七夕
「はぁ…。行きたくないなぁ。」
私はそう言ってため息をついた。
「バカなこと言ってないでさっさと用意しなさい。」
と、母は言うが、7月になったらこのまちで一番大きなお屋敷へ、私が依頼されたものをもって行かなければならないのだ。憂鬱になるのも仕方がないだろう。
どうしてそんなことになってるかというと、半年ほど前に母が新年の挨拶にお屋敷に行き、帰ってくるなり
「息子さんにあなたが作った着物を着たいってお願いされちゃったわ。」
と、訳のわからないことを言い出したからだ。
私は最初耳を疑った。だって、今まで私は跡継ぎの人と会ったことなんか無いし、お店に出してたのだって小物ばかりで着物を織ったことも無かった。それがなんで突然そんな人から作って欲しいと言われることになるんだ。
私は、きっと挨拶に行ったときに母が私の腕のことを盛って話して、相手が真に受けてしまったんだと思い、私には無理だよ。今からでも遅くない、お屋敷の人に言って他の人に織ってもらおう、と訴えたのだが、母はにこにこと「大丈夫よ。婚約者からの贈り物なんてどんなものでも嬉しいんだから。」とだけ言って、私が着物を織るための準備を始めてしまった。
その時知ったのだが、どうやら私は信じられないことにそのお屋敷の跡継ぎと婚約者ということになってるらしい。
普通だったらお屋敷の人と結婚なんて知らされたら大喜びするのかもしれない。けれど、私には素直に喜べない理由があった。
どうやらもともと7月に私は婚約者と会う約束をしており、その事を両親に伝えたのは私だと言うのだ。
しかも、この約束は今年に限った話ではなく、毎年のように行っていることで、もはや恒例行事と化しているらしい。
でも、私は相手の顔どころか名前も知らないし、そんな約束をした覚えもない。
確かに、暦には私の字で予定が書かれてて、7/7の所には星マークと短冊を絶対に持ってくる!!なんてことも書いてあるから、約束をしたのは間違いないのかもしれない。
もしも、周りの人が言ってることが本当で、私だけが婚約者のことも約束のことも忘れているのだとしたら、考えられることは1つしかない。
あのお屋敷には悪い魔法使いがいて、そいつが私に魔法をかけたんだ。そうに違いない。
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「こんにちは~。」
母に付いて私もお屋敷に入ると、客間ではなく居間に案内された。どうやら私が婚約者だというのは冗談でも無さそうだ。
ここの息子が私に着物を依頼したことが、現実味を帯びてきて急に緊張してきた。
「息子が来るまでもう少し時間がかかるみたいですから、それまでゆっくりと寛いでてください。」
と、声をかけられたがそんなことできるはずもなく私は姿勢を正したままの姿でいた。って、お母さん!なんでそんなに親しげに話してるの。その人このまちで一番偉い人なんじゃないの!?
しばらくそんな感じで待っていると、トントンというノックの音がして
「おや、もう来てたのですか。今年は早いのですね。」
と、男が入ってきた。
「ほ、ほんとに悪い魔法使いがいた。」
私が男の姿を見たとたんうっかりそんなことを口走ってしまったのは仕方のないことだと思う。
だってこの部屋に、よれよれで、よく見ると少し血のついてる服を着た人が入ってきたのだ。誰だってそう思うに違いない。
とは言え、初対面の人にいきなりかける言葉では無いだろう。
「あの、えっと。」
私がどうにかその場を取り繕うとわたわたしていると、彼は私に微笑みながら
「やぁ、僕はアル彦だよ。君に初めましてと言えばいいのかな?それとも久しぶり?」
と、声をかけてきた。
「え、えっと。はじめまし…て?でしょうか。」
私が正直にそう答えると、母がクスクス笑いながら
「そんなにかしこまることないのよ。婚約者同士なのだから。」
と、言ってきた。
「えっ、こ、この人が?」
思わずそんなことを言ってしまったが、直後に、母の言うことが本当ならこの人は、お屋敷の跡継ぎ様だと言うことを思いだし
「す、すみません!!」
と、思い切り頭を下げた。
すると
「相変わらず君は面白いね。」
なんて言われて、私は顔を真っ赤にしてしまった。
