五話 守りの死霊 修正済み
大森林は商人や旅人にとっては盗賊や魔物が多く危険な道として有名だった。
危険な道なら通らなければよいのでは?と事情を知らぬ人が聞けばそういうだろう。
危険で有名でも通られる理由はあった。
その森は大陸南部から中央付近にかけてまで幅広く伸びている。
南部から中央へ行くルートとしては最短のルートであり、そこを利用するのとしないのとではかかる日程が倍以上違ってくるのだ。
魔物の情報や南部の情勢などを調査した冒険者や、薬草や海産物など腐りやすいものを取り扱う商人などはどうしてもそこを通らなければいけなかった。
特に商人にとってこの森を通るか否かは頭を悩ませる種だった。
安全をとって利益を減らすか、危険をとって利益を増やすか?
安全をとれば費用がかかる。
日数が増えればその分、人件費や馬の餌代も増える。
商品の鮮度を落とさないように氷の魔法を扱えるものを雇えば更に費用は重なる。
危険をとれば命がかかる。
護衛を雇うための費用はかかってしまうが、その分早く商品を運べるため高く売れる。
日数もかからないため総合してみればこちらの方が利益は多いのだ。
情報を扱う者たちも鮮度を落としたくないので森を突っ切るルートを通ることが多い。
森は危険が多い。
死角が多く襲撃しやすい、自分たちが不利になったら逃走しやすい、商人が多く通るので確実に利益になりやすい...と三拍子そろった大森林のルートは盗賊たちにとって美味しい狩場でもあった。
そういった人々を狙った盗賊たちが後を絶たないため、大森林は盗賊の森と呼ばれていた。
だがある時を境に森の状況は急変する。
それは強力な不死の魔物の出現である。
不死の魔物は総じて厄介なことで有名だ。
状態異常攻撃やドレイン系の厄介な攻撃。
状態異常耐性があり物理攻撃に耐性があり、効くのは魔法...特に火と光。
後は光の力が込められた聖なる武器や、魔法の込められた魔剣、聖水が弱点だ。
そしてもう一つ厄介なのが不死の魔物は生前の技を持つことがあるという点である。
つまり剣士ならば剣術、魔法使いならば魔法という感じでその魔物によってできることが大きく違ってくるという点で厄介なのだ。
無対策で簡単に倒せる相手ではない。
逆に言えば対策さえ立てられれば戦えるし倒せる魔物のはずだった。
盗賊たちも最初のうちはそう思っていた。
だがどういうわけかその不死の魔物には火や光の魔法が効きづらく、聖水なども効果が薄かった。
それ故に厄介度が通常の不死の魔物よりも跳ね上がっていた。
実体がないため気配がなく、接近も分かりにくいため気が付いた時には奇襲されている。
一撃で殺されることはないが、攻撃をくらえばドレインされ動きが鈍くなり、続けて攻撃を浴び続けるとどんどん弱って死んでしまう。
おまけにいつからか魔法まで使い出したのだ。
聖なる武器や魔剣ならば強力な効果を持つため有効打にもなったかもしれないが、使い手を選ぶため盗賊では扱えないことが多く、またそんな武器は数が少ないので入手はあまり現実的ではない。
今までその森を狩場にしていた盗賊たちには全く打つ手がなかった。
これで襲う相手が無差別ならば冒険者ギルド所属の冒険者や、教会所属の聖職者などの魔物に対するスペシャリストが派遣されたりもしていたのだろうが、どういうわけか盗賊や魔物以外は襲われないので冒険者ギルドも教会も討伐するべきかどうかで意見が割れていた。
おまけに盗賊以外が討伐しようとするとすぐに姿をくらまし、これといった害がない。
また大森林を通りたい者達からはいつしか『守りの死霊』として人気が高くなっており、奇妙な信仰みたいなものを集めていたりもした。
討伐が困難で危険度の高い魔物ではある。
だが盗賊や魔物を討伐し、それ以外は襲わず実害がない。
信仰も集めているため倒しづらくもなっている。
実際に守りの死霊が出現するようになってから、盗賊の被害は劇的に減り、大森林を挟んだ町と町の流通が盛んになり、情報伝達もかなり円滑にできるようになっている。
じゃあ都合がいいし倒さなくてもいいんじゃね?となったのだ。
その信仰が新たに死霊に力を与えることになったのは、今はまだ誰も知らない。