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第五章:紅き流星 (1)

 工房にの扉を開くと、いつもの活気ある光景が広がっていた。

 改築と拡張を経て、今や俺の工房は王都一の規模を誇る研究施設となっていた。


「アサギさん、おかえりなさい!」


 イリスが実験台から顔を上げた。

 水色の長い髪がやや乱れ、大きな眼鏡の奥の紫色の瞳には疲労の色が見える。

 彼女は徹夜で研究に没頭していたようだ。

 それでも、俺を見つけると優しい笑顔を浮かべた。


「イリス、また徹夜か?」

「あの……ちょっとだけです」


 彼女は照れくさそうに眼鏡をクイッと押し上げた。

 その仕草にはいつも心が温まる。


「でも、大きな発見があったんです! 古代魔法陣の解析が進んで……」


 彼女が熱心に説明を始めたその時、小さな影が駆け寄ってきた。


「アサギさーん! お帰り!」


 ミミが満面の笑みで飛びついてきた。

 明るい栗色の髪をおさげに結び、工房用の小さな作業着を着ている。

 その茶色い瞳は、まるで宝石のように輝いていた。


「あのね、今日はすごいの! 自分で部品を組み立てたの! イリスお姉ちゃんに教えてもらって!」


 彼女は誇らしげに小さな魔力制御装置を見せてくれた。

 確かに彼女の器用な指先で作られたとわかる精密さだ。

 驚くべき才能だった。


「素晴らしいぞ、ミミ。君はどんどん上達している」


 彼女の頭を撫でると、嬉しそうに小さく跳ねた。

 そんな彼女の屈託のない笑顔に、守るべき理由を再確認する。


「アサギ」


 突然、厳しい声が響いた。

 振り向くと、リンディが立っていた。

 今日は正装の騎士団制服ではなく、動きやすい乗馬服姿だ。

 金色の髪をポニーテールにまとめ、腰には剣を下げている。

 彼女の青い瞳は真剣さを宿していた。


「レオン王子からの緊急召集よ。直ちに王宮へ」


 その声音に、ただならぬ事態が起きたことを悟った。


「何があった?」

「詳しくは王宮で」


 彼女はそれだけ告げ、俺たちは急いで王宮へと向かった。


 ◇


 王宮の大会議室は緊張感に包まれていた。

 レオン王子を中心に、ダンカン、フェリクス、エルザ、そして各部隊の指揮官たちが集まっていた。

 全員が厳しい表情をしている。


「来てくれたか」


 レオン王子が立ち上がった。

 彼の翠の瞳には深い憂いが浮かんでいた。

 いつもの優雅さは影を潜め、肩には重圧が見える。


「要塞都市アゼリアが陥落した」


 彼の言葉に、部屋が凍りついたように静まり返った。


「アゼリア……それは……」

「国境近くの内陸にある要衝都市です」


 ダンカンが説明を補足した。

 長年の軍歴が刻まれた彼の顔は、いつになく疲れて見えた。

 白髪混じりの短髪に汗が浮かび、灰色の瞳は沈痛な色を湛えている。


「昨日未明、アルカディア帝国の特殊部隊が急襲。わずか半日で都市は陥落した」


 地図を見ると、アゼリアは王国の東側、帝国との国境に近い場所にある。

 しかし、完全な国境地帯ではなく、ある程度内陸に位置している。

 普通の侵攻なら、国境の防衛線をまず突破しなければならないはずだ。


「国境の防衛線は?」

「それが最も不可解な点なのです」


 ダンカンは苦々しい表情で説明を続けた。


「防衛線は突破されていない。帝国軍は何らかの方法で国境を迂回し、直接アゼリアに侵攻した」

「それはつまり……」

「内部協力者がいた可能性が高い、ということです」


 ダンカンの言葉に、会議室が騒然となった。


「失われた大切な情報があるぞ」


 突然、フェリクスが口を開いた。

 彼は高慢な表情を崩さないが、その青みがかった銀髪が乱れ、アイスブルーの瞳には焦りの色が浮かんでいた。


「アゼリアには王国最大の古代技術研究施設があった。膨大な資料と、試作段階のゴーレム技術が……」


 彼の言葉に、胸の内で警告音が鳴った。

 そういえば、フェリクスは以前アゼリアの施設との共同研究について言及していた。

 重要な技術情報が帝国の手に渡ったということか。


「人的被害は?」


 今度はリンディが厳しい表情で答えた。


「市民の大半は避難できたようだが、駐留していた第十四騎士隊は……ほぼ全滅したと報告されている」


 一同が重い沈黙に包まれた。


「そしてもう一つ……」


 レオン王子が再び口を開いた。


「帝国側の攻撃を指揮したのは、"紅き流星"ことリゼット・ヴァーミリオン。彼女の操る『ブリュンヒルデ』という魔導アーマーの力は……我々の想像を超えていたようだ」


 その名前は以前から聞いていた。

 帝国最強の戦士、リゼット・ヴァーミリオン。

 『ブリュンヒルデ』と呼ばれる生体魔導アーマーを操り、無敗を誇るエースだという。


「詳細な情報は?」

「かろうじて生き残った騎士隊の報告によれば……」


 ダンカンは一旦言葉を切り、ため息をついた。


「機動力、攻撃力、防御力、全てが常識外れだという。特に機動性は目を見張るもので、ほとんど瞬間移動のように見えたとのこと。我々の戦術や武器が全く通用しなかったらしい」


