第三章:交錯する思惑(4)
緊急会議の場には、レオン王子を筆頭に、ダンカン、軍の将校たち、そして意外にもフェリクスの姿があった。
彼は相変わらず傲慢な表情を浮かべているが、以前より幾分柔らかい雰囲気が感じられる。
レオン王子が迎えた。
「来てくれたか。早速だが、状況を説明しよう」
王子は魔力を使って、テーブルの上に立体的な地図を展開した。
北部の村々に印が付けられ、いくつかは赤く染まっている—襲撃された場所だろう。
「帝国の偵察部隊は、我が国の北部国境から約20キロメートル内陸まで侵入した。彼らの目的は不明だが、技術的優位性を誇示する意図があったと思われる」
ダンカンが説明を引き継いだ。
「彼らの使用した『キメラ』と呼ばれる生体兵器は、我々の通常の武器では撃退しにくい。自己修復能力を持ち、予測不能な動きをする」
若い将校が付け加える。
「しかも知性を持っているらしく、簡単な戦術的判断もできます」
部屋の中が重い空気に包まれた。
レオン王子が続ける。
「我々は対抗策を検討している。そこでアサギさん、あなたの《オートメイト》が役立つのではないかと考えている」
「具体的には?」
「北部国境に防衛ラインを構築したい。帝国のキメラ部隊に対抗できる自動防衛システムだ」
これは挑戦的な課題だが、興味深い。
未知の敵に対する適応システムの開発――。
《オートメイト》の真価を発揮できる分野だ。
「可能だと思います。ただし、キメラについての詳細な情報が必要です」
フェリクスが突然口を開いた。
「それについては……私も協力できるかもしれん」
全員の視線が彼に向けられた。
「ハイゼンベルク家には、古代魔法生物に関する秘伝書がある。生体魔導工学の元になったと思われる技術だ。これが参考になるかもしれない」
彼の提案は意外だった。
つい先日まで激しく対立していたのに、今は協力を申し出ている。
「全く同じものではないだろうが、基本原理は似ているはずだ。特に魔法生物の予測不能な動きのパターン分析に役立つかもしれん」
「ありがとう、フェリクス。それは貴重な情報だ」
彼は軽く鼻を鳴らしたが、嫌々ながらも頷いた。
「勘違いするな。王国の危機に協力するのは当然だ。君のオートメイトなど認めたわけではない」
言葉こそ強気だが、その表情からは真摯な協力の意思が伝わってきた。
会議はさらに続き、防衛システムの具体的な配置や、必要な資源の調達方法などが議論された。
そしてもう一つ、深刻な問題が提起された。
ダンカンが重い口調で語る。
「情報によれば、帝国はさらに高度な兵器も保有しているらしい。『ブリュンヒルデ』と呼ばれる、生体コアを搭載した魔導アーマーだ」
「誰が操縦しているんだ?」
「『紅き流星』と呼ばれる女性パイロット……リゼット・ヴァーミリオンという」
その名前は初めて聞いたが、部屋の空気が一瞬凍りついたのを感じた。
「彼女は帝国最強の戦士で、無敗の記録を持つ」
「対抗策は?」
「今のところない」
レオン王子が率直に認めた。
「だからこそ、アサギさんの技術に期待している」
リンディが静かに付け加える。
「リゼットは……普通ではない。私も一度だけ彼女と遭遇したことがある。あの時の圧倒的な力は……」
彼女は言葉を詰まらせた。
リンディのような優秀な騎士ですら恐れるほどの相手か。
これは想定以上の脅威だった。
「防衛システムの開発に全力を尽くします」
俺の言葉に、レオン王子は安堵の表情を見せた。
「王国の希望はあなたにかかっている」
会議が終わり、工房への帰路についた時、フェリクスが追いかけてきた。
「アサギ」
彼はいつもの尊大さを抑え、真剣な表情で言った。
「帝国の技術は我々の想像を超えている。特に『ブリュンヒルデ』は……」
