第88話「物語の主人公」
まさか魔神討伐を頼まれている僕に魔神の方から加入を求められるとは……。
正直言って、かなり意外だった。
「いいの? 僕と一緒にいると、色々と大変なことになると思うけど」
「構わないさ。バロムは君をずっと見守り続けたいんだ。……君が好きだから」
その瞬間、バロムは僕の頬に手を当てた。
「……っ」
僕は、バロムの顔がゆっくりと近付くのを見て、慌てて顔を背ける。
すると、彼女はクスッと笑った。
「……嫌かい?」
「……いや、そういうわけじゃなくて……。ちょっとびっくりしたというか」
「そう。それは残念だね」
バロムはそう言いながら、僕の頭を撫でてくる。
彼女の手はとても温かく、優しい手付きだった。……何か恥ずかしいな。
「ぐはぁ!!」
「ど、どうしたんですか、ユミルさん!」
すると、突然ユミルが呻き出した。側にいたリディアが慌てて駆け寄る。
「うぅ……! 可愛い少年達が仲良く戯れている姿を目の当たりしたら、持病が発作を起こした……!」
「そ、そうですか……」
「くっ……! ダメだ、尊すぎて死ねる……」
ユミルは胸を押さえながら、苦しげに呟いた。
大丈夫だろうか……。このまま放っておいたら死んでしまいそうな気がするくらい息が荒いぞ……。
「さあ、デント。一緒に食事をとろうじゃないか」
「え、うん……」
僕は、バロムに促されるままに席に着いた。
目の前にあるのは、リディアが作ってくれた料理の数々。
どれも美味しそうだ。
僕はバロムと向かい合う形で座ると、手を合わせて食事を始める。
まずはスープを一口飲む。……美味しい。野菜の旨味がよく出ている。
次にメインディッシュの肉料理。僕が獲ってきた魔物の肉を使っている。……身は固いが、なかなかの味だ。
「……」
僕は、じっとバロムを見つめる。
「ん? どうかしたのかい?」
「あ、いや……。魔神って、普段は何を食べるのかなって」
「ああ。バロムは魔力さえあれば生きていけるから食事は必要ないけど、基本的に何でも食べられるよ」
「へぇ。そうなのか」
僕は、バロムとそんな会話をしながら夕食を楽しむ。
他の仲間たちも各々楽しげに食事をしていた。特にエルドリッヒは、無表情ながらも大量の魔物の肉を平らげていく。……あの身体のどこにそれだけの食べ物が入るんだろうか。謎である。
「美味いかい?」
「…………ん」
バロムの質問に、エルドリッヒは首を縦に振った。
「ははっ。……デント。どうやら彼女は君のことを気に入ったみたいだよ?」
「え? どうして?」
「さあね。でも、彼女に好かれて悪い気はしないんじゃないかい?」
「まあ……」
僕はそう答えつつ、改めてエルドリッヒを見る。
彼女は相変わらず表情を変えないまま、黙々と食事を続けていた。
その様子からどういった感情を抱いているのか全く分からない。
しかし、少なくとも嫌われてはいないようだ。
バロムが言う。
「……やはり、素晴らしいなぁ」
「ん?」
「君のことだよ。バロムは心の底からそう思うよ」
「素晴らしいって……。何のことだか自分ではよく分かんないけど……」
「ふむ。自覚が無いようだけど、デントは『特別な存在』さ。バロムが今まで出会ってきた者達の中でもトップクラスのね」
「僕が?」
「うん。君ほど面白い人間には会ったことがないよ。……まるで物語の主人公のようだ」
「はえー」
バロムの言葉を聞いて、僕は間の抜けた声を上げる。
僕が物語の主人公ねぇ……。
そういうのに憧れていた時期もあったけど、今ではそれも遠い昔の話だなぁ……。
物語の主人公……。本物の『勇者』と出会ってから、僕の中にあった憧れは消えた。現実とはかくