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第五章:紅き流星 (2)

 三日間、ほとんど眠ることなく準備を進めた。


 新型のゴーレム「ガーディアン」シリーズを複数開発し、遠隔操作システムを完成させた。

 イリスは魔力回路の効率化に貢献し、フェリクスも渋々ながら技術協力してくれた。

 バルドルは特殊合金の提供を申し出、エルザの商会からも貴重な資材が届けられた。


 作戦前夜、最後の確認をするため、城外の演習場でテストを行っていた。


「遠隔操作、反応速度良好」


 ミミが測定器を確認しながら報告した。

 彼女は立派な助手として成長し、工房になくてはならない存在になっていた。


「魔力効率も安定しています」


 イリスも満足そうに頷いた。

 彼女の研究した古代魔法陣の応用により、遠隔操作の際の魔力損失を大幅に減らすことができた。


「これなら……勝てるかもしれないわね」


 リンディが希望を込めて言った。

 彼女は明日、騎士団の主力部隊として前線に立つ。

 その顔には緊張と期待が入り混じっていた。


 テストが終わり、最後の調整を終えた頃、空は夕暮れに染まっていた。

 赤い夕陽が地平線に沈んでいく様子は美しく、同時に不吉にも思えた。


 工房に戻ると、エルザが待っていた。

 彼女はいつになく真剣な表情をしていた。


「アサギ様、お話があります」


 彼女の声には、いつもの商売っ気の強さはなかった。


「何かあったのか?」

「私の情報網から入った最新情報です。帝国軍、特にリゼットの『ブリュンヒルデ』についてです」


 彼女は周囲を確認し、小声で続けた。


「『ブリュンヒルデ』は単なる魔導アーマーではありません。あれは……生きています」

「生きている……?」

「はい。生体コアは、実は……人間の魂が使われているという噂です」


 その言葉に、背筋に冷たいものが走った。

 人間の魂を利用した兵器?

 そんな忌まわしい技術が本当に存在するのか?


「確証はありませんが、複数の情報源からの報告が一致しています。そして……」


 彼女は一瞬躊躇したように見えた。


「リゼット自身、その生体コアと特別な繋がりがあるようです。彼女の家族が、実験に使われたという噂も……」


 エルザの語る情報は、以前ダンカンから聞いた帝国の「生体魔導工学」についての警告と符合した。

 禁忌に触れるような技術。

 倫理よりも力を追い求めた結果。


「そんな技術があるのか……」

「私は商人ですから、技術的な詳細はわかりません。しかし、情報の真偽は高いと判断しています」


 彼女はそれだけ言うと、優雅にお辞儀をして去っていった。

 残されたのは、明日の戦いへの不安と、未知の敵への警戒心だった。


 その夜、俺は久しぶりに女神の声を夢に聞いた。


「世界最適化進行度:40.0%。でも、アサギさん、最大の試練はこれからですよ……」


 その言葉の意味を考える間もなく、朝日とともに作戦の日を迎えた。


 ◇


 アゼリア奪還作戦は、朝霧の中で始まった。


 王都の指揮所には、俺とイリス、ミミ、そして数名の操作技術者が詰めていた。

 レオン王子とダンカンも同席し、全体の指揮を執る。


 前線には、リンディ率いる第七騎士隊、フェリクスの魔導技術部隊、そして俺の《オートメイト》で制御される「ガーディアン」部隊が配置された。


「全部隊、位置確認」


 ダンカンの号令で、作戦が開始された。


 大型の魔導映像クリスタルに、前線の状況が映し出される。

 朝靄に包まれたアゼリアの街。

 かつては美しかったその都市も、今は帝国軍の占領下にあった。


「第七騎士隊、予定位置に到着」


 リンディの声が通信魔法で伝わってきた。

 彼女の声は落ち着いていたが、緊張感も感じられた。


「魔導技術部隊も準備完了」


 フェリクスの高慢な声も聞こえた。


「ガーディアン部隊、起動。遠隔操作システム、オンライン」


 俺は手元の制御盤に魔力を注ぎ込み、遠方のゴーレム部隊を起動させた。


「《オートメイト:ガーディアン制御》、起動」


 左腕の魔力回路が青く輝き、頭の中に前線の情報が流れ込んでくる。

 恐ろしいほど鮮明に、まるで自分がその場にいるかのように。


 ガーディアン部隊は三種類のゴーレムで構成されていた。

 軽量偵察型「スカウト」、中量級汎用型「ソルジャー」、そして重装甲戦闘型「ディフェンダー」だ。


「スカウト、偵察開始」


 軽量型ゴーレムが素早く動き、アゼリアの街の状況を探る。

 その視覚情報が直接俺の脳に送られてくる。


 街は予想以上に無傷だった。

 帝国軍は都市機能を維持するため、破壊活動を最小限に抑えていたようだ。

 要所に帝国軍の兵士と、「キメラ」と呼ばれる生体魔導兵器が配置されていた。


「敵の配置を確認。主力は中央広場と北門に集結。兵力は約300、キメラ型生体兵器20体」


 情報を分析しながら、ガーディアン部隊を最適な位置に展開させていく。


「ブリュンヒルデの位置は?」


 レオン王子が緊張した面持ちで尋ねた。


「未確認です。おそらく中央広場の大型建造物内部かと……」


 その瞬間、スカウト型ゴーレムの一つが突然信号を途絶えた。


「スカウト3号、接続喪失!」


 何が起きたのか?

