異世界転生(前編)
「ファクル公爵から相談来たぞー。五歳の御令嬢が転んで頭打って三日寝込んだら、人が変わったように我儘がなくなったそうだ。異世界転生悪役令嬢パターンじゃないかって」
「じゃあ、早速聞き取り調査行ってきますー」
久しぶりに王国特殊法監督局転生課に通報が入った。すぐさま職員・メクサラはファクル公爵家に連絡し、令嬢の事情聴取に向かったのだった。
ファクル公爵令嬢マーレファは目の前の座る役人・メクサラに目を白黒させた。原作でこんな役人が出てくることはなかったし、メクサラが所属する役所など存在しなかった。一体『王国特殊法監督局』とは何なのだ。
「それでは、マーレファ様、何を思い出したのかお伺いしますね。異世界転生ですか、逆行転生ですか?」
「は?」
こちらの世界であれば聞くはずのないだろう言葉にマーレファは目を丸くする。
「公爵閣下から寝込む前と後で行動が全く違うと伺いましたんで、そのどちらかでしょう? うーん、『おとめげーむ』の『あくやくれいじょう』ですかね?」
「あなたも転生者なの!?」
メクサラの言葉から異世界転生もののラノベでは現地人が使うはずのない言葉を聞き、マーレファは勘違いした。
「ここが『野に咲く三つの花』の世界だってあなたは知ってるの?」
はい、異世界転生乙女ゲーム悪役令嬢パターンですねー。内心でメクサラはうんざりした。これから十年は忙しくなるだろう。いや、魔導学院が舞台になるなら十三年か。
「それがゲームの題名ですか? どんなゲームなのか教えていただけますか」
メクサラはマーレファに問いかける。転生者なのは間違いない。いくら高位貴族の令嬢とはいえ、普通は五歳児がここまで流暢に話すことはない。これは転生者の特徴だと『監督局監修・異世界転生対応手引書』に記されている。
そうして、メクサラはマーレファから詳細を聞き出した。付き従っている書記官が内容を記録しながら、録音の魔道具でも会話内容を記録しておく。
女性向け恋愛シミュレーションゲーム『野に咲く三つの花』。
通称『のみはな』は珍しいトリプルヒロインのゲームだ。とはいえ、三人のヒロインが同時にいるのではなく、ゲーム開始時に一人を選択してプレイする。
ヒロインはピンクブロンドの髪にピンクの瞳は共通だが、顔立ちは違う。また当然性格も違い、内気・普通・勝気に分かれている。但し、ゲーム内ではその性格によって行動が異なるわけでもなく、内気と勝気と正反対でも同じ行動をする。セリフが微妙に違うだけで、普通『大丈夫よ』なら内気『大丈夫……だと思う……』・勝気『大丈夫!』となる程度だ。
性格によって初期の好感度の上がり方が攻略対象ごとに違ってはいるが、中盤以降は関係なくなる程度でしかない。
ヒロインにはそれぞれデフォルト名があり、内気がジャミール・カビーフ、普通がジュヌーン・カーブース、勝気がアーディ・モタタレッフ。全員男爵家の庶子だ。それぞれ田舎の領地で育ち、学院入学のために王都に出てくる。そして攻略対象に出会い、恋に落ちるというわけだ。
その攻略対象は五人。公爵子息のイブン・ダウク、宰相子息のアルズ・ワゼィール、騎士団長子息のスィン・ファーレス、魔術の天才のフィリオ・アッラーフ、平民の大商家子息のヨス・タージェル。そして、公爵子息ルートの悪役令嬢がマーレファ・ファクル公爵令嬢である。
攻略対象に王族がいないことに役人はホッとした。第一王子はマーレファの三つ年長だから学院では丁度入れ替わりで卒業するし、第二王子も今年生まれたばかりだから学院在学が重なることはない。王族が絡まないだけで随分気楽になった。
「え、ワゼィール事務次官、宰相になるの? あの融通効かないヤツが宰相になったらやりにくいなあ」
「それより、ファーレス第一部隊長が騎士団長なのも、ちょっと。あの人脳筋ですよ」
こそこそとメクサラと書記官は言葉を交わす。ちょっと問題ありな人事になりそうだと近い将来を憂いてしまう。だが、能力的には確かに次期候補ではあるのだ。
「ヒロインがイブンルートに入ると、わたくし、嫉妬でヒロインを苛めますの。婚約者に近づくなと脅したり、名前を呼ばせなかったり、お茶会に招待しなかったり、お茶会に乱入してきたヒロインを兵士に押さえつけさせたり……それで卒業謝恩会で婚約破棄されて国外追放されますの」
