的な小屋が完成し、木上のシェルターも強化された。

 採集ゴーレムたちは定期的に戻ってきては、水や食料、有用な素材を運んでくる。


「予想よりもうまく機能しているな」


 ごつごつした岩の上に腰掛け、集められた果実を頬張りながら、次の計画を練った。

 もう少し大きなゴーレムがあれば、狩猟や防衛にも使えるだろう。


 しかし、魔力の消費が気になる。

 体内の魔力がどれほどあるのか正確にはわからないが、複雑なゴーレムを作るほど、明らかに疲労感が増す。


「魔力回復の方法も調べる必要があるな...」


 疲れを感じながらも、次の一手を考え続ける。

 この状況を最も効率的に改善する方法。

 最適解を見つけるまで、思考は止まらない。


 休憩中、ふと思いついて「《自動演奏ゴーレム》」を作ってみた。

 単純な娯楽のためのゴーレムだ。

 細い枝で作ったフルートのような楽器を持ち、風を送り込んで音を鳴らす仕組みになっている。


「何か曲を演奏してみろ」


 ゴーレムはぎこちなく動き、フルートを口元(と思われる部分)に持っていった。

 しかし、出てきた音は不協和音の連続だった。

 ゴーレムは明らかに混乱している。


「なるほど……音楽的センスのような抽象的な概念は、《オートメイト》の対象にならないか」


 面白い発見だった。

 この能力には明確な限界がある。

 技術的・物理的なプロセスは自動化できても、芸術や感情のような領域は苦手なようだ。

 これは将来的に注意すべき制約だろう。


 夕方になり、太陽が西の空に傾きかけたころ、不思議な事件が起きた。


 自動罠システムからの警告信号が脳裏に響いた。

 何かが捕まったようだ。

 急いで現場に向かうと、罠に引っかかっていたのは茶色い毛皮の小型の獣。

 体長30cmほどの、リスとウサギを混ぜたような生き物だった。


「ちょうど良い獲物だな」


 罠に近づこうとした瞬間、予想外の事態が発生した。

 別の罠が作動し、俺の足首が宙に吊り上げられた。


「な、何だ!?」


 天地がひっくり返り、血が頭に下がる感覚。

 木の枝からぶら下がる形で、身動きが取れなくなった。


 考えてみれば単純な話だ。

 複数の罠を連携させる際、それぞれの作動条件を明確に分離していなかった。

 一つの罠が作動すると、近くの罠も連動する仕組みになっていたようだ。

 これは完全に設計ミスだ。


「くそっ……非効率極まりない」


 自分のポカに呆れながら、左腕の《オートメイト》を起動させようとした。

 しかし、この姿勢では集中力が散漫になり、うまく機能しない。


「何事も経験だ……次からは例外処理をしっかり組み込もう」


 30分ほど格闘した末、なんとか自力で枝まで手を伸ばし、ロープを解くことができた。

 地面に落ちた衝撃で、少し背中を打った。


 起き上がると、罠に捕まっていた獣はもういなかった。

 当然だ。

 俺がもがいている間に、何らかの方法で逃げたのだろう。


「今日の晩めしが……」


 残念に思いながらも、この失敗から多くを学んだ。

 《オートメイト》は万能ではない。

 その性質を理解し、限界を認識した上で使わなければならない。


 拠点に戻り、残りの果実と、運良く罠に掛かっていた別の小動物(ネズミのような生き物)で夕食を済ませた。

 味は悪くなかったが、肉の調理法についても今後研究が必要だと感じた。


 夜になり、火を囲みながら一日を振り返る。

 《オートメイト》という能力の可能性と限界が少しずつ見えてきた。

 この能力を最大限に生かせば、この異世界でも快適な生活を築けるかもしれない。


 しかし、魔力の制約や自身の理解度の限界もある。

 また、この森には俺以外の知的生命体はいないのだろうか?

 もし人間の集落があるなら、そこで情報を集める方が効率的だ。


「明日は少し遠出してみるか……」


 焚き火を眺めながら考えを巡らせていると、突然、頭上から物音がした。


 警戒ゴーレムが何かを発見したようだ。

 木に登ってみると、ゴーレムが空を指差していた。


 夜空を見上げると、遠くの空に橙色の光が見えた。

 火事だろうか?

 それとも……。


「あれは、松明の光か?」


 距離は判断できないが、明らかに人工的な光だ。

 つまり、知的生命体の存在を示している。


「よし、明日はあの方向を目指そう」


 胸の内に期待感が湧き上がるのを感じた。

 この世界について、もっと多くを知りたい。

 《オートメイト》の可能性を最大限に引き出すためには、この世界の知識や素材、そして魔力についての情報が必要だ。


「人里を目指すか……」


 星空を見上げながら、明日の計画を練った。

 採集ゴーレムの一部を持っていき、残りは拠点の警備に残す。

 必要最低限の荷物だけを持ち、移動の速度を最適化する。


 頭の中でルートの最適化を計算していると、いつの間にか眠りに落ちていった。


 ◇


 朝の光で目を覚ますと、鳥たちが騒がしくさえずっていた。


 拠点を出発する準備を整えながら、この5日間を振り返った。

 《オートメイト》の力で、ゼロから生存基盤を構築することができた。

 食料、水、安全な寝床...生命維持のための最低限は確保できている。


 しかし、長期的に見れば、孤立した森の中での生活には限界がある。

 より高度な文明、人間社会との接触が必要だ。


「情報と資源、それに人的ネットワーク……次のステップに進むなら、それらは不可欠だな」


 採集ゴーレムが集めた果物をいくつかポケットに詰め込み、水筒代わりの木の容器を腰に下げた。

 警戒ゴーレムを一体連れて行き、残りのゴーレムたちには拠点の維持を命じた。


「一週間以内に戻る。その間、拠点の維持と防衛を続けろ」


 ゴーレムたちは無言で頷いた。

 感情はないはずなのに、なぜか別れを惜しむような仕草に見えた。

 思い過ごしだろう。


 昨夜見た光の方向へ歩き始めた。

 森を抜け、文明との接触点を求めて。


 これまでの経験から、《オートメイト》の可能性と限界は少しずつ見えてきた。

 しかし、それはあくまで始まりに過ぎない。

 この力を真に理解し、最適化するには、もっと多くの知識と実践が必要だ。


 森の中を進みながら、俺は考え続けた。

 世界最適化進行度:0.5%。まだほんの一歩だ。

 だが、確実に前へ進んでいる。


 女神の謎めいた言葉が頭をよぎる。


「効率の先に何を求めるのか……」


 その答えはまだ見つかっていない。

 しかし、この未知の世界で新たな可能性を探る旅が、今始まったばかりだった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