終章:新たなる決意(2)
三日後、作戦当日の朝を迎えた。
工房には既に多くの人が集まっていた。
レオン王子とダンカン、フェリクス、エルザ、バルドル、そしてイリス。
彼らは今回の救出作戦の要となるメンバーだ。
ダンカンが地図を広げた。
「作戦の最終確認をしよう。紅蓮研究所への潜入は、三つの班に分かれて行う」
彼の指が地図の上を移動する。
「第一班はフェリクスとバルドル。君たちは施設の外部から、監視システムの妨害とエネルギー供給の遮断を担当する」
フェリクスは高慢な表情を崩さず、青みがかった銀髪を掻き上げた。
彼の隣で、バルドルは黙って頷いた。
ごつごつとした筋肉質の腕を組み、眉間に皺を寄せながらも、彼なりの覚悟を決めているようだった。
「第二班はエルザと私が率いる偽装部隊だ。北側から偽の襲撃を仕掛け、警備の注意を引く」
エルザは優雅に微笑み、琥珀色の瞳で全体を見回した。
彼女は今日も最高級の衣服に身を包み、完璧なまでの美しさを纏っていた。
「ええ、私の商会の人脈を使って、それらしい偽装はお任せあれ」
彼女の声には自信があった。
「そして第三班がアサギとイリスだ。君たちは地下通路から侵入し、リンディの救出を行う。これが作戦の核心部だ」
イリスは緊張した面持ちで頷いた。
彼女は今日も白い研究服を着ているが、通常の装備に加えて、古代魔法の護符をいくつか身に着けていた。
「アサギ、あなたの新しい力が鍵となる。生体魔導技術への干渉能力があれば、研究所のセキュリティを突破できるはずだ」
その期待の重みを感じながら、俺は頷いた。
左腕の《オートメイト》は今朝から一層鮮明に紫色に輝いていた。
まるで、何かを予感しているかのように。
ミミのペンダントが胸に心地よい重みを与えている。
彼女は今、安全のため王宮に預けられていた。
「もし……リゼットと遭遇したら?」
イリスの問いに、全員が緊張した表情になった。
ダンカンが厳しい表情で言った。
「直接の戦闘は避けるべきだ。だが、避けられないならば……」
彼は言葉を切り、俺を見た。
「君の判断に任せる。だが、リンディの救出が最優先だということを忘れるな」
彼の言葉に深く頷いた。
リンディを救えなければ、この作戦の意味はない。
「全員、最後の準備を」
それぞれが持ち場に散っていく中、フェリクスが俺に近づいてきた。
彼はいつもの高慢さを抑えているようだった。
「アサギ。これを使え」
彼が差し出したのは、小さな金属の装置だった。
精緻な魔法陣が刻まれ、中心には青い魔力結晶が埋め込まれている。
「これは?」
「ハイゼンベルク家伝統の魔力増幅器だ。《オートメイト》の出力を30%ほど上げられるはずだ」
その申し出に驚いた。
彼が自らの家の技術を提供するとは。
「ありがとう、フェリクス」
「勘違いするな。これはリンディを救うためだ。彼女は……優秀な騎士だからな」
そう言って彼は踵を返したが、その背中からは彼なりの心配と期待が伝わってきた。
バルドルも黙って近寄り、重い手を俺の肩に置いた。
「無鉄砲な真似はするな。生きて帰れ。そして、あの騎士の小娘も連れて来い」
それだけ言うと、彼も立ち去った。
「みんな、アサギさんを心配しているのね」
イリスが静かに言った。
その言葉に、胸の奥が熱くなるのを感じた。
かつては一人で全てを解決しようとしていた俺だが、今は多くの人に支えられ、彼らと共に戦っている。
「行こう、イリス。リンディを待たせるわけにはいかない」
彼女は強く頷き、その紫の瞳に決意の光を宿らせた。
◇
帝国領内への潜入は、予想以上に順調に進んだ。
エルザの用意した商人の偽装は完璧で、国境を無事に通過できた。
「紅蓮研究所まであと1キロです」
イリスが地図を確認しながら小声で言った。
馬車の窓から外を見ると、うっすらと霧が立ち込める森の中に、赤みを帯びた巨大な建物のシルエットが見えてきた。
紅蓮研究所——その名に恥じない赤銅色の巨大ドームを持つ不気味な建物だった。
「フェリクスとバルドルは位置についたようだ」
通信魔法で伝えられる情報を確認する。
彼らは森の別の場所から、研究所のエネルギー供給を断つための準備を始めている。
「エルザとダンカンも準備完了」
イリスが緊張した表情で報告した。
計画通りに進んでいる。
あとは俺たちが地下通路から潜入し、リンディを見つけ出せばいい。
馬車を森の中に隠し、徒歩で進む。
イリスが古代魔法で作った隠蔽の結界のおかげで、周囲の警備の目を逃れることができた。
