夢裁判
ボイコネライブ大賞応募作品
少女A:五秒前ー! 4,3,2……
暗闇にぼわんと薄明かりが差し込み、左右に二人の人間が姿を現す。右には髪の短い少女、左には髪の長い少女。どちらも学生服のような恰好をしている。
右の髪の短い少女が、まるでテレビカメラにでも話しかけているかのように芝居がかった声で元気に喋りだす。
少女A:さあさあ、ようやく始まりました! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい! 今回お見せしますのは、世にも奇妙な夢裁判! 今宵は果たしてどんな罪人が現れて、どんな仕打ちを受けるのか、誰が裁きを受けるのか、どうぞその目でお見届け下さい!
少女B:じゃあ今日の罪人さん、お入りください
左の髪の長い少女の覇気のない声と同時に、彼女たちを挟む中央が照らされる。そこには一人の女性が、腰までの高さの机の前に立っている。年齢は20代前半といったところだろうか。不安そうな顔で辺りを見渡している。さながら雰囲気は裁判所のようである。
桐野:……ど、どうも
少女A:はいはい、どうぞどうぞ、さあさあド真ん中にお立ち下さいな。皆さん、これが今回の罪人さんです。どうぞ盛大な拍手をお願いします! わあー!
少女B:では、自己紹介からどうぞ
桐野:えと、桐野友恵、です。よろしくお願いします……
少女A:桐野さん、桐野さんです! 皆さん覚えましたか? 本日の罪人の名前は、桐野友恵さんですよ! わあー!
少女B:よろしくです
桐野:は、はい……
盛り上がる二人を他所に、桐野は状況を全く吞み込めないでいる。右の少女はそんなことを気にしていない様子で言葉を続ける。
少女A:ではでは来てもらって早速ではありますが、皆さんお待ちかね、桐野友恵さんの罪状の発表をいたしましょうか。どうして彼女がこんなところへ呼ばれてしまったのか、一体彼女は何をやらかしてしまったのか、何が彼女をそうさせてしまったのか、それを解き明かしていこうではありませんか!
桐野:いや、私特に何もしたつもりはないんですけど……
少女A:甘い、甘い甘い、甘いですねえ。ハチミツ入りぜんざいくらい甘いですねえ。ここに来た方々はみんな口をそろえてそうおっしゃいますが、甘いんですよ。人はみな、生まれたときから罪人です。それに気づかないで生きること、それ自体が罪であるということにさえ気づかない。ああ、なんて悲しい生き物なのでしょう、人間というものは……
少女B:先進めていい?
少女A:いいよ! 進めちゃって!
ごほん、と小さく咳払いした左の少女は桐野のほうに向きなおり、手元の紙を読み上げる。
少女B:罪人、桐野友恵。罪状、子供を泣かせた
桐野:え?
桐野は目を丸くした。
少女B:20××年〇月△日、彼女は一人の女の子を不必要に泣かせ続けました。以上
桐野:……それだけ?
少女A:そうだよ、そのリアクション! 待ってた、そのリアクションを待ってた! 完璧だよ桐野さん! ああ、私はもう満足だよ、もう帰ってもいいくらいさ……
少女B:帰らないでね
少女A:おうさ!
桐野:あの、質問に答えてもらいたいんですけど……
謎のテンションで会話を続ける二人に、桐野はただただ困惑するばかりである。
少女A:うん? ああそれだけだよ、むしろそれ以外に何かあるのかい? ないだろう? そんなもんなんだよ、人間なんてものは。結局人は何かしらの業を背負って生きる生き物、そこに罪の大小なんて関係ないのさ
桐野:ちょっとよくわかんないんですけど……
少女A:分かんなくても大丈夫! 君が分かろうがそうでなかろうが、世界には何の影響も与えないんだ! でしょ? そうでしょ!?
少女B:うるさいなあ
少女A:ごめん!
少女B:まあそういうわけですから、とりあえず次行きますね
桐野:何がそういうわけなのか全くわからないんですけど……
小さな咳払いで仕切りなおした左の少女は、桐野に対して再び紙を読み上げた。
少女B:罪人、桐野友恵。子供を泣かせた罪により、死刑を求刑する
桐野:死刑!?
少女B:死刑
桐野:死刑!?
叫ぶ桐野。右の少女はさも当然といった様子で説明を始める。
少女A:死刑だよ、死刑。死ぬ刑と書いて死刑! 私の刑じゃないよ、死ぬ方だよ? 死刑なんてものはさ、滅多には下されない刑さ。でも君には特別に下されるわけさ。さあ、どうぞ誇りなさい! Twitterやらインスタやらで自慢してもいいよ!
少女B:死刑は自慢出来ないでしょ
少女A:だよね!
桐野:待って、待って、待ってください! 死刑? 死刑ですか? 私死刑ですか?
少女B:死刑です
桐野:子供泣かせただけで?
少女A:さっきも言ったけど、罪の大小なんてここでは関係がないの。何をしようが何をされようが、死刑になるときは死刑になっちゃうのさ。ああ、なんて悲しきサガ。これってデステニー?
冗談めかして肩をすくめる右の少女の姿に、桐野は流石に我慢がならなくなった。
桐野:そんなのただの出来レースじゃないですか! 裁判って、ここから刑の重さをどうするかで争うものじゃないんですか?
少女A:争いなんてよくないねえ。それに周りをよく見てよ、君を守ってくれそうな人はいるかい? いないだろう? 誰もいないだろう? そう、ここでは君の味方は誰もいない。君は死刑になるためにここに来て、死刑を受け入れるしかないんだよ!
桐野:そんな、無茶苦茶な……
少女A:いやあ、それほどでも
桐野:ほめてないですよ! あ、あなたは何かないんですか! こんなの、おかしいですよね!?
桐野はすがるように左の少女に言葉を投げかける。それに対し、彼女は相変わらずの無表情。
少女B:ええ、おかしいですね
桐野:なら止めてくださいよ!
少女B:いやあ……あはは
桐野:何ですかその乾いた笑いは! どんな感情なんですか今それ!
少女A:だからね、ここには君の味方はいないの! 君はここでは一人なの! 死刑になるしかないの! どぅーゆーアンダースタンド?
桐野:あいどんとアンダースタンド!
少女B:そこはキャントの方がよくない?
桐野:どうでもいいよ!
少女A:これからの日本で生きていくうえで英語は大事だと思うけどなあ
桐野:どうでもいいよ!
抗うように全力で叫ぶが、二人の少女は全くその態度を変えようとしない。桐野は諦めたようにため息をつき、右の少女に視線を投げた。
桐野:……死刑って、具体的にはどうされるの?
少女A:どう? どうってそりゃあ……聞きたいの?
桐野:だって、私殺されるんでしょ? なら聞きたいわよ! 当たり前でしょ!
少女A:だそうです。ならば仕方ない、例のやつ、お願いしまーす!
桐野:……え、何? どこ連れていくの? 何々、何なのよ一体!
少女B:いやあ……あはは
桐野:だからその笑い方何なの? どんな感情なのそれ!?
嫌がる桐野を意にも介さず、左の少女は彼女の腕を掴み暗闇の中へと連れて行ってしまった。取り残された右の少女は、改めてテレビカメラにでも取っているかのように芝居がかった口調で喋りだす。
少女A:さてさて、すっかり盛り上がっているところですが、罪人が一旦はけてしまったのでここでCMでも行きましょうか。それでは皆さん、また数秒後に!
直後、一面は暗闇になる。数秒後、右の少女の小さな声。
少女A:CM明け五秒前ー! 4、3、2……
彼女の声が聞こえなくなった数秒後、再び明かりが照らされる。そこには少女二人と桐野の姿。
少女A:はい、また皆さんお会いしましたね! お変わりありませんでしたか? おなかとか空いてませんか? もう少しだけお付き合いお願いしますね。それでは夢裁判後半戦、張り切って進めていきましょうか!
元気よく語る少女を他所に、桐野はぐったりとした様子で覇気が感じられない。
少女A:おやあ、桐野さんなんだか元気がありませんね? どうされました、もしかして本当にツイッターで自慢したら創作扱いされて袋叩きにされちゃいましたか?
桐野:……
少女A:それともインスタに上げたら全然映えてないって言われたから映えさせたら加工とかマジ必死! とか煽られたり?
桐野:……
少女A:桐野さーん? あのー、反応してくれないと、私としてもやりがいがないというか、達成感がないというか、何の感慨もないというか……
桐野:……そうよ、これは夢なんだわ
少女A:え?
俯いたままで、ふふふ、と小さく笑った桐野は、顔を上げて訴えだした。
桐野:夢よ、夢。これは全部夢。だってそうでしょ、こんなのありえないもん! というか夢裁判ってさっきから言っちゃってるじゃない!
少女A:わお、どうしちゃったのこの人?
少女B:さあ
二人の少女は眉をひそめる。桐野の文句は止まらない。
桐野:そりゃあ夢よ。大体、子供泣かせたくらいで死刑になる世界って何よ。どんなドッキリよそれ。どっかのテレビ番組? なに、私リアクション期待されてんの?
少女A:あのー、桐野さん? 急にどうされました?
桐野:もしかしてあれ、目隠しでここまで連れてこられたの私? スタッフに何の説明もされないまま暗黙の了解的に移動させられてきたの?
少女B:面白いよね、あの番組
桐野:ほら、これ夢なんでしょ? だからこんな意味不明なキャラクターが意味不明な裁判をしているわけか。そりゃ意味不明よね。意味不明なんだもん!
少女B;そうだね
桐野:うん、夢ね。これは夢。よし、私起きるわ。もうこんなところいる必要ないし、早く起きて準備をしないと。じゃあね、お二人さん
桐野はくるりと振り返り、暗闇に向けて歩き出す。しかし、すぐに元の位置へ戻ってきた。
桐野:どうやって起きればいいのよ!
少女B:さあ……
桐野:もう……なんでいつも私だけこうなの? いつもいつもいつもいつも……私が、何をしたっていうのよ……ねえ……
疲れ果てたように声を絞り出す桐野。そんな彼女を見ながら、右の少女はそれまでとは違う厳しい口調で語りだした。
少女A:桐野さんね、夢だって思うのは勝手だよ? 意味不明の状況に陥って、ああっこれは夢なんだって感じるのは確かに自然なことかもしれないし、間違ってもないのかもしれない。でもね、その前に一つだけ、考えてみてもらいたいの
桐野:……何よ。言ってみなさいよ
少女A:あなたには、本当に何の罪の意識もないの?
桐野:え?
少女A:子供を泣かせて死刑になるなんておかしい。あなたはそういうけど、本当にそうかな? 子どもを泣かせることって、本当にそんなに悪いことじゃないのかな?
少女はじっと桐野の目を見つめる。厳しさと優しさ、そして哀れみが混じっているような視線。桐野は狼狽えながらも答える。
桐野:……あ、当たり前でしょ。そんなことくらいで死刑になってちゃ、この世の中死刑だらけじゃない
その答えに、少女は小さなため息をついた。
少女A:そっかー。そうなんだ。なら、仕方ないのかもね
桐野:何がよ
少女A:何でもないよ。でも、最後に一つだけ。桐野さんはこの場所に確かに来て、死刑になった。それだけは覚えておいて
桐野:何よそれ、どういう意味?
少女A:さあさあどういう意味なのか、それは自分で探すのさ! 人には考える頭がある! 動くための足がある! 探すための手がある! 無駄にしちゃあいけないよ!
元の元気な口調で少女は語りだす。桐野は馬鹿にされたような気分になった。
桐野:あーもう、やっぱり意味不明じゃない。私起きる! じゃあね、もうこんな夢二度と見ないわ! ふん!
二人に文句を吐き捨てた彼女は、再び背を向けて暗闇に消えた。今度は戻ってくることはなかった。
少女B:行っちゃったね。どこ行ったのかは分からないけど
少女A:まあ大丈夫でしょ。結局この世界は何でもありなんだから。彼女がここに来たのだって、彼女がそう感じたからだしね
少女B:そうだね。確かにそうか
少女A:さあさあ、罪人がいなくなったのならもう私たちはお役御免さ! 今宵の裁判、これにて終了! 残念無念、また来週!
少女B:最後まで裁判って感じじゃなかったけどね
少女A:ではでは皆さん、また会うときまでご機嫌用! 次に裁かれるのは、あなたかもしれませんよ?
不意に明かりが消え、二人の少女は姿を消す。まるで最初から何もなかったみたいに、暗闇だけが取り残される。
そして、桐野は目を覚ました。
桐野:……なんだ、やっぱり夢じゃない。ああ、変な夢だった。疲れてるのかな、私
だぼだぼのTシャツ。薄汚れたジーンズ。ぼさぼさの髪。ごみで散らかった部屋。狭いアパート。電車が通過する音。
何もかもが、まごうことなく現実。
ぼーっとする彼女の耳に届く、赤子の泣き声。
桐野:あれ、今何時? うえ、もうこんな時間だ……ああ、面倒くさい……
のそのそと立ち上がり、台所に向かう。物で溢れかえるテーブルの上から粉ミルクを探す。
赤子の泣き声は止まない。彼女の耳に、うるさく響く。
桐野:……うるさいなあ、分かったよ、今からご飯作るって。だからそんな泣かないでよ、頼むから……本当に……もう……
頭に浮かぶ二人の少女の姿。声。言葉。彼女は頭を振り、面倒くさそうにミルクを作り出す。
いつの間にか、泣き声は二人分になっていた。