06 迷宮攻略前夜
「……何故直衛君がここにいるの?」
虎姫がこちらを睨みつけている。
この国――オウミの領主の館にて、その会合は行われるようだった。
いるのは国の軍の上官達、そして長尾達女子の全員、軍師のような形で協力していた男子達、そして、この国の領主だ。
「まぁまぁ、愛徒も作戦に参加する訳だし、部外者って訳じゃないでしょ?」
「そんなこと聞いてないんだけど?」
春信の言い分に、僕と虎姫の疑問が被った。
単に会合に顔を出すだけだと思っていたが、いつの間にか巻き込まれている。
虎姫にこれ以上嫌われるのは嫌なんだけど……。
「だって愛徒は今やオウミの軍の人間でしょ。その上加護持ちでもあるんだから、繋ぎ役としては丁度いいでしょ」
「……貴方がやればいいんじゃない?」
「勿論、俺も行くけど。僕は今回、偵察メインで動くからさ」
「……」
虎姫は分が悪いと踏んだか、自分の席に戻って行った。
「直衛はとりあえず真田の横に座るといい、もう直ぐ軍議が始まる」
「分かった」
真田幸也、俺達男子側のリーダーだ。
他にいるのは、石田や黒田……こいつらは頭がいいから恐らく作戦面での協力だろう。
「では、皆さんお揃いのようですので。始めようと思います」
会合を取り仕切るのは領主の青年、名前は確かカイエンと言ったか。
軍議とはいえど、攻略の大まかな計画は既に決まっていたらしい。
今回の会合はその最終確認といった形だそうだ。
まずオウミ軍が迷宮を先行し、虎姫達がその後を続く。
露払いは基本的に軍の人に任せ、虎姫達は体力を温存しながらそのフォローをする、と言った形らしい。
迷宮の位置は西の山地の奥にあるそうだ。
到達までには二日の時を要する。
虎姫達が何度も遠征を繰り返して、ついに発見に至った場所だ。
当然、その周囲は魔物の数も多い。
辿り着くだけでも命懸けだ。
「……直衛君、ちょっといいかしら」
休憩の折、虎姫が声を掛けてきた。
どうやら二人きりで話があるらしい。
僕達は会場を一時抜け出して、外に出た。
あたりはすっかり夜だ。
体感だが、どうもこの世界は少し一日の時間が短い気がする。
大体20時間ぐらいだろうか。
6時間ぐらい寝て、起きて、少し活動したら日が暮れる。
そして、夜は魔物が活発になる時間。
この世界の人間の活動範囲が狭いのは、これも原因の一端ではあるのだろう。
「貴方は辞退しなさい。足手纏いよ」
虎姫の話は予想通りのものだった。
「……やっぱりその話か」
言い分は尤もだ。
僕は攻略のメンバーの中で最も弱い。
ほぼ非戦闘要員である僕を参加させる意味は、殆どないだろう。
でも、もう心は決まっている。
でも、これで仮に攻略が失敗したのなら、僕達はもう終わりだ。
貴重な戦闘要員を失って、後は大人しく滅びを待つしか無い。
「……悪いけど、その指示には従えない」
僕は虎姫の目をまっすぐ見据えて言う。
何より、僕はこれ以上彼女達に全てを押し付けて、傷付くのを黙って見るのが許せない。
例え糸口が見つからなかったとでも、虎姫達は命を賭けて守るべき存在だ。
「……そう。じゃあ、仕方ないわね」
直後、虎姫の目つきが変わった。
今までに見たことが無いほど冷たく、無機質な目だ。
不味い、と何か嫌な予感がして、慌てて後ろに飛び退いた。
――ドンッ、と地面が揺れた。
虎姫が武器を抜き放ったのだ。
虎姫の太刀が淡く光を纏っている。
そして、つい一瞬前まで僕が立っていた場所は、ぽっかり穴が空いたように陥没していた。
「峰打ちよ、殺さない。ただ、ちょっと怪我してもらうだけ」
……やる気だ。
僕も応えるようにして剣を抜いていた。
今まで愛用してきた剣だ。
今日鋼太郎から受け取った刀よりずっと使い馴れている。
「そんなもので防げるとでも?」
虎姫が動いた。
脚に魔力を込めて、一瞬で距離を詰めてきた。
辛うじて攻撃には反応できたが、その威力までは受け切れず、僕は吹き飛ばされていた。
地面をゴロゴロと転がる。
虎姫の攻撃を受けた剣は砕けていた。
「……仕方ない。鋼太郎、折れても悪く思うなよ」
鋼太郎から受け取った幅広の刀。
その短い刀身とは裏腹に、重い。
かなり丈夫に拵えたと聞いたが、あの斬撃を耐えられるかどうか――。
……いや、やるしかない。
まともに受けて折れるなら、受け流す。
雑に使えと言われた程だし、多少無理な形でも折れはしないだろう。
半ば賭けだが、やるしかない。
「……」
虎姫は無言で肉薄し、上段から剣戟を振るう。
光を纏う刀を逆さに構え、刃はこちらを向いていない。
しかし、受ければ間違いなく骨が砕けるだろう。
先ほど折れた刀と同じように。
命を奪う意思はないはずだ。
ならば狙われているのは肩。
僕は全神経を集中させて、防御に回る。
刀を持つ手に衝撃が走る。
火花を撒き散らしながら、虎姫の一撃が刀身を滑る。
刀に亀裂が入る音がした。
万事急すか、僕は諦めるように目を閉じる。
「……」
「……」
しかし、僕は怪我を負っていなかった。
目を開けて手の刀を見る。
今日受け取った幅広の山刀は、刃こぼれ一つない。
つまり、砕けたのは虎姫の刀だ。
強すぎる加護の力に、刀の方が耐えられなかった。
「……仕方ない」
虎姫が武器を落とし、代わりに拳を握りしめる。
不味い、流石に無手をこれで受けるわけにはいかない。
そうすれば虎姫の方が怪我をして、攻略に支障がでかけない。
「長尾ォ――!」
誰かがそう叫ぶのを聞いた。
その人物は僕達の間に割って入り、虎姫を体当たりで突き飛ばした。
「……っ!?」
地面をゴロゴロと転がる虎姫。
やったのは、夜宵だった。
「直衛君に何してる、お前!」
「……っ、貴方には関係ない!」
「この、直衛君に謝れぇぇ!」
あ、不味い。
夜宵が虎姫に飛び掛かろうとしている。
このまま加護持ち同士で喧嘩になって、二人とも遠征に不参加になるのは最悪だ。
それだけは絶対に避けなければならない。
僕は慌てて夜宵に飛びつき、ホールドする形でそれを止めた。
「霧野ちゃんストップ、それはダメだ!」
「……っ、でもあいつは直衛君を!」
「僕は大丈夫だから、一旦落ち着いて!」
それでも攻撃に転じようとする夜宵を必死に宥める。
「……直衛君はそれでいいの?」
「いいんだ、これで」
夜宵と虎姫が睨み合う。
虎姫はこれ以上は無理だと悟ったのか、踵を翻して館に戻って行った。
「……私の側を離れないで。あの女、信用できない」
「分かった。ありがとう、助かったよ」
結局、その後虎姫が接触して来ることは無かった。
彼女が何を思ってあのような行動に出たのかは分からないが、彼女は彼女なりの正義の元に行動している。
いつか分かり合える日が来ればいいのだが。
そして、翌日。
僕達は迷宮に向けて出立した。