第一章:異邦人の生存戦略(1)
太陽がほぼ天頂に達したころ、わずかに残る頭痛を振り払うように、俺は深く息を吸い込んだ。
「まずは現状確認だ。効率的な生存のためには周囲の情報収集が最優先」
自分に言い聞かせるように独り言を呟いた。
声を出すことで思考が整理される。
森の空気は驚くほど澄んでいて、肺の中まで洗われるような感覚だった。
汗ばむほどではない適度な温かさと、土と草の混じった香りが鼻をくすぐる。
遠くでは鳥のさえずりが聞こえ、頭上では枝が風に揺れて木漏れ日が踊っていた。
異世界に転生して数時間。
女神から与えられた《オートメイト》という能力の基本的な機能は把握できた。
対象を解析し、その性質を理解した上で、作業やシステムを自動化できる能力だ。
しかし、すぐに限界も見えてきた。
俺の理解が及ばない対象は解析できない。
また、魔力という新たなエネルギー源に依存しているらしく、複雑な処理ほど魔力消費が大きい。
さらに対象が複雑になるほど、解析に時間がかかる。
「とりあえず生存の基本三要素を確保するか」
腹が空いて鳴るのを感じながら、周囲を見渡した。
確かに豊かな自然に囲まれているが、どれが食べられる植物なのか、どこに水源があるのか、まったく見当がつかなかった。
しかし、心配はいらない。
俺には《オートメイト》がある。
まず目についた赤い実を手に取り、集中した。
《対象解析中:ベリー類。毒性:無し。栄養価:中。糖分:高》
「よし、食べられそうだ」
実を口に入れると、甘酸っぱい果汁が広がった。
想像以上に美味しい。
舌の上で転がしながら、能力の実用性に満足感を覚えた。
次に、水の確保だ。
地面の傾斜を見極め、おそらく水が集まりやすい方向へと歩を進めた。
十分ほど歩くと、小さな小川を見つけることができた。
透明で澄んだ水が流れており、かなり幸運だと思えた。
ただし、見た目がきれいでも微生物がいる可能性がある。
《オートメイト》で解析すると、確かに飲用には適さない物質が混じっていることがわかった。
俺は膝をついて水際に近づき、両手を水面の上に翳した。
《オートメイト》の回路が左腕に浮かび上がる。
「《自動浄水システム》、起動」
頭の中で浄水フィルターのイメージを構築し、魔力を注入する。
水面に小さな渦が生まれ、不純物が分離されていくのが見える。
30秒ほどで、手の上に純粋な水の球体が浮かび上がった。
手で掬って飲むと、冷たく喉の渇きを潤してくれる。
山の湧き水のような美味しさだった。
「これで水は確保できる。次は食料の継続的な確保と、安全な寝床だな」
食料については、周囲の植物や小動物が対象になりそうだ。
《オートメイト》で順番に解析していくことにした。
約1時間かけて森の一部を探索し、10種類ほどの食用植物を特定できた。
ナッツの一種、いくつかの果実、食べられる葉や根っこなど。
一時しのぎにはなるが、栄養バランスを考えるとタンパク質源も必要だ。
小川に戻り、水中を覗き込むと小魚の姿が見えた。
これは好都合。
「《自動捕魚システム》、構築開始」
今度は頭の中に簡易的な魚捕り装置の設計図を描き出す。
枝と葉で作る小さな仕掛け。
水流の力を利用して魚を誘導し、抜けられない構造を作る。
30分ほどかけて装置を組み上げ、水中に設置した。
《オートメイト》の解析によれば、この装置は魚の習性に合わせて最適化されており、およそ70%の確率で魚を捕獲できるはずだ。
しかし、これだけでは不十分だ。
より大きな獲物も必要になるだろう。
森の中を探索しながら、動物の足跡や糞を見つけた。
シカか何かの中型獣がいるようだ。
そこで今度は《自動罠システム》の構築に取り掛かった。
「落とし穴では効率が悪い……締め罠の方が材料少なく済むな」
地面に膝をつき、木の枝や蔓を集めながら、頭の中で罠の構造を組み立てていく。
