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第四話


まだ毒が体内に残っているようだ。時々足を止めて嘔吐した。どうにも気分が悪かった。それでも川音をたよりに獣道を進んだ。この依頼はどうしても、やり遂げる必要があった。歩き続けた。


木々に取り付けられた監視カメラが増えて来た。野生動物の観察ではあるまい。侵入者を見張るための物だろう。葉山には配達という役目がある。それは監視者も知っているはずだ。そのまま歩き続けた。


夜が明けてきた。薄明りのなか、急に整備された広い場所が目の前に広がった。まるでゴルフ場だ。あちこちに細い車道のような舗装された道が走っている。これもゴルフ場を思わせた。見渡しの良い場所に侵入する前に足を止めた。そのあたりは巨木が多かった。樹齢何百年だろう。その一つの根本に座って一休みすることにした。この先に進めば、おそらくもう引き返せない。水筒マグを取り出しコーヒーを汲み、タバコに火を付けた。


ひどい世の中だった。良き人々は心を病む世の中だ。心の中がぶっ壊れて信念も愛情も無く、その場その場で適応できる者だけが生きていける。理路整然と物事を考え実行しようとすると必ず排除される。世界も国も地域も会社も、小さなグループまで集団のトップはなぜか必ず腐っていた。葉山は例外を知らなかった。だが、それでもどこかに良き人々は生きているのだろう、と思うしかなかった。理不尽な目にあい苦しみながらも、狂った世界を憂いながら、なんとかしょうとしている人々が。葉山の耳には、彼らの悲しみや、怒り、絶望の声がいつも響いていた。みんなでそういう世界にしたのだ。それはわかっていた。だが、きっかけというものがある。そのことを考えずにはいられなかった。


「ふうー、やれやれだな。」


タバコを携帯灰皿にしまい、葉山は立ち上がった。


「そんじゃ、ま、行きますか。」


見渡しの良い開けた所へ進んでいった。広大な土地がきれいに整備されている。縦横に続く舗装道路に上がると、そのまま歩いて行った。


「本当に、とんでもない大金持ちなんだな。」


知らず、葉山は独り言を洩らしていた。国立公園などより広く、きれいだった。常に整備され木々も刈り込まれている。右手に広い西洋式庭園、英国式庭園だろうか、が見えて来た。噴水が華麗な水のダンスを披露している。左手には和風の庭園が現れた。長い白樺並木の道があった。銀杏並木に変わった。桜並木にまた変わった。右手にはまた別の様式の庭園が広がった。下手なフラワーパークより豪勢だ。葉山は季節を彩るそれらの庭園の木々花々を眺めながら進んでいった。行けども行けども豪華な庭園だった。


やがてようやく、建物が見えて来た。城か宮殿でもあるのかと思っていたが、豪華な和風家屋だった。5階建てのようだ。古い旅館のようだな、と思った。入口にスーツ姿のごつい男が二人腕を前で組んで立っている。警備員だろう。二人共強そうだ。近づきながら、どのタイミングで挨拶するべきか考えた。


この辺りで「やあ、どうも。」ぐらい言うべきか、と口を開いた時、入口が開いてスーツ姿の女性が出て来た。パンツスーツで動きやすい恰好をしている。体格も良くキビキビとした動きから、軍隊教育を受けていることが見て取れる。警備責任者だろう。


「ご苦労様です。葉山さんですよね?お待ちしておりました。」


先に挨拶されて葉山は少し驚いた。


「は、はい。そうです。葉山です。配達に参りました。」


「どうぞこちらの方へ。正面出入口は朝瓜本人と家族、それとゲストの方のみがご使用になります。配達や業者の方はこちらの勝手口からお入り願います。ついて来てください。」


促されて葉山は彼女の後に続いた。


「私、警備主任の木瀬、と申します。葉山さん、ここまで大変だったでしょう。」


笑顔で労われて、葉山は妙な感覚に陥った。口先だけ、本当に決まったセリフを言っているだけに聞こえる。ここまで何があったかはすべて知っているが、葉山が’生き延びてここまでたどり着いた事にはなんの関心も無い、という事のようだ。


なるほど。


広くシャッターの開いたガレージへ案内された。高級車が並んでいるが、どれもピカピカで使用感が無い。眺めて楽しんでいるのだろうか。そのまま進んで行き、広く空いた空間まで来た。20平方メートルほどのクッション性の強い保護シートが広げられていた。


「では、ここにお荷物を展開してください。ここからは係の者が運びます。」


クルッと振り返りその保護シートのあたりを指し示された。このシートの上に、ということか。木瀬が振り向いた時にジャケットが少しひるがえり、銃を携帯しているのが見えたため、葉山は少し緊張した。


「では。」


葉山はリュックを降ろし、一枚ずつ取り出してはRe-Emerging(再出現)ボタンを押した。一つ出現させては場所を移動し、また出現させる。最新の超大型フラット3Dテレビ。庫内で料理までしてくれ洗浄も自動で行う最新型冷蔵庫。放り込んでおけば洗濯乾燥して折り畳み種類別に仕分けまでしてくれるスーパー洋服箪笥。そしてゴルフバッグ。どんどん出現させた。木瀬が、その様子を少し離れた所で腕組みしながら眺めている。いや、葉山が何かおかしな行動をとらないか見張っているのだろう。ある程度荷物が出そろったあたりで、木瀬が何事かつぶやいた。部下に通信したのだ。すぐに玄関口にいた二人とは違う二人組の警備員が現れた。男女のコンビだったが、二人共これまたとても強そうだった。そして、冷蔵庫を二人で担ぎ上げ、裏口の扉へ向かう。依頼人、塩狩の言った通りだった。