彼は言葉を選びながら続けた。
「生体と魔導技術の融合、それも最悪の形で。もし噂が本当なら、生きた人間の魂を核にしているという……」
「魂を……核に?」
フェリクスの表情は暗く沈んだ。
「それがパイロットと機体の驚異的な同期率の秘密だという。私たちの技術では、到底真似できないことだ……」
彼の言葉には、嫌悪と恐怖が混じっていた。
彼がいかにゴーレム技術に誇りを持っていても、そのような禁忌の領域には足を踏み入れたくないのだろう。
「わかった。情報提供に感謝する」
「古代魔法生物の資料は明日届けさせよう。私が言うのも変だが……技術だけに目を奪われるな。何のための技術かを見失うと、帝国のような道を辿ることになる」
彼は珍しく真摯な表情で、それだけ言うと踵を返して去っていった。
工房に戻ると、イリスとミミが心配そうな表情で待っていた。
「北部国境に防衛システムを構築することになった。キメラと呼ばれる生体兵器に対抗するためのシステムだ」
夕食を取りながら状況を説明した。
イリスは古代魔法生物の話に強い関心を示し、フェリクスの資料が届くのを心待ちにしているようだった。
「生体と機械の融合……魔力の流れがどうなっているのか、とても興味深いわ」
一方、ミミは不安そうな表情で聞いていた。
「アサギさん……戦争になっちゃうの?」
彼女の素朴な質問に、一瞬言葉に詰まった。
「……何とかそうならないようにするつもりだ」
その言葉が本当かどうか、自分でもわからなかった。
技術者として最善を尽くすことはできても、政治的な決断は俺の手の届かないところにある。
夜が更けていく。
イリスはミミを寝かしつけた後、自分の部屋に引き上げた。
俺は一人で防衛システムの設計図に向き合っていた。
窓の外に広がる星空を見上げると、突然頭に女神の声が響いた。
「面白い展開ですね、アサギさん」
一瞬、幻覚かと思ったが、それは確かに女神の声だった。
「世界最適化進行度:15.0%。予想以上のペースです」
「女神……?」
返事はなかった。
あれは本当に女神からのメッセージだったのか、それとも疲れからくる幻聴だったのか。
だが、最適化の進行度が上がっていることは確かだ。
◇
翌日、予告通りフェリクスから古代魔法生物に関する資料が届いた。
イリスと一緒に熱心に資料を分析した結果、帝国のキメラ兵器に対抗するための重要な知見がいくつか得られた。
「生物の自己修復能力と適応性に対抗するには、マルチフェーズの攻撃パターンが有効かもしれません」
イリスが眼鏡を光らせながら言った。
「なるほど。次の攻撃を予測させないよう、常にパターンを変化させる……」
この発見を基に、「多重相自動防衛システム」の設計に着手した。
複数の攻撃方式を持ち、敵の反応に応じて戦術を変更できるシステムだ。
開発の真っ最中、エルザが再び工房を訪れた。
前回とは異なり、今回は商談により強い意欲を示していた。
「アサギ様、帝国の動きがある今、私たちの提携はより重要になっていますわ」
彼女は修正した契約案を見て、驚きの表情を隠せなかった。
「なるほど……さすがですわ。こんなに徹底的に分析されるとは」
「効率的な取引のためには、お互いの利益が公平であるべきです」
一時間に及ぶ交渉の末、合意に達した。
黄金帆船商会は《オートメイト》技術の主要な流通経路となるが、技術そのものの権利は俺が保持する。
利益の分配も当初案より公平なものになった。
「素晴らしい交渉でした。そして……これはおまけですわ」
彼女は小さな封筒を差し出した。
開けてみると、アルカディア帝国内部の情報が記されていた。
帝国の主要都市の位置、軍の配置、そして……「ブリュンヒルデ」についての断片的な情報。
「情報網を持つことが、私の商会の強みですから」