「入口はこの先です」
イリスが小さな魔力探知機を手に前進した。
彼女の指し示す場所には、一見すると普通の岩場しかなかったが、近づくと微かな魔力の痕跡が感じられた。
俺は左腕の《オートメイト》を起動させ、岩の表面に手を当てた。
「《パターン認識》、起動」
魔力回路が紫色に輝き、岩の表面に隠された仕掛けが見えてきた。
複雑な魔法陣が幾重にも重なり、非常に高度なセキュリティシステムを形成していた。
イリスが眼鏡をクイッと上げながら呟いた。
「これは帝国の最高レベルのセキュリティ……通常の魔法では突破できません」
「でも、これなら」
《オートメイト》に、さらに力を注ぎ込んだ。
腕の回路がより強く紫色に輝き、その光が岩の表面に広がっていく。
「《生体回路干渉》」
一見、無機質な魔法陣に見えるが、その根幹にはやはり生体コアからの魔力が流れていた。
帝国の技術はすべて生命の力を基盤にしているのだ。
魔法陣が反応し、岩の表面が静かに動き出した。
まるで生き物のように蠕動しながら、入口が開いていく。
「すごい……アサギさんの力が、生体魔法にも干渉できるなんて」
薄暗い地下通路が現れ、俺たちはそこに足を踏み入れた。
湿った空気と、どこか生物的な匂いが鼻をつく。
壁も床も奇妙な有機的な感触があり、まるで巨大な生物の体内を歩いているような不気味さがあった。
「気持ち悪い……」
イリスが小さく震えながら言った。
「これも生体魔導工学の産物だろう。壁自体が生きているような構造になっている」
通路を進むこと数分、前方から足音が聞こえてきた。
すぐに隠れる場所を探したが、このトンネルには隠れる場所がない。
「どうしましょう」
イリスの声が震えた。
「『《静止場生成》、起動」
《オートメイト》を起動させると、紫がかった青い光の場が発生し、俺たちを包み込んだ。
これは以前、遠隔操作ゴーレムに使用していた光学迷彩の応用だが、今の俺の力ではより完全な隠蔽が可能だった。
足音は徐々に大きくなり、やがて帝国軍の制服を着た二人の兵士が通路を通り過ぎた。
彼らは俺たちの存在に気づくことなく、会話を続けながら歩いていく。
「……あの女騎士、まだ黙秘を続けているらしいな」
「無駄な抵抗だ。首席様の前では、誰も長くは持たない」
その言葉に、胸の内で怒りが燃え上がった。
リンディのことだ。彼女は帝国の拷問にも屈していないのだ。
兵士たちが去るのを待ってから、静止場を解除した。
「リンディはまだ生きている」
イリスが安堵の表情を浮かべた。
「ああ。彼女を早く見つけなければ」
通路を進むと、やがて大きな中央ホールに出た。
ここから階段とエレベーターが下層へと続いている。
床には赤みを帯びた魔力結晶が埋め込まれ、不気味な光を放っていた。
「第三層に特別研究区画があるはずです」
イリスが小さな魔導装置で確認した。
ちょうどその時、通信魔法が作動した。
「フェリクスだ。エネルギー供給の遮断、30秒後に実行する」
「了解」
小声で返答した。
カウントダウンと共に、施設内の魔力灯が一斉に消え、緊急用の赤い照明だけが残った。
警報も鳴り響き、研究所内が混乱に陥る。
「北側からの攻撃も始まりました」
イリスが通信を受けて報告した。
「ダンカンたちの偽装襲撃です」
計画通りだ。
この混乱に紛れて、俺たちは最下層へと向かう。
エレベーターではなく階段を選び、下層へと降りていく。
第二層を通り過ぎ、いよいよ第三層へ。
そこには特別研究区画の重厚な扉があった。
通常なら高度な生体認証が必要だろうが、今は非常時のプロトコルが作動しているはずだ。
「《生体認証偽装》、起動」
腕の回路が再び紫色に輝き、扉のセキュリティシステムに干渉する。
一瞬の抵抗を感じたが、やがて扉が静かに開いた。
特別研究区画の内部は、想像をはるかに超える光景だった。
壁一面に巨大な容器が並び、その中には半透明の液体に浮かぶ人型の姿が見えた。
それらはすべて生体実験の被験者だろうか。
胸がむかつくような感覚に襲われた。
「ひどい……」
イリスが顔色を失って呟いた。
「こんなことを……」
冷静さを取り戻し、前に進む。
この区画のどこかにリンディがいるはずだ。
一つ一つの部屋を確認していく。
「アサギさん、こちら!」
イリスが一つの部屋の前で立ち止まった。
扉にはB-7と書かれている。
俺も駆け寄り、小さな窓から内部を覗いた。




