07 地獄の始まり
……最悪だ。
行軍を初めてから一日が経った。
もう辺りはすっかり日が暮れて、僕達は野営を行う事にした。
「……」
静かだ、誰もが口を閉ざしている。
それもその筈だ。
行軍は、スケジュールだけなら予定通りに進んでいる。
しかし、人の方はそうも行かなかった。
現地の住民達も含め、実に三百人もの人間がこの作戦に参加した。
しかしここまで到達できたのはその半分だ。
これから魔物の攻勢も強くなると言うのに、これではこの国の人達は迷宮に着くまでに全滅する。
撤退すべきだ、と虎姫は言った。
しかし、軍の人達はそれを拒否した。
曰く、ここに来ているのは選りすぐりの精鋭達、ここで引き返せば、二度と攻略することは出来ないだろうと。
元より、彼らは命を捨てるつもりでここに来ている。
せめて迷宮に辿り着くまで、盾になれれば本望だと。
その晩は襲撃もあったが、何とか虎姫達が追い返していた。
そして更に翌日、僕達は迷宮に到着した。
迷宮は巣穴と言う名前に相応しく、地面に開いた巨大な洞穴のような場所だった。
「……行きましょう」
従軍した兵士達はもう僅か十人しか残っていない。
だが当初の計画通り、兵士達が迷宮を先行した。
僕はその兵士の中で最も最後尾だ。
戦闘が出来る虎姫達と違い、何の力もない僕だが、それでも彼等からは守るべき加護持ちには変わりないらしい。
当然、気分がいいものではない。
目の前で人が死んでゆく。
魔物が出ると虎姫達が助けに入るが、それでも助からない命はある。
兵士達は程なくして全滅した。
「……直衛君は武田君と後方の確認をしてちょうだい。前は私達が自分でやるわ」
「分かったよ……」
繋ぎ役としての役目も、その相手がいないのでは意味がない。
僕は虎姫の指示に従って、後ろに後退した。
「……全員、顔色悪いな」
春信が呟く。
目の前で人が死んだのだ。
行軍中、吐いている人を何度も見かけた。
それでも彼女達が逃げ出さないのは、三百人の死を無駄にするまいという健気な想いがあるからだろう。
「急ぎすぎなんだよ、長尾は。もっと悠長に事を構えても良かったんだ」
「……」
「俺達だって、完全に無力なわけじゃない。俺は打開策を探しに調べ物で飛び回っていた。幸也も虎姫を説得していた。でも、あいつは聞き入れなかった」
「真田が?」
幸也……会議では何も話さず、静観していた。
あれは本人なりの反対の意思表示だったのだろうか。
彼は最も虎姫との関わりが長く、仲もいい。
学校では付き合っているとの噂も流れていた程だ。
家同士の付き合いで、その両親は二人を結婚させるつもりだと誰かが言っていた。
「あいつは怪我で付いて来ていないけど、くれぐれも頼むと念を押されたよ」
確か最近、街から出た時に彼が魔物に襲われたと聞いた。
それさえなければ、恐らく彼はこの場にいたのだろう。
「俺の役目はあいつらを生還させる事だ。その為なら、この命を使う事を厭わない。だから直衛、お前は最後まで虎姫についていろ。お前が無事なら、長尾も無茶はしない筈だ」
「それは、どういう……?」
「あー……独り言だ、今のは忘れろ」
「……何なんだよ」
第一、嫌われてるのにそれは無いだろ。
まぁ、あれで責任感が強いから、無茶な突撃はしないという事だろうか。
それならばいいのだけれど、どうも嫌な予感が拭えなかった。