彼女はそれだけ言うと、優雅に立ち去った。
その背後には、計算された商売人としての冷徹さと同時に、何か別の思惑も感じられた。
防衛システムの開発は急ピッチで進んだ。
一週間後、北部国境には複数の「多重相自動防衛ステーション」が配置された。
各ステーションは地形に合わせて最適化され、レイヤード・アタック(層状攻撃)能力を持つ。
一つの攻撃方法が効かなければ、自動的に次の方法に切り替わる仕組みだ。
システムの稼働テストには、リンディ率いる騎士団も参加した。
実戦さながらの訓練で、防衛システムの対応力を確認する。
「すごい……!」
訓練を終えたリンディが感嘆の声を上げた。
彼女の鎧は汗で濡れ、呼吸も荒いが、目は興奮で輝いていた。
「これなら帝国軍にも対抗できるかもしれない」
「キメラには対応できるはずだ。だが、『ブリュンヒルデ』については……」
「心配しないで。それは私たち騎士が対処する。技術と人間の力、両方が必要なの」
彼女の言葉には力強さがあった。
効率だけを考えれば非合理的かもしれないが、戦闘において人間の勇気と決断力が持つ価値は、俺も認めざるを得なかった。
防衛システムが完成し、帝国の動きも一時沈静化した頃、工房にはさらなる進展があった。
イリスの研究により、《オートメイト》の魔力効率が30%向上した。古代魔法陣の応用が実を結んだのだ。
「アサギさん! ついに成功しました!」
イリスが目を輝かせて説明した。
「古代の魔導師たちは、魔力の流れを螺旋状に制御することで、同じ魔力量でより大きな効果を得ていたんです。これをアサギさんの《オートメイト》に応用したら……」
彼女の研究は《オートメイト》に新たな可能性をもたらした。
この技術的ブレイクスルーにより、より複雑で大規模なシステムの構築が可能になる。
「イリス、君の研究なしでは達成できなかった。ありがとう」
素直な感謝の言葉に、彼女は真っ赤になった。
「い、いえ!私こそ、アサギさんの《オートメイト》という素晴らしい研究対象があったからこそ……」
二人の会話をミミが微笑ましそうに見ていた。
この一ヶ月で、彼女も大きく成長した。
工房の助手としての仕事を覚え、イリスから基礎的な魔法理論も学んでいる。
ミミが上機嫌で尋ねる。
「ねえねえ、アサギさん。次は何を作るの?」
「そうだな……」
防衛システムの成功により、王国内での俺の評価は確固たるものになった。
レオン王子からの信頼も厚く、資源や支援も増えている。
技術顧問としての地位も安定し、実験設備も充実してきた。
しかし、帝国の脅威は依然として存在する。
「次は対帝国戦略兵器の開発だ。特に『ブリュンヒルデ』に対抗できるものを」
イリスが真剣な表情で頷いた。
「私も全力で協力します。古代魔法の研究をさらに進めて……」
「僕も手伝う!」
ミミも元気に声を上げた。
工房には活気があふれていた。
課題は山積みだが、仲間たちと共に乗り越えていける—そんな確信が芽生えていた。
そして一方で、俺の心には新たな問いが生まれつつあった。
効率や最適化を追求する中で、本当に大切なものは何なのか。
技術の先にある人間の幸福とは何なのか。
夜、工房の屋上から星空を見上げながら、そんなことを考えていた時、遠くの空に不吉な赤い光が見えた。
北部方面からの狼煙だろうか。
「やはり来たか……」
心の準備はできていた。
これが《オートメイト》の真価を発揮する時だ。
そして同時に、俺自身の選択が試される時でもある。
「世界最適化進行度:20.0%」
頭に浮かんだ数字に、覚悟を決めた。
女神が言った「効率の先にあるもの」――。
その答えを、これから探していこう。
工房の灯りが深夜まで点り続けた。明日からの戦いに向けて、最後の準備を進めながら。