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第3話月面のデジタル・ソーサリー -コロニーの闇-

研究区画で魔法炉の暴走を制御した翌日。

桐生に付き添われながら、春香はコロニー各所を見学していた。医療区画や居住スペース、人工生態系を維持する植物工場――月面とは思えないほど多様な施設が作られている。


春香(心の声)

「月面コロニーって、もっと殺風景なものだと思ってた。けれどここには街も公園もあって、まるで未来の地球みたい。なのに、なぜか胸騒ぎが消えない……。」


そんな中、コロニーの空気を微かに震わせる警報音がまたしても聞こえてきた。

「ピン……ポン……パン……ポン……。セクターC2にてシステム障害発生。関係者は速やかに対応してください――」


周囲の人々が顔を見合わせるが、先日のような大混乱は起きていない。あくまで「よくあるトラブル」程度の扱い。しかし春香は、つい先日の魔法炉暴走を思い出し、嫌な予感を覚えていた。


その夜、春香は自室(研究所が用意した簡易部屋)でサイバネアームを点検していた。内部に組み込まれたナノマシンが自己修復を進めるが、まだ謎の機能が多い。そんな時、端末を持った桐生が部屋を訪れる。


桐生

「少しいいか? 昨日の暴走事故のデータを分析していたら、気になる記録を見つけたんだ。」


桐生がタブレットの画面を春香に向けると、そこには「通常の演算ログ」とは別に暗号化された裏データが表示されている。


桐生

「公式に公開されているログとは一致しない“ゴースト”のようなデータだ。ひょっとすると、誰かが意図的に魔法炉を暴走させた可能性がある。」


春香

「そんな……ただの事故じゃないかもしれないってことですか? 誰が、何のために……?」


桐生

「わからない。けれど、このコロニーには研究機関や民間企業以外にも、軍事目的で“魔法”を利用しようとする勢力が少なくないんだ。もし陰謀があるとしたら……君が今回のターゲットになりうるかもしれない。」


サイバネ化された自分、そして“魔法”を操れる特異体質。春香の胸に不穏なものが渦巻く。だが真実を知らなければ、このまま危険にさらされるだけだ。


春香

「……放っておけないですね。コロニーの人たちも私と同じように、知らないうちに利用されている可能性があります。」


桐生から解析用のツールを受け取った春香は、研究区画の端末に秘密裏にアクセスする。魔法炉の制御ログと裏データの照合を続けるうちに、ある人物のIDコードが何度も検出された。それは、コロニー上層部の決定機関に属する「レイヴン」という名義。


春香(心の声)

「公式のデータベースにも、この“レイヴン”という人物は記載されていない。コードネームなのか、それとも偽装……?」


そんな折、端末を覗き込んできたのは同じ研究員のロイド。彼は気弱そうな眼鏡姿の若者だが、キーボードを素早く叩いて何かのアドレスを呼び出す。


ロイド

「この人を探してるんだね……? 実は噂があるんだ。魔法炉の技術を軍事利用しようとしている集団がいるらしいって。その中枢に“レイヴン”って呼ばれる人物がいるって……。」


ロイドは部下たちにも話せない恐ろしい情報を握っていた。彼の話では、魔法炉が開発されて以来、軍部や一部の企業がそのテクノロジーを兵器化しようと動いているという。もし今回の暴走が意図的なものならば、研究データを独占し、コロニーをも支配する狙いがあるかもしれない。


春香

「そんなこと……私たちの暮らしを支える技術が、兵器になるなんて……。」


ロイド

「実際、一部ではもう“魔法兵器”の実験が行われていると聞く。コロニー外の月面地下施設でね。手遅れにならないうちに、暴走事故の原因を突き止めてくれ。僕にはそれくらいしか頼めない……。」


ロイドから得た情報を元に、春香はコロニー管理コンソールの深部にアクセスを試みる。しかし強固なセキュリティが立ちはだかり、たやすく突破できない。すると後ろから桐生がやってくる。


桐生

「手間取っているようだね。実は僕も、医療データを照合していくうちに、不可解な患者記録を見つけた。『データ消失』というラベル付きで、実際には消されていない“影の患者”が何人か存在するんだ。」


桐生が差し出した端末には、身分不詳の治療履歴がいくつも羅列されている。傷の原因や治療内容はすべてトップシークレット扱い。中にはサイバネ移植や量子制御技術の実験痕があるが、正式には存在しないことになっている。


桐生

「この患者たちは、おそらく軍事施設で“魔法兵器”の実験を受けていたんだろう。君のように特異体質を持つ者を集め、失敗すれば廃棄する……そんな非人道的な計画が進んでいる可能性がある。」


