04 女の子に囲まれたいと想う人生だった
「――ふん、ふん、ふふ〜ん」
何だか今日の夜宵はご機嫌だ。
表情もどこか朗らかだし、楽しげに鼻歌も歌っている。
「楽しそうだね、霧野ちゃん」
「そ、そんな事ないよ……」
どうやら鼻歌は無意識だったらしい。
夜宵は慌てた様子で顔を真っ赤に赤らめる。
くぅ……やはり可愛い。
こんな子と一緒に街を歩けて、そしてお食事まで共にできるとは、僕は何で幸せ者なんだ。
……ん?
一緒にお出かけして、お食事?
……もしかしてこれはデートなのでは。
「直衛君、どうしたの?」
いつの間にか、足が止まっていたらしい。
不思議に思った夜宵が顔を覗き込んでいた。
「あ、あぁ! ちょっと考え事をしてたんだ」
「そう、悩み事?」
「いや、そうでもないよ。些細な事だ、さあ行こう!」
ヤバいな、そう思うと顔がニヤけてくる。
女の子とのデートなんてした事がないから、緊張で心臓がバクバク音を鳴らしている。
そこから先はあっという間に時間が過ぎた。
庵からはかなりの距離があった筈なのに、もう目当ての食堂に着いてしまった。
「……あ」
そして僕は食堂に入り、彼女と目が合った。
虎姫だ。
「奇遇ね、直衛」
思えば、この国は一つの町を中心とした小国だ。
街の食堂は大して数が無く、食事時に見知った顔がいるのも当然だった。
「……長尾さん」
ずもももも、と横から負のオーラを感じた。
夜宵が虎姫をじっと睨みつけていた。
あれ、この二人こんなに仲悪かったっけ?
「……霧野さんも一緒にいたのね。折角だから、一緒にお昼でも食べない?」
対する虎姫も有無を言わせない雰囲気だった。
夜宵は虎姫が座っている目の前の席に、どかっと腰を下ろした。
「……直衛君はここ」
「あ、うん。ありがとう」
僕は夜宵に指示されて、夜宵の隣の席に座った。
「「……」」
二人が睨み合って、互いを牽制している。
……あれ、なんでこうなっているんだっけ?
楽しいお食事デートだった筈なのに、二人の間の雰囲気はかなり険悪だ。
「とりあえず、何か頼もうか。ね?」
「私は直衛君と同じ物で」
……うん、今は忙しそうだな。
とりあえず、無難に日替わりの定食を頼んだ。
今日は唐揚げ定食が来た。
ここで働いているクラスメイトもいるからか、現代寄りのメニューも少しずつ増え始めている。
すごく美味しそうだ。
……うん、この雰囲気でなければ、もう少し喜べたんだろうけど。
「それ、美味しそうね」
虎姫が皿の上に四つ並んだ唐揚げを見て言う。
ちなみに虎姫の食べているのは魚の塩焼き定食だ。
「……」
「……えっと」
虎姫は何か言いたげにじっとこちらを睨んでいる。
「……一個食べます?」
「ありがとう!」
虎姫の顔がぱあっと明るくなる。
畜生、外行きの作り笑いだとはわかっているけれど、素材がいいからかときめいてしまう。
「じゃあ、お礼に私の魚も一切れあげるわ」
「あ、いいの? じゃあお言葉に甘えて――」
「口を開けなさい」
「……え?」
虎姫は塩焼きの魚を一切れ箸で摘んで、こちらに向けて差し出している。
「早くしなさい。ほら、あーん」
「……はい」
有無を言わさない、という強い意志を感じる。
大人しく指示に従う――うん、美味い。
「じゃあ、今度は私の番ね」
「……え?」
「早くしなさい」
虎姫は口を開けてこちらを待っている。
仕方ない、やるか。
僕は唐揚げを一個箸でつまみ、虎姫の口に近づける。
虎姫はそれを一口で頬張った。
大きめの唐揚げなので、頬袋を栗鼠のようにモゴモゴさせながら。
「むぐむぐ、うん。おいしい」
……うん、未だ状況は掴めないが、美味しそうに唐揚げを頬張る彼女は可愛い。
というかこれ、本来恋人同士がやるやつなのでは……。
「〜〜〜ッ! 直衛君、私のも――」
「霧野さんは直衛君と同じメニューでしょう?」
「チッ、おのれ長尾ォ……」
テーブル越しに火花が散る。
というか、こんなに敵意剥き出しの夜宵は初めて見た。
その後のことはあまり覚えていない。
強いて覚えているのは、ただ料理が美味しかった事と、場の雰囲気が最悪だった事だけだ。
食べ終わった後はそのまま解散した。
何でも二人には用事があるらしく、僕だけ別れる形となった。
……にしてもあの二人、あんなに仲悪かったっけ?