「え、苛めじゃなくて正当な権利の行使ですよね? というか、国外追放する権利は公爵子息にはありませんし、そもそも我が国に国外追放という刑罰はありませんよ」
乙女ゲームの有り得ない展開に思わずメクサラはツッコミを入れてしまった。
「え……?」
「ヒロインとやらは男爵令嬢でしょう? だったら、名前を呼ぶのは不敬ですから許さなくて当然ですし、お茶会は上位貴族と下位貴族が同席することは有り得ません。そんなお茶会に招待されずに乱入してきたんなら、兵士に取り押さえさせるのは当然です。婚約者に粉かけてくる慮外者を咎めるのも当然ですから、ゲーム内のあなたの行動は咎められるものではありませんよ」
乙女ゲームって変だなぁと思いながらメクサラはまだ幼い令嬢を慰めるように言う。
「あ、前世の世界には貴族もいないし身分制度もないから、貴族の常識からすれば変なのかもしれません」
「ですねぇ。飽くまでも『のみはな』とやらは異世界の架空の創作物で、この世界とは似て非なるものです。それを理解してくださいね、マーレファ様」
五歳児には厳しい口調でメクサラは釘を刺す。今回の訪問は事情聴取だけではない。これを理解させるための訪問でもあるのだ。
異世界転生のうち、悪役令嬢パターンだとそのまま過ごさせると弊害が出ることがある。それが攻略対象が何れヒロインに篭絡されると思い込み、婚約者との関係構築を拒むケースだ。過去の歴史の中でそういった例が散見され、結果、王族と貴族間、貴族同士での婚約による政策に不都合を招くことがあった。
「ここは『のみはな』そのものではありません。仮令、キャラクターと同じ名前の者が揃っていようとも、同じではありません。そもそも、あなたが既に違っているでしょう。『のみはな』の『マーレファ・ファクル公爵令嬢』は前世の記憶を持っていましたか? 持っていないでしょう? ほら、ゲームと同じではない」
メクサラの言った言葉がすぐには飲み込めないのか、マーレファはきょとんとした表情でメクサラを見つめる。
「同じ……では、ない……?」
「はい、違う世界です。ですから、あなたはゲームのシナリオとやらを気にせず、自由に生きて良いのです。勿論、ファクル公爵家のご令嬢としての義務や責務はあるでしょうが、それはシナリオとは関係ありません」
メクサラは飽くまでも似た世界であると強調した。ただ、似た世界であるから、同じような出来事が起こる可能性はあるし、同じような行動をとる人物もいるだろう。けれど、この世界の法と常識によって、ゲームのような結末になることはないとも説明した。
「ヒロインは男爵家の庶子ということでしたね? ですので、公爵子息との婚姻は公爵子息が身分を捨てて平民にならなければ有り得ません。宰相子息と騎士団長子息も伯爵子息ですから同様です。他の二人は平民でしたね? ならばその二人とは婚姻可能ですが、彼らのルートならばあなたと関わることはないでしょう」
「そう、ですのね。わたくし、まだこの世界のことはよく判っていなかったのですね。異世界の知識ばかり増えてしまって、その常識で考えてしまっていたのです。けれど、ここはカヌーン魔導王国ですもの。異世界の常識や法とは異なっておりますのよね」
安心したようにマーレファは微笑んだ。
その後、メクサラはゲームシナリオについて王国の政治や災害等に係る事項がないかを確認してファクル公爵邸を辞した。不安があれば、或いは王国に関わるイベントを思い出したらすぐに連絡するようにと告げて。
「よし、王国特殊法 第二章貴族編 第三項 第六百七十八条 異世界転生報告義務、第六百七十九条 現実不認識、第六百八十条 関係構築拒否、クリアだな」
メクサラは一先ず安心と呟き、監督局へと戻った。その後、マーレファの話に出てきたキャラクターと同一人物がいるのかをチェックし、観察体制へと移行したのである。
マーレファの許に監督局のメクサラが訪れてから十年。ついに『のみはな』スタートの時が来た。けれど、マーレファは何も恐れてはいない。ここは現実世界であり、ゲームではないのだ。
マーレファはゲームと同じようにイブン・ダウク公爵子息と婚約をした。政略的な面もあるが、実質はほぼ恋愛による婚約に近い。また、メクサラの助言で婚約誓約書とともに契約書も作り、婚約継続のための互いの努力義務やルールを定めた。そこには勿論、婚約解消(白紙撤回・破棄)に関する条件も提示されている。年に一度それを互いに読み合わせし、現実に即さない項目があれば適宜修正を加えている。