「さて、もうお客様が来ているのなら私は一旦着替えてくるとするよ。」
彼がそう言うと、母が
「それならばコトも一緒に行って、持ってきた着物を見てもらってはいかが?」
そんな余計なことを提案してきた。
「それはいい。ついでに彼女が泊まる部屋も案内してあげなさい。」
当主様もそんな風に言い、あれよあれよと言う間に私と、その男は部屋から追い出されることになった。
「じゃぁ、君の部屋を案内しよう。そこで君の織ってくれた着物を見せてもらおうかな。」
そう言われ、私が混乱しているうちに話が進んでいたせいで、気が付いたらこの男に着物を直接渡すことになっているのに今さら気が付いた。
「わ、私、今まで着物を織ったことが無くて、これが初めてで、上手く織れているのか分からないのですけど。母が私を誉めていたとしたらそれは親バカの言葉と言うかなんと言うか…。」
母が私の事を持ち上げてて、彼が本気にして私に依頼していたのなら大変だと思い、私はそう告げたのだが
「大丈夫だよ。コトが仕事に対して真剣に取り組んでいるのは聞いてきたし、きっと素敵に出来上がってるよ。」
なんて言われてしまった。
(ひ、ひぃ~。やっぱり期待されちゃってるぅ~。)
こんな変な格好をしていても、この人は次期当主なのだ。機嫌を損ねるような事をしてしまったらまずい。とりあえず着物の事から話をそらそうと
「あ、あの。つかぬことをお聞きしますが、私はあなたとお会いしたことがあるのでしょうか?」
と、ずっと疑問に思ってる事を訊ねてみたが
「ふふっ、どうだろうね。君が今年も来てくれたのが答えみたいなものじゃない?」
と、なんとももやもやするような答えを返されてしまった。
私を他の人と勘違いしたままどんどんと話が進んでいくと、あとになればなるほど大事になってしまうと思い
「あのっ!実は私、あなたの事を知らなくて…。だから、私が婚約者だって言うのも何かの間違いかもしれないんです。」
と、意を決してそう伝えたのが、
「そんなことないよ。僕が知っている婚約者は君1人だけだから。」
なんてことを言われてしまい、これ以上何を言えば良いのだろうと考えていると、
「心配しないで。君が僕のことを知らないのは理解してるから。とりあえず今日は君の部屋を案内するから、明日からゆっくりとまたお互いの事を知っていこう?」
と、そこまで言われてしまうと私は、彼に大人しくついていくしかなくなってしまった。
部屋に到着し中を見回していると、私が気に入りそうな飾りつけがされていたりして、この部屋は確かに私のために用意されたのだと感じることが出来た。
「さぁ、さっそく着物を見せておくれ。」
そう言われて、私はしぶしぶと持ってきた包みを開き、着物を広げて見せる。
「お気に召しますでしょうか?」
と、声をかけると
「想像以上だよ。君のお母様が誉めるわけだ。この服は大事に着るとしよう。」
「ありがとうございます。」
お世話なのか、本心からなのか分からないが、一生懸命作ったものを誉められると、少し嬉しくなってしまう。だが、
「ここで着てしまうのは勿体無いな。もっと大切な日に着るとしようかな。」
彼はそう言うと、私が聞き返す間もなく着物を持って部屋を出ていってしまった。
あっという間の出来事にどうすることも出来なく、1人で唸っていると、外から足音が聞こえてきて、部屋に母が入ってきて
「あら、もう着物は渡せたの?喜んで貰えたのかしら?」
と、聞いてきた。私は
「分からない。一応お褒めの言葉は頂いたんだけど、すぐ服を持ってどこかに行っちゃったから。」
そう答えると、母は
「初めてあなたから直接貰ったから舞い上がっちゃったのかしらね。きっと今頃部屋であなたの着物の鑑賞会をしてるわよ。」
と言ってきた。
「そーかな~。」
なんて風に母と会話をしたりしてその日は終わりをつげた。
次の日から、私はアル彦に案内されながら屋敷の中を歩いていたのだが、どうやらここに住む人達にとっても私の訪問は毎年のことのようで、あちこちで声をかけられる。最初は何を話せば良いのか分からなくてあたふたとしていたのだが、彼が嬉しそうに私に質問をし、話しかけてくる人達もにこにことそれを聞くので、だんだんと緊張も薄れていつの間にかアル彦とも気楽に話せるようになっていた。