 スカウト2号の視点を切り替えると、そこには衝撃的な光景が映っていた。


 銀色の閃光。


 一瞬の動きで、スカウト3号を両断した何かが、すでに次のターゲットに向かっていた。


「全部隊に警告! 敵影確認! これは……」


 言葉を終える前に、さらに二体のスカウトが破壊された。

 その速さは信じがたいものだった。


「リゼット・ヴァーミリオン、ブリュンヒルデを確認!」


 映像クリスタルに映ったのは、息を呑むような存在感を持つ魔導アーマーだった。


 銀と赤を基調とした流線型の鎧は、まるで生きているかのように輝いていた。

 肩から背中にかけては翼のような装甲が広がり、全身が有機的な曲線で構成されている。頭

 部には一つの赤い光が灯り、その中に人影が見える——パイロットのリゼットだ。


「なんという速さ……」


 イリスが震える声で呟いた。

 彼女の紫の瞳は驚きと恐れで見開かれていた。


 リゼットの操る『ブリュンヒルデ』は、まさに神話に登場する戦乙女のようだった。

 その動きは予測不能で、瞬時に位置を変え、圧倒的な破壊力で次々とゴーレムを撃破していく。


「全てのガーディアン、応戦開始!《拡散攻撃パターン》、展開!」


 俺の命令で、ソルジャー型とディフェンダー型が一斉に行動を開始した。

 複数の角度から、様々な攻撃パターンでブリュンヒルデを狙う。


 通常の相手なら、このような全方位からの同時攻撃は避けられないはずだ。

 だが、ブリュンヒルデは違った。


 まるで攻撃を予測しているかのように、絶妙のタイミングで回避と反撃を繰り返す。

 その戦い方には明らかに人間的な判断力と、それを超越した何かがあった。


「どうすれば……」


 焦りを感じる間もなく、ガーディアン部隊の損害は増えていった。


「第七騎士隊、援護射撃!」


 リンディの命令で、騎士団からの魔法による遠距離攻撃が始まった。

 魔法の矢が雨のように降り注ぐが、ブリュンヒルデは優雅に舞うようにそれらを回避していく。


「彼女の動きを分析します!」


 イリスが集中して、データを解析し始めた。


「規則性は……ない。完全に予測不能。でも……」


 彼女の眉間に皺が寄った。


「魔力の流れが奇妙です。通常のパターンとは全く異なる。まるで……生命体のようなエネルギーの流れ」


 エルザの情報は正しかった。

 ブリュンヒルデには生命体の特性がある。

 それは単なる機械ではなく、生きているのだ。


「ソルジャー型、《適応戦闘モード》に切り替え!」


 通常のパターンが通用しないなら、状況に応じて戦術を変更できるシステムを使うしかない。


 《オートメイト》の力を最大限に引き出し、ソルジャー型ゴーレムの挙動パターンを刻一刻と更新していく。

 相手の動きを学習し、それに対応する方法を模索する。


 しかし、それでも状況は好転しなかった。


「ガーディアン部隊、損害率60%……」


 ミミが震える声で報告した。

 彼女の小さな顔には不安の色が浮かんでいた。


「作戦変更だ」


 レオン王子が決断した。


「リンディ、騎士団は都市の外周に展開。帝国の増援を阻止せよ。フェリクス、魔導結界を展開し、市民区域を保護せよ」

「了解!」


 リンディの返事と共に、騎士団が素早く移動を始めた。


「アサギ、残りのガーディアン部隊でリゼットの足止めを。彼女の戦闘パターンに何か弱点はないか?」

「分析中だ」


 残された時間は少ない。

 ブリュンヒルデの動きを詳細に分析するために、ディフェンダー型ゴーレムを囮として使い、残りのソルジャー型に観測任務を与えた。


「《高精度記録モード》、起動」


 残されたゴーレムの感覚器官を最大限に調整し、ブリュンヒルデの一挙手一投足を記録する。

 その動きには何かパターンがあるはずだ。

 全てのデータを《オートメイト》に集約し、分析を始めた。


「発見した……かもしれません!」


 イリスが興奮した声を上げた。

 彼女の指が魔力結晶のディスプレイを指し示す。


「攻撃の直後、0.3秒のわずかな硬直があります」


 確かに、細かく分析すれば微かなパターンが見えてくる。

 それは人間の目では捉えられないほどの短い時間だが、《オートメイト》なら捉えられる。


「全ガーディアン、新戦術データ送信。《精密タイミング攻撃》、準備」


 残されたゴーレムたちに、新たな作戦データを送り込む。

 それぞれが自分の役割を理解し、完璧な連携で動き始めた。


 しかし、その時だった。


「新たな敵影! 北から接近中!」


 前線からの緊急通信。

 リンディの声には焦りが混じっていた。


「帝国軍の増援部隊! そして……キメラの大群!」


 魔導クリスタルの映像が切り替わり、北門に迫る帝国軍の姿が映し出された。

 黒い軍服に身を包んだ兵士たちと、無数のキメラ型生体兵器。

 その数は我々の予想を遥かに上回っていた。


「囲まれる……?」


 ダンカンの顔から血の気が引いた。

 彼の長い経験が、事態の深刻さを物語っている。


 リゼットとの戦いだけでも苦戦を強いられているのに、増援までとは。


「第七騎士隊、北門へ急行!」


 レオン王子の命令で、リンディたちが北へ向かう。

 しかし、彼らの数は限られている。


「残存ガーディアン、一部を北門支援に回します」


 ソルジャー型の半数を北の戦線に送る。