そうして迎えた魔導学院入学の日。学院に入学したのは三人のヒロインのうち、ジュヌーン・カーブースだけだった。
入学式の日の午後、学院の応接室に六人の学生と一人の役人が顔を合わせていた。役人は王国特殊法監督局転生課のメクサラ、学生はマーレファ、婚約者のイブン、残りの攻略対象四人である。
実は転生課案件が起こると、それは関係者には伝えられる。予防策を立てるためである。ゆえに今回、学院及び攻略対象の実家にも伝えられており、特に攻略対象には貴族の義務(平民二人は除く)と王国特殊法についてしっかりと教育が為されている。
「今回、三人のヒロインの内、入学したのは一名だけです。勝気ヒロインだったアーディ・モタタレッフはそもそも入学案内すら届いていませんでした。貴族の常識を弁えていないということで。どうやら彼女も前世の記憶持ちだったようですね。この世界の男爵家の娘としてはおかしな言動が多かったようです。昨年男爵家に引き取られていたんですが、すぐに男爵家から通報があり、王国特殊法 第二章貴族編 第三項 第六百七十九条 現実不認識により、女子修道学院に強制入学となりました」
女子修道学院は貴族としての常識と作法、礼節を叩き込むための矯正教育機関だ。現実不認識の転生者もここで教育を受けることになる。
「それから内気ヒロインだったジャミール・カビーフは入学式に参加しようとはしたんですが、学院に入り攻略対象を視認した瞬間、魅了魔法を発動して捕縛されました。彼女もどうやら半年前に男爵家に引き取られたときに前世の記憶を取り戻していたようですが、うまく隠していましたね。監視していたのですが特に問題が見えなかったため、油断しました」
学院には精神に作用する洗脳系の魔法が発動した瞬間、使用者を監督局魔術封印牢に転送し収監する結界が敷かれている。数百年前の稀代の魔術師アニーク・ラフマーによって設置された結界だ。
ジャミールはこれから取り調べを受け、結果によって魔力封じの上修道院に送られるか、洗脳魔法をかけられて間者教育を受けるかが決まる。魅了魔法が使えるのであればハニートラップ要員として有効活用してはどうかと過去の稀代の魔術師が洗脳魔法の術式を開発したのだ。
「残るジュヌーン・カーブースについては、現時点では怪しいところもありません。前世の記憶があるようにも見えませんし、自分をヒロイン認識しているようにも見えません。但し、今後記憶が甦るケースもありますし、自己認識がなくともヒロイン的行動をとる可能性もありますので、皆さんは充分ご留意ください」
メクサラはそう言って、六人に注意喚起する。
「ああ、勿論、自然に恋し、想い合うのは問題ございません。但し、そこに王国特殊法違反があったり、信義に悖る行動があったりしてはなりませんよ。特に婚約者持ちの方は誠実さをお忘れなきよう」
「メクサラ卿、それは私に言ってるのかい? 充分に気を付けるよ。私付きの学院侍従は監督局職員だろうし、私が可笑しな行動を取ったらすぐに拘束してもらうよう頼んでいる。その旨の書面もちゃんと残しているよ」
クスクスと笑いながら言うのはマーレファの婚約者であるイブンだ。ゲームの夢見がちな理想主義者とは違って、彼は次期公爵らしい冷徹な現実感覚を持っている。ゲームのように簡単に篭絡されることはないだろうというのがメクサラたち転生課職員の共通認識だ。婚約者のマーレファはイブンを信頼しており、彼が別の女性に心変わりしても誠実に対応してくれると確信している。
「僕たち平民枠は気楽だよね。まぁ、普通に恋する分には構わないわけだし」
「そうだね。でも、俺はちょっとあの子は嫌かなぁ。なんか、俺のことギラギラした目で見てたし」
のんきに話すヨス(商家子息)とフィリオ(魔術の天才)だが、フィリオの言葉にはどこか不穏なものがある。
だが、それが前世の記憶によるものか、或いは単に魔術の天才と名高いフィリオを狙っている恋する肉食乙女(打算付き)なのかは不明だ。暫くは観察が必要だろう。
「刑法や特殊法案件にならない限りは、自然に接してあげてくださいね。まだ彼女が不穏分子と決まったわけではありませんから」
メクサラはそう言いつつも、ジュヌーン付きのメイド(当然監督局職員)や教師(同じく監督局職員)に情報共有のための通信魔法を飛ばすのだった。