彼の家は、大きな土地を利用して、畜産をしているのだが、私がお屋敷に来て3日ほどたった頃、お互いの話をしている時に、彼の普段の様子を見てみたいと言うと、一緒に牧場に連れていって貰えることになった。
「それであの日は突然血の付いた服で部屋に入ってきたのね。」
そんな風にアル彦と話をしながら歩いていると、牧場が見えてくる。
最初は私は臭いが凄いことや、動物たちが動き回る姿にびっくりして、アル彦から離れてお仕事の様子を離れて見ていたのだが、鶏の卵集めや、牛の乳搾りなど、彼と一緒に実際に動物とふれあうことで牧場で過ごす時間が徐々に楽しくなっていたが、
「や、やっぱりやめない?高いし落ちたら危ないよ。」
私は今馬の上に乗って震えている。
どうしてこんな風になっているのかと言うと
「大丈夫だよ。噛まれたりしないから」
「ほ、本当に大丈夫だよね?」
とか、彼に教わりながら色んな動物にエサをあげていた時に、不意に
「ねぇ、馬に乗ってみたくない?」
なんて言われて
「乗りたい!!」
なんて答えてしまったからだ。
馬の背中に乗ったときに(うわぁ、思ったよりも高いかも。もう降りたいかも。)
なんて後悔してももう遅く、自分では降りられずにいるのだが、震えている理由はそれだけではない。
「初めてだから後ろから支えてあげないとね。」
そう彼が言って、後ろにぴったりとくっついているのだ。
私はもう怖いのと、恥ずかしいので心臓がバクバクなりっぱなしだった。
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そうしてあっという間に数日がたち、気が付いたら約束の日が明日に迫っていた。
「今日の夜見せたいものがあるんだ。日付が変わる頃に僕の部屋においで。」
昼食の時、アルに暦に書いてある約束の事を聞こうとしたら、そんな風に言われた。
「そ、そんな時間に殿方の部屋に行くなんて。」
と、私が少し躊躇っていると
「やっぱり不安?」
と聞かれてしまった。
「別に不安ではないけど…。」
と答えると
「それじゃあ、待ってるね。」
と言って、彼はさってしまった。
その夜私は母に彼に呼ばれていることを伝え、行くべきかを相談すると
「大丈夫よ、怖いことは無いから。きっと行かないほうが後悔するわ。」
と、少し悲しそうな表情をしながらそう言われた。
私は、どうしてそんな顔をするのか気になったが、母の言葉を信じて、念のため暦に書いてある通り短冊を胸元に入れて彼の部屋に向かった。
「やぁ、来てくれるって思ってたよ。」
彼の部屋をノックすると、そんな風に言いながら扉が開けられた。
「それで、見せたいものって何?」
部屋に入るなり私はそう彼に尋ねると
「まぁまぁ、そんなに慌てないで。時間まではまだ少しあるからね。少しおとぎ話でもしよう。」
「おとぎ話?」
私は、何で部屋に呼ばれた理由も分からなかったので、どうしてこんな時にそんな話をするのだろうか。と、そのときは思っていた。
「コトは星は好きかい?実は僕の家には、流れ星に願いを伝えるとそれがかなうという話があるんだ。話す人によって伝え方は違うみたいなんだけどね。」
「暦に星のマークが書かれていたけど、もしかしてそれってこの話と関係があるの?」
「もしかしたらね。さぁ、これからちょっと外に星を見に行こうか。」
「流れ星を見に行くの?」
「ちょっと違うかもね。」
彼はそう言いながら歩き始める。
「どこまでいくの?」
私はそう聞きながらついていく。
「この辺かな。」
彼はそう言って、庭の真ん中あたりに立つと、
「コトもおいで。そして、しばらく空を見上げてて。」
と言う。
私はとりあえず彼の横に立ち上を見ていると、横で彼が手を動かす音がした。すると、
キラキラ キラと光があたりに広がった。
「やっぱり魔法使いだった…。」
思わず口からそんな言葉が飛び出てしまった。
「これを君に見せたかったけど、これで終わりじゃないよ?さぁ、手を握って。」
彼がそう言うと、急に辺りが真っ暗になった。
「きゃっ。」
驚いて、目を閉じて彼にしがみついていると
「周りを見てごらん。」
と、言われ恐る恐る目を開けると