胸がざわつく春香。自分もまた、その計画の一端に組み込まれていたのではないか――そんな疑念が頭をもたげる。


春香

「私だけじゃないんだ……。同じように改造されて、苦しんでいる人たちが他にもいるかもしれない。桐生先生、私……知りたい。コロニーの闇が、本当にあるのかどうか。」


桐生

「僕も、医者として見過ごすわけにはいかない。行こう、春香。おそらく“レイヴン”と呼ばれる人物がその鍵を握っているはずだ。」


情報を求めて、桐生と春香はコロニーの低層ブロックにある閉鎖エリアへ向かう。アラートの鳴らない深夜帯を狙い、防護服を装着して月面地下へ繋がる通路を辿る。重厚なハッチを開くと、そこには地上から続く長いトンネルと、規格外の大型扉が見えた。


春香(心の声)

「こんな施設があるなんて……。もし“魔法”を利用した兵器開発が進められているなら、ここが実験場になっているのかも。」


桐生が制御パネルを操作するが、アクセス拒否が繰り返される。すると春香のサイバネアームが淡い光を放ち、扉の電子ロックに干渉し始める。先日、暴走する魔法炉を制御したときと同じように、脳裏に無数のコードが流れ込んできた。


春香

「私の体内の“魔法”……いや、デジタル制御が、扉をハッキングできるかも……。」


桐生が息を呑む間もなく、金属質の扉がゴウンと低い音を立てて開く。そこから漏れ出る空気は冷たく、どこか不気味だ。


地下施設の奥へ進むと、廃棄物のようなパーツや血痕の跡が散乱している。壁には実験室や手術台の残骸らしきものが見え、何人もの“被検体”が存在したことを想起させる。


桐生

「これは……。医療記録にあった“影の患者”たちが使われていた場所か……。なんてひどい……。」


いつも冷静な桐生の声が震えている。春香の心臓も激しく鼓動を打ち続ける。まるでこの場所が発する負の感情が、サイバネ機能を通して伝わってくるようだ。


すると、その奥から足音が響いた。月面地下には似つかわしくない、かかとが金属床を叩く硬い響き。照明もまばらな薄闇の中、黒いコートを纏った人影がスッと姿を現す。


???

「ほう、コールドスリープの“特異体質”が目覚めたという噂は本当らしいな。お前が“春香”か……。」


その男の胸元には金属製の徽章があり、刻まれた文字は“レイヴン”。表情は冷酷そのもので、視線はまるで獲物を狙う猛禽類のよう。


「あなたが“レイヴン”……! ここで何をしている? こんな実験は人道に反する!」


レイヴンは鼻で笑う。


レイヴン

「いずれ地球から月に至る世界すべてを支配するのは“魔法”、つまり超高度デジタル技術だ。だが、その力を完全に掌握するには“不完全な人間”を捨て去らなければならない。

コロニーの人々が“魔法”をありがたがっているうちに、我々は真の支配権を手に入れる。軍事力も、情報も、すべてを束ねるその先に、地球より広い領域を手中に収めることができるのだからな。」


春香

「……人々が生きるための技術じゃなかったんですか? そんな勝手な……!」


レイヴンは肩をすくめる。


レイヴン

「弱い人間には理解できまい。ところで、お前はなかなか面白い素材らしいじゃないか。よければ仲間になれ。そうすれば、このコロニーの本当の頂点を見せてやろう。」


その誘いには、桐生も春香も怒りをこめて拒否する。春香のサイバネアームが再び蒼い光を帯び、周囲のナノマシン制御システムが応じるかのように微弱な振動を始める。レイヴンも手のひらを返し、漆黒の拡張デバイスを展開した。


レイヴン

「フッ……やはりそう来るか。ならば力尽くでも連れて行くとしよう。お前のような存在がいれば、研究の効率も大幅にアップする……!」


地下施設の奥から武装ドローンが姿を現す。まるで生き物のように滑らかな動きで近づき、内蔵ビーム砲を構えた。桐生が焦りの表情を浮かべる。


桐生

「逃げろ、春香! 戦える相手じゃない……!」


しかし春香は一歩も引かない。むしろ足を踏み出して拳を握り、内に秘めた“魔法”を呼び起こす。視界にはまた膨大なデジタルコードが溢れ、瞬時にドローンの制御システムを感知する。


春香(心の声)

「暴走する魔法炉を制御できた私なら、ドローンのシステムにも干渉できるはず……! 負けない。こんな理不尽な研究のために、みんなが犠牲になっていいわけがない!」

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