 会議室に重たい空気が満ちた。


 レオン王子が正面から俺を見つめた。


「そこでだ。我々は反撃を計画している。帝国軍はアゼリアを足がかりに、さらに侵攻を続けるつもりだろう。それを防ぐためには、アゼリアを奪還しなければならない。そして、その作戦の中心となる技術的支援を、あなたに依頼したい」


 彼の言葉には、命令ではなく、願いの色が強かった。


「《オートメイト》を使った遠隔操作型の防衛システムを……と考えているのね」


 エルザが理解したように言った。

 彼女の琥珀色の瞳は状況を冷静に分析していた。

 最高級の衣装に身を包み、美しい容姿の奥に計算高い頭脳を秘めている。


「そうだ。リゼットと『ブリュンヒルデ』の脅威に対抗できるのは、あなたの技術しかない」

「わかりました」


 俺は即座に答えた。

 これは王国のためでもあり、俺自身の挑戦でもある。

 前例のない相手に対して、《オートメイト》がどこまで対応できるか——その限界を試す機会だった。


「では、作戦の詳細を説明しましょう」


 ダンカンが地図を広げ、アゼリア奪還作戦の概要を説明し始めた。


 ◇


 工房に戻ると、すぐに準備に取り掛かった。

 まずはイリスとミミに状況を説明し、必要な装備の準備を始めた。


「リゼット・ヴァーミリオン……」


 イリスが資料を広げながら呟いた。


「帝国軍内で"紅き流星"と呼ばれる最強のパイロット。特務魔導騎士団の副団長で、年齢は19歳と若いのに、数々の戦場で無敗を誇る天才です」


 彼女が収集した情報は驚くほど詳細だった。

 輝くような銀色の髪、紅玉のような目、帝国軍の漆黒の制服に身を包む様子など、リゼットの外見だけでなく、戦闘スタイルや『ブリュンヒルデ』の特性についても記録されている。


「この『ブリュンヒルデ』というのは、生体コアを搭載した魔導アーマーなのね」


 リンディが資料に目を通しながら言った。

 彼女は厳しい表情で戦闘データを分析していた。


「そう、通常の魔導アーマーとは全く異なるシステムです。生体コアから引き出される力は、魔法とも物理とも異なる性質を持ちます」


 イリスの解説を聞きながら、心の中で戦術の構築が始まっていた。

 《オートメイト》の能力を最大限に活用し、この未知の敵に対抗するには?


「まずは遠隔操作型のゴーレム部隊が必要だな」


 俺は作業台に青写真を広げ始めた。


「複数のタイプを作る。軽量型偵察用、中量級汎用型、そして……」


 作戦の核となる最重要部分を考えていると、ふと視界の隅で小さな動きが目に入った。


 ミミが黙々と部品を組み立てている。

 小さな手が器用に、精密な制御パーツを形作っていく。

 彼女の真剣な表情に、胸がキュッと締め付けられるような感覚があった。


「ミミ、その部品は?」

「アサギさんが出かけてる間、守るための装置を作ってるの」


 彼女の素直な言葉に、一瞬言葉を失った。

 そうか、彼女は俺が前線に行くことを心配しているのだ。


「ありがとう。でも今回は遠隔操作だから、俺自身は前線には行かないよ」

「ほんと?」


 彼女の茶色い目が不安と希望を混ぜたような色で俺を見上げた。


「ああ。王都から遠隔で操作する。危険はない」


 それは半分は真実で、半分は嘘だった。

 確かに作戦では、王都からの遠隔操作が基本だ。

 しかし、状況によっては前線の指揮所への移動も想定されている。

 だが、彼女を心配させたくはなかった。


「よかった……」


 彼女はほっとした表情で、再び部品の組み立てに戻った。

 その小さな背中を見ていると、何かが胸の奥深くから湧き上がってくるのを感じた。


 守るべきもの。


 この感覚は、以前の俺には理解できなかっただろう。

 効率や最適化だけを考える日々の中で、こうした感情の存在に気づくことはなかった。


「アサギ、これを見て」


 リンディが新たな資料を持ってきた。

 それはアゼリアを撮影した偵察用魔導写真だった。

 街の一部は破壊され、帝国軍の魔導機械が配置されていた。

 そして画像の端に、小さく映るひとつの影。


「これがブリュンヒルデか……」


 写真に映るのは、人型の巨大な鎧のようなもの。

 詳細は不鮮明だが、その存在感だけは圧倒的だった。


「ええ、これが私たちの相手よ」


 リンディの声には覚悟が滲んでいた。

 彼女自身も前線に立つつもりなのだろう。


「作戦準備は三日後までに完了させる。それまでに最高のシステムを作り上げる」


 彼女に告げると、彼女は力強く頷いた。

 その蒼い瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。


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