「この冷蔵庫から屋敷内に運び込むはずです。」


「朝瓜は大金持ちです。もう何百年も金持ちの家系でそれはこれからも変わらない。彼が欲しいのは権力と歴史的な評価です。しかし、本人は器が小さく小心で意地汚い。人間としての地力では人はついてこない。金で権力を買うしかない。金で人脈を作り、人脈で権力を得る。自分の成績が悪ければ、学校ごと買い取って校長から教師まで支配下に置き、良い点を取らせろ、単位をよこせ、無事に卒業させろ。さもなくば左遷する、クビにするぞ、二度とまともな社会生活ができなくしてやる。と、脅迫するのが彼のやり方です。ただ、いつしか普段から身の回りの人間には綺麗ごとばかり吹聴し、理想主義者のように振舞う事を覚えたようで、なかなか尻尾を出しません。周りの人間が忖度して彼の希望を先回りして達成しようとするシステムができあがってしまったのです。この冷蔵庫には、そんな彼に取り立ててもらいたい人間たちからの賄賂が一杯詰まってます。データとして大容量USBに入っている物がほとんどですが。法曹界から経済界、芸能界まで実に大勢の情報が入っています。この冷蔵庫が運び込まれる時がチャンスです。」


葉山はリュックを木瀬に投げつけた。驚いた様子も見せず木瀬は腕と足でガードの体制をとりリュックの衝撃から身を守った。そのすきに、今、裏口から入ろうとしている二人組へ突進した。こちら向きに冷蔵庫を持っている警備の男が驚いた顔をしたが、その脇を飛び込むようにして屋敷へ入った。振り向きざま男の膝裏を蹴りつける。


「うわっ!」


男は足を折り膝を付いた。その膝の上に冷蔵庫がゴトン!と落ちて来た。


「ぎゃあっ!」


葉山は男の背中を勢いつけて蹴り飛ばした。冷蔵庫ごと二人の人間も弾き飛ばされた。急いで裏口を閉めロックした。間髪いれず扉にドン!と衝撃が走った。おそらく木瀬の攻撃だろう。間一髪だった。電子ロックの端末を蹴り壊し、屋敷の奥へひた走った。扉の向こうで騒ぐ声が聞こえる。他の出入口へ回り込んで来るだろう。屋敷内の他の警備へも連絡したに違いない。




ここからが真の依頼だ。


おそらく警備の人間に見つかったら射殺される。急がねば。地下への階段を見つけた。駆け下りてすぐ「モニタールーム」を見つけ扉を開けた。警備服の男が二人、モニター席に座っていた。


「なっなんですかあんた?」


「ああ、気にせず続けて続けて、挨拶はいい。座ったままで。」


言うと葉山はずらっと並ぶモニターを見た。なんと、駅前からこの屋敷まですべて見ることができる。


「マジか。お前ら全部見てたのか。サイテーだな。」


「なんだお前は!」


溜まらず立ち上がらろうとした男の腰に飛びつき、抜き取ろうとしていた警棒を先に抜き取ると、首筋に後ろから一撃加えた。


「ぐぇ!」


と音を洩らし男は倒れた。慌てて警棒を抜きながら立ち上がろうとする隣の男の首にも正面から突きを入れた。


「げっ!」


と喉を鳴らし首を抑えてこの男も倒れた。二人とも手錠を持っていたのでむき出しの配管に腕を通す形で手錠をかけ自由を奪った。屋敷の中には他に二人組が二組、走っている。屋敷の外を木瀬達が表玄関側へと回り込んでいる。庭園にいた警備の者達も5組ほど屋敷方向へ向かって来ていた。


「あれ?」


野犬達をモニターしているカメラがあった。


「野犬達もここで見てたのか。お前らが世話してんのか?」


つながれた警備の一人が小馬鹿にしたように話しだした。


「あれはただの野犬じゃねえ。コヨーテと狼と犬を掛け合わせたスーパーウルフだ。朝瓜様が軍事用に特別開発させてたんだ。お前が助かったのは奇跡だよ。けどよ、逃げ回ってるお前の情けない面は爆笑モンだったな。」


ぎゃっはっはっは!と二人に笑われて葉山はムッとしたが、


「おい、あの殺人毒野郎の小屋も全部丸見えじゃねえか。・・・・うわ!」


ハシリドコロを使ったあの殺人者の小屋が見える。葉山が見ていない部屋が映っていた。そこは解体された人体が多数転がっていた。


「お前ら、あいつともグルだったのかよ。・・・・なんで配達人が殺されるのを放っておくんだ?」


けけっと警備の一人が笑った。


「朝瓜様のお趣味だあよ。殺人犬に殺人鬼。飼って楽しんでたのさ。あの方にはそれぐらいの権利があるんだよ。」


「権利?権力の、間違いだろ?」


「あの方は救世主だ。その他大勢を生かすも殺すもあの方次第なんだよ!俺たちやお前なんかとは立ってるステージが違うんだ!権利があるんだよ!」


むかつくのでしゃべってる方もただニヤニヤしてる方も一発ずつ頭を警棒で殴った。ゴン!ゴン!と凄い音がしたが、死なない程度に加減はした。


「配達員殺したら問題になるし、第一不便だろ?」


ううっと呻きながらも警備の男は答えた。


「朝瓜様なら警察も堅持も裁判官までコントロールできる。事件にすらならないよ。配達されなかった、と言えば済む。そうすれば、配達料払わなくていいしな。けけけっ」


「うわあ、マジかこいつら。気持ち悪いな。」


葉山は呆れた。そして、モニター上に目標を見つけた。


「そこか。」


葉山はモニタールームを飛び出した。




END










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