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第2話月面のデジタル・ソーサリー

月面コロニーの医療区画を出た春香と桐生は、警報音が響く研究区画へと急いだ。

壁沿いに配されたLEDのライン照明が赤いフラッシュを繰り返し、足元を不安げに照らしている。


春香(心の声)

「魔法……じゃなくて、デジタル技術の極致。そうは言っても、月で暮らす人たちは“魔法”と呼んでいる。いったいどんなものなんだろう」


ビープ音とともに自動ドアが横に滑る。桐生はタブレット型の端末を操作しながら言葉を継いだ。


桐生

「正確には“Digital Sorceryデジタル・ソーサリー”と呼ぶ研究者もいる。だけど、一般の人は“魔法”と呼ぶほうがわかりやすいんだ。

 この技術の根幹は、ナノマシンや量子制御、遺伝子操作、そして拡張現実技術の高度な融合にある。あまりに複雑すぎて、まるで魔法みたいだろうというわけで」


春香

「そうなんですね……。私もその“実験”の被検体だったってことですか」


歩きながら、自分のサイバネアームを握りこんで感触を確かめる。コールドスリープ前の記憶は曖昧だが、今は目の前で繰り広げられる世界を直視するしかない。


桐生

「先ほども説明したとおり、君は特殊な遺伝的素養を持っていた。だから、ナノマシンや量子サイバネ技術を体に組み込む“Digital Sorcery適性”を見込まれたんだ。そして……」


話の途中で、二人は研究区画の中心部にたどり着く。そこには白衣や作業着を身につけたスタッフたちが集まり、巨大な透明スクリーンを前に困惑の表情を浮かべていた。スクリーンに浮かぶ映像は、謎のエネルギーの暴走を示すグラフと警告メッセージ。


研究員A

「桐生先生! こちらを……“魔法炉”の出力が制御不能になっています。まだ試験段階だった転送プログラムが強制的に起動したようで……!」


桐生

「なんだって? 魔法炉というのは、量子コンピューティングとナノマシンを組み合わせて膨大な演算とエネルギー変換を行う施設だ。ここが暴走したら、コロニー全体に深刻な影響が出る」


春香(心の声)

「量子コンピュータとナノマシンの融合……それがこの世界でいう“魔法”の源。まさに“魔法炉”。」


叫び声とともに、研究室の奥から火花のような光の束が飛び散る。空中にバチバチと鳴り響くエネルギー放電は、かろうじて透明シールドが受け止めているが、いつ破られてもおかしくない状況だ。


桐生

「まずいな……“魔法”が不安定に暴走すると、空間を歪めたり、ナノマシンが誤作動を起こして実体化できないはずの物質まで作り出してしまうことがある。つまり、制御不能になると大事故に繋がるんだ」


隣で春香は、胸の奥に鋭い痛みのような衝動を感じ始める。これは恐怖なのか、それとも……自分の体内にも同様のナノマシンや量子回路が組み込まれている証拠なのかもしれない。


シールドがパリンと亀裂を立てる音が響くと同時に、荒れ狂うエネルギーが部屋へと溢れ出る。スタッフたちが悲鳴を上げ、倒れ込む。


桐生

「くっ……! 春香、無理はするなと言ったが、今は君の力が必要だ。この暴走を食い止めるには、同じ“魔法”……いや、“デジタル・ソーサリー”を制御できる素養が欠かせない。僕では到底……」


その声に応えるように、春香のサイバネアームから淡い蒼い光が灯り始める。コールドスリープから目覚めて間もないが、身体の奥から指示が届くように勝手にパーツが起動していく感覚がある。


春香(心の声)

「これが私に組み込まれた“魔法”のテクノロジー……? 頭の中で手順が浮かぶ。まるでインストールされていたソフトが起動するみたいに――」


研究員たちの視線が春香に集中する。荒れ狂うエネルギーの奔流の中、春香は恐る恐る手をかざした。


春香

「……行くしかない!」


春香が手を伸ばすと、ナノマシン同士が交信するかのように、魔法炉の暴走エネルギーと干渉を始める。真っ白い閃光が走り、室内に稲妻のような放電音が響き渡る。スタッフたちは息をのんだまま成り行きを見守る。


春香(心の声)

「頭の中でデータが流れ込む……制御コード……安全モード……連結モジュール……全部理解できる? 私……」


脳裏に大量の数式やプログラムコードがビジョンとして焼き付く。春香はそれを瞬時に“読解”し、必要なコマンドを脳内で組み立てていく。もはや肉体の動きというより、サイバネ脳とナノマシンが一体化した“本能”に近い。


春香

「……“魔法炉”の緊急停止プロトコルを起動します……!」


声に呼応するように春香の体が淡く発光し、魔法炉と直接リンクする。重低音の響きが轟き、暴走していたエネルギーの波が徐々に収束していく。スクリーンにはエラーの文字が続々と消え、出力レベルが低下していく様子が映し出される。


研究員A

「停止シーケンスが始まりました! エネルギーの値が……下がる!」


研究員B

「信じられない……こんなにスムーズに制御が利くなんて……」


沈黙が訪れる。空間を満たしていた風圧も落ち着き、魔法炉の周囲に立ち込めていた輝きの残滓が、ゆっくりと床に散って消えていく。


束の間の静寂の中、春香は床に膝をつく。ドクン、ドクンと胸が高鳴り、視界が暗転しかけるが、桐生がすぐに駆け寄って支えてくれる。


桐生

「大丈夫か……? いきなりあんな高負荷の制御をするなんて……」


春香

「……うん、平気。ちょっと目が回ってるけど、何とか踏みとどまった感じ」


研究員たちが安堵のため息を吐き、一人、また一人と拍手を送り始める。桐生も微笑みながら、しかし複雑なまなざしで春香のサイバネアームを見つめる。


桐生

「見たとおり、君は“魔法”――つまり超高度デジタル技術を扱える特別な存在だ。けれど、これにはリスクが伴う。大量の演算処理やエネルギーのやり取りは、肉体と精神の限界を超える危険があるんだ」


春香

「じゃあ、これから私がどうするかも……私次第なんですよね」


桐生は静かにうなずく。

「そうだね。今の技術でサイバネパーツを完全に除去できる保証はないけど、もっと安定した運用も可能になるかもしれない。研究に協力してくれれば、“魔法”の安全な活用法が確立できるだろう」


ふと視線を落とす春香。20年間もの時間が経過し、目覚めたら自分は人間でもあり機械でもある姿に変わっていた。普通に生きる道を選ぶのか、それとも研究の先にある未知の扉を開くのか。


春香(心の声)

「ただの人間として生きるか、それとも“魔法”を受け入れ、誰かの役に立つ道を探すか……」

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