締め罠は典型的な狩猟道具だが、《オートメイト》の魔力制御を加えることで、獲物の大きさや動きに応じて自動的に締め具合を調整できる。
これなら小型の獣なら傷つけずに捕獲でき、大型なら確実に拘束できる。
「これで食料の問題はひとまずクリアか」
日が傾き始めたころ、安全な避難所の確保に取り掛かった。
この世界の夜がどのような危険をもたらすかわからないからだ。
「可能なら、高所の方が安全だろう」
適度な太さと高さの木を見つけ、その周囲を《オートメイト》で解析した。
構造強度、枝の配置、風向きなど様々な要素を考慮して、最適な位置を特定する。
「ここなら防御性と快適さのバランスが取れている」
しかし、手作業で木に登って寝床を作るのは非効率的だ。
ここで再び《オートメイト》の出番となる。
「《自動シェルター構築ゴーレム》、設計開始」
今度は単純な自動システムではなく、動くものを作る必要がある。
頭の中で簡易的なゴーレムの設計図を描き出す。
木の枝と蔓、葉を材料とし、内部に魔力の回路を張り巡らせた人型。
身長は30cmほどの小型だ。
「起動、テスト」
左腕の回路が明るく光り、集めた材料が宙に浮かび上がって組み合わさっていく。
やがて出来上がったのは、ちょうど精巧な人形のような小さなゴーレムだった。
木の枝で作られた体に、葉の服を着せたような見た目だ。
目の部分は青く光る魔力の結晶。
ゴーレムは俺にぎこちなくお辞儀をした。
「木の上に、寝られる程度のシェルターを作ってくれ。素材は自分で集めろ」
ゴーレムは既に命令を理解していたのか、すぐに動き出した。
驚くべき速さで木に登り、枝から枝へと飛び移りながら、蔓や大きな葉を運び始める。
俺はその間に火をおこすことにした。
火打石のようなものは見つからなかったが、《オートメイト》を使えば、摩擦熱を効率的に生み出すことができる。
「《自動点火システム》、起動」
乾いた枝と枯れ葉を集め、その上に手を翳した。
魔力を注入すると、微小な熱エネルギーが集中し始め、やがて小さな火の粉が生まれた。
それを慎重に育て、ほどなく心地よい焚き火ができあがった。
火の温かみが肌に伝わり、胸の内に安堵感が広がるのを感じた。
なんだかんだ言って、生命にとって火は特別な存在なのだろう。
炎のゆらめきを見つめながら、今日一日の成果を整理していく。
小川で捕まえた魚を火で調理していると、木の上からカサカサという音が聞こえてきた。
見上げると、ゴーレムが驚くほど立派なシェルターを作り上げていた。
大きな葉で屋根が作られ、壁は枝を編んだもの。
床も葉を何層にも重ねた柔らかそうな寝床になっている。
「おい、それ、ちょっと複雑すぎるんじゃないか?」
最低限の機能があれば良かったのに、見た目にもこだわっているようだ。
これは《オートメイト》が対象の性質や目的を解析した結果、必要以上に多機能になってしまったのだろう。
ゴーレムはそれを聞いてもじもじと足踏みをした。
不思議と感情があるように見えるが、実際は魔力回路の安定性を保つための動作だろう。
「まあいい。お前は自分の判断で警戒任務に当たれ」
ゴーレムは嬉しそうに頷くと、木の周囲をぐるぐると回り始めた。
この世界に存在するモンスターや危険な生物については情報がないが、何か近づいてきたら警報くらいは出せるだろう。
魚を食べ終え、木に登ってシェルターに横になった。
思った以上に快適だ。
葉の寝床は意外なほど柔らかく、森の香りが落ち着かせてくれる。
天井の隙間から星空が見えた。
知らない星座がきらめいている。
改めて、ここが異世界なのだと実感する。
「世界最適化進行度:0.01%...か」
女神の言葉を思い出す。
効率の先に何を求めるのか。
その問いの意味はまだわからない。
目を閉じると、不思議なほどすんなりと眠りに落ちていった。