 これでリゼットへの対応はさらに困難になるが、選択肢はなかった。


「アサギさん!」


 ミミの悲痛な叫び声に振り向くと、クリスタルにはリゼットの『ブリュンヒルデ』が残りのガーディアンを次々と破壊する映像が映っていた。


「新戦術も……効かない?」


 信じられない光景だった。

 こちらのパターン分析と対策を、まるで先回りしているかのようだ。

 ブリュンヒルデの動きは、先ほどよりさらに予測不能になっていた。


「彼女、学習している……」


 イリスが恐れおののく声で呟いた。


「私たちの戦術に対応して、動きを変えているわ。まるで……生きた戦士のように」


 その通りだった。

 ブリュンヒルデは単なる機械ではない。

 パイロットのリゼットと一体化した、生命体としての特性を持つ兵器なのだ。


 北門での戦いも苦戦を強いられていた。

 リンディの騎士団は奮闘するも、敵の数が圧倒的だ。


「このままでは全滅する……」


 ダンカンの声は重かった。


「撤退命令を」


 レオン王子の言葉に、全員が驚いた表情を見せた。


「しかし、殿下!」

「これ以上の犠牲は無意味だ。撤退し、態勢を立て直す。それが今の最善策だ」


 彼の決断は正しかった。

 このまま戦い続けても、勝機はない。


「全部隊に撤退命令を。可能な限りの戦力を温存せよ」


 ダンカンが通信魔法で命令を伝達する。


「撤退経路の確保のため、残りのガーディアンを犠牲にします」


 俺は苦渋の決断を下した。

 ディフェンダー型の全てを自爆モードに設定し、リゼットの足止めと撤退路の確保に充てる。


「《最終防衛プロトコル》、起動」


 ディフェンダー型ゴーレムが一斉に赤く輝き、最後の任務のために動き始めた。


「北門のソルジャー型は?」

「第七騎士隊の護衛として撤退させます」


 そうして、アゼリア奪還作戦は敗北の内に終わった。

 我々の精鋭部隊は散り散りに撤退し、多くの戦力を失った。


 指揮所の空気は死んだように重かった。

 誰もが敗北の重みに押しつぶされていた。


 魔導クリスタルには、燃え上がるアゼリアの街が映っていた。

 そして、その中を舞うような優雅さで移動するブリュンヒルデの姿。

 その赤い光は、まるで勝利に酔いしれているかのように見えた。


「帝国の実力は……想像を超えていた」


 レオン王子の声は疲れ切っていた。

 それでも、彼は王国の指導者としての威厳を保とうと努めていた。


「撤退した部隊の集結地点を確保せよ。負傷者の治療を最優先に」


 その時、通信魔法が緊急信号を発した。


「こちら第七騎士隊! 緊急事態です!」


 リンディの部下と思われる騎士の声だった。


「リンディ隊長が行方不明! 撤退中、ブリュンヒルデの急襲を受け、隊長の姿が見えなくなりました!」


 心臓が止まるかと思った。


「リンディが……?」


 イリスの顔が青ざめた。


「最後に確認されたのはどこだ?」

「東門付近です。ブリュンヒルデと交戦したと思われますが……詳細は不明です」


 東門……まだ残っているスカウト型ゴーレムが一体、その近くにいるはずだ。


「スカウト最後の一体、東門へ急行。リンディの捜索を」


 残されたゴーレムが素早く移動する。

 その映像が魔導クリスタルに映し出された。


 東門付近は戦闘の痕跡だらけだった。

 破壊された建物、燃え上がる炎、そして……。


「あれは……!」


 映像の端に、壊れた騎士の鎧が見えた。

 それはリンディのものだ。

 しかし、彼女の姿はない。


「拡大してください!」


 イリスが震える声で言った。

 映像が拡大され、その鎧の近くに血痕が見えた。

 そして、引きずられたような跡。


「彼女が捕虜に……?」


 恐ろしい可能性が脳裏に浮かんだ。

 敗走する敵を追い、リンディが単身でブリュンヒルデと交戦した。

 そして敗れ、捕虜になったのか。


「帝国軍は既に北に向かって移動している。おそらくリンディ殿も連れ去られたのでしょう」


 ダンカンの分析は冷静だったが、その声には痛ましさが滲んでいた。


「追わなければ……!」


 思わず立ち上がりかけたが、ダンカンの手が肩を押さえた。


「今は無理です、アサギ殿。戦力差が圧倒的すぎる。ここは冷静に」


 彼の言葉は正しかった。

 今、感情に任せて突撃しても無駄死にするだけだ。

 リンディを救うためには、より確実な計画が必要だ。


「わかりました……」


 座り直し、頭の中で次の一手を考え始めた。


「まずは、残された資源の確認と、部隊の再編成」


 レオン王子が疲れた声で指示を出した。


「そして……ブリュンヒルデへの対抗策を練り直す必要がある。《オートメイト》を基にした新たな防衛システムを」


 彼の言葉に、黙って頷いた。

 だが内心では、別の思いが渦巻いていた。


 リンディを救出する。

 そのためには、リゼットとブリュンヒルデを倒せる何かが必要だ。

 《オートメイト》の限界を超えた、新たな力が。


 指揮所を後にする時、ミミが小さな声で言った。


「アサギさん……リンディお姉ちゃん、助けられるよね?」


 彼女の茶色い瞳には涙が浮かんでいた。


「ああ、必ず」


 その言葉の重みを、全身で感じていた。



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