09 敗走
「クソっ!」
僕は捕えられた女子に駆け寄って、糸の塊を切ろうと試みる。
しかし、降ってきた糸は想像以上に粘着質で、刀を引き抜くのも一苦労だった。
その間にも糸は降ってきていて、次々に女子が捉えられている。
「しまった、俺まで足を!」
「悪い春信お前自分で何とかして今忙しい」
「ああ分かってるさ!」
足を取られたくらいなら自分で対処出来る。
春信は忍者の末裔を自称してるし、まぁ何とかなるだろ。
まぁ、絶対嘘だろうけど。
彼はただの忍者(女)マニアだ。
それより問題は、宇佐美のように全身を糸玉に押し潰された者。
そもそも身動きが取れないのでは、糸を切ろうにもどうしようもない。
「うさみん待っててや、今助けてやへぶっ!」
宇佐美を助けようとしていた清子まで、落ちてきた糸玉に潰された。
どうする、このままでは全滅だ。
恐らく全員を助ける事は難しい。
「撤退しろ長尾、無理だ!」
春信が虎姫に向けて叫ぶ。
虎姫はぎりりと歯を食いしばり、天井をキッと睨みつけている。
「長尾!」
やがて虎姫も諦めがついたのか、全体に向けて指示を下した。
「全員撤退せよ!」
動ける者達が通路へと逃げてゆく。
しかしそこは最も糸玉の雨が激しい場所、逃げる間にも何人かが糸玉に捕えられてしまう。
「村上さん、宇佐美さん、歯を食いしばって絶えて」
「えっ、ちょまっ……」
「はぁぁぁぁっ!」
虎姫は折れた刃を峰打ちに翻し、囚われた二人に向けて光の一撃を放つ。
直後、糸玉が吹き飛んだ。
糸玉と共に二人も、地面に転がる。
「いったぁぁぁ!?」
清子は叫び声を上げるが、宇佐美はどうやら気を失ったようだった。
「叫び声上げる余裕があるなら宇佐美運んで逃げろ!」
「人使い荒いなぁ、もう!」
清子が纏わりついた糸を引きちぎって立ち上がり、宇佐美を抱えて走り出した。
「あんたは!?」
「私はもう少し助けてから行く!」
虎姫はそう言うと、他の人の救助を行なっているこちらに向かって走って来た。
「直衛は避けろ!」
「マジかよ!」
慌てて横に飛び退いた。
糸玉は弾け、中から囚われていた女子が出て来る。
しかし、彼女は戦闘で足を怪我していたらしく、そのまま逃げる事は難しそうだった。
「直衛、この子抱えて逃げて」
「っ、了解!」
僕は言う通りにして通路まで逃げた。
しかし、天井に張り付いていた残党が続々と降りて来ている。
僕は一目散に洞窟を脱した。
そして虎姫は、洞窟から出てこなかった。
「……クソッ!」
悔しさに木を蹴飛ばした。
結局、洞窟からは一五人が脱した。
女子が一四人、男子は僕一人だ。
春信も結局出てこなかった。
恐らく、誰かを助けている最中に囚われたのだろう。
「……駄目や、これ」
清子が唐突に呟いた。
「村上さん?」
「おー、直衛……無事だったんか。ていうか、糸に当たらなかったやな」
「何とかね、運が良かった」
「どうかねぇ。悪運とちゃうんか、それ?」
「それより、何が駄目って?」
「ああ……」
清子は全体を見やる。
「おーい……こん中で糸当たらなかったの何人や?」
結果、返事をしたのは7人。
僕を含めると8人が糸に当たらずに洞窟を出て、残りの7人は一度糸に囚われて、誰かに助けられた事となる。
「7人か、まぁまぁやな。じゃああんたら今すぐ帰んな、ここは私らが受け持つわ」
「……どう言う事だ?」
「どういうも何も、さっきから体が痺れて言うこと聞かんわ。多分糸に毒が含まれとったんやろ」
「そんな……」
確かに、さっき手を上げた者以外は皆地面に横たわっている。
きっと、もう全身に毒が回って痺れて動けないのだろう。
「痺れるだけ?」
「分からん、案外そのままポックリ逝くかもなぁ」
空が橙色に染まっていた。
もうすぐ、日が暮れる。
潰れていない巣穴の出入り口はここ一つ。
何にせよ、この場所はすぐに離れたほうがいいだろう。
「……見捨てろって事か?」
「そや、合理的やろ」
「鋼太郎に恨まれる」
「知らんわ、ほっとけあんな工作マニア」
「……」
何を言っても無駄か。
僕は諦めて清子の体に手を回した。
「オイ、何のつもりやワレ」
「連れてく」
「アホかお前ら」
いつの間に、周りの皆も同じようにしていた。
中には怪我をして足を引きずっている人もいるのに、だ。
「……ここで見捨てたら後悔する。たぶん一生」
「あっそ」
「あと、鋼太郎に殺される」
「だから知らんっての……」
嘘だ、さっきから声が震えてる。
本当は自分も帰りたいだろうに。
「おーい、愛徒!」
後ろから声が聞こえた。
春信の声だ。
「無事だったか!」
振り向くと、春信と夜宵の二人がいた。
夜宵はぐったりしていたが、春信に毒が回っている様子は無い、どうやら無事に切り抜けられたようだ。
「春信お前、足痺れてないのか?」
「は? 何でよ」
「あの糸毒あったっぽいけど」
「毒ぅ!? まぁ、多分当たったの靴だけだったからだろ」
そうか、ともあれ無事で良かった。
だが、それより気になる事がある。
「虎姫はどうした?」
「あいつは……」
春信が言い淀む。
脳裏を最悪のケースが過ぎる。
僕が出た時はまだ無事だったが……。
しかし、春信が次に口にした言葉は、僕の予想を超えるものだった。
「まだ、戦ってる。通路で、ボスを足止めしてる」