「わぁ~。」
辺りにはまるで空にあった星が地面に散りばめられたかのような景色が広がっていた。
「こっちへ行こう。」
私は、彼に手を引かれためら導かれるままに光の路を通り、川の近くまで歩いていく。すると、
「竹?どうしてこんなところに?」
ポツンと1本だけ淡く光っている竹が生えていた。
「この竹は願い事を星に届けるためにここにあるんじゃないかなって僕たちは考えたんだ。」
「僕たち?」
「うん、ここは1年に1度、7/7だけしか入れない。だから僕たちは毎年この日に会う約束をしている。」
そう言うと、アルは胸元から2枚の短冊を出し1枚に何かを書いてもう1枚を私に渡してきた。
「願い事をこれに書いて笹にくくりつける。そうすれば周りに広がっているこの星たちが願い事を叶えてくれるんじゃないかな?って毎年お願いしているんだ。」
「そう、なの?」
私は衝撃を受けた。今日はずっと不思議なことばかり起きているのもそうだが、毎年私がここに来ていたというのだ。暦にも記されていたのだから彼の言っていることは本当なのだろう。でも、なぜ私にその記憶が無いのだろう。
だけど、きっと毎年私がここに来ているのならば、彼がいつもこの景色を見せてくれているのならば、きっと願うことは一つだろう。
「この1週間ずっと楽しかった。これまで経験したこと無いようなことばかりで夢のような日々だった。」
だから私は、(来年もまたこの景色が見れますように)と、そう短冊に書いてつるした。
すると、急に笹がガサガサと揺れだし、辺りが眩しく光始めたかと思うと、先程まで1本しかなかったはずの竹がいつの間にか周りに10本以上生えていた。
「これは?」
私がそう呟くと
「僕たちのこれまで書いてきた願い事だよ。」
と、言われる。
2人で願い事を見ながら歩いているときにふと気が付いた。
「もしかして、私はいつもここに来たことを忘れているの?」
そう彼に問うと
「そうだね。でも、気にしないで大丈夫だよ。毎年君は約束通り僕に会いに来てくれる。それだけでも嬉しいんだ。」
「私があなたを忘れる度に辛い思いをしていたんじゃないの?」
「忘れてもまた僕のことを好きになってくれるんだ。辛くなんてないよ。」
「べ、別に好きなんていってな…。」
いきなりそんなことを言われ、動揺してしまったが、気になることがあったので彼に訊ねてみる
。
「どうして記憶を無くしちゃうのに、私の事を婚約者にしたの?」
「一目惚れだったからね。絶対に好きになってもらおうって必死だったよ。」
彼のその言葉を聞きいてドキドキしてしまい胸に手を当てたとき、私は暦に書かれていた意味を理解した。
(あぁ、きっと去年の私も同じ気持ちになったんだ。でも、直接言えないから…。)
私は胸元に入っていた短冊を取り出すと、そこに今の気持ちを素直に書き記し、彼に見えないようにしながら笹の葉にくくりつけた。
そのとたん、ザワザワザワと竹が大きく揺れだし、パリン、パリンと竹が砕け散り始めた。
「な、なんだ?」
さすがにこんな現象は今までも起きたことが無いのかアルはびっくりしたように周りを見渡している。
竹が砕け散る度に頭の中に、私が彼と過ごしてきた日々が1年、また1年と浮かび上がってくる。
やがて、全ての竹が砕け散り、破片がチラチラと漂っていたかと思うと、突然、破片が風に巻き上げられたかのように上空に飛び上がり始めた。
まるで、星が空に向かって落ちていくような、そんな幻想的な景色に夢中になって、思わず
「きれい…。」
と、呟くと
「あぁ…、確かに綺麗だ。」
と同じように呟くのが聞こえ、声がした方を振り向く。すると彼が空ではなく、私の方を真っ直ぐに見ているのが目に入った。
それを認識したとたん私は顔に熱がのぼってくるのを感じた。
今私はあの時と同じように、でもきっと全く違う表情で顔が真っ赤になっているに違いない。
そして、アルが私の目をみながらただ一言
「僕と結婚しよう。」
と言ってきた。
それに私も、ただ一言だけ
「はい。」
と返し、そして…
天に広がる川のような輝きの下で二人の影が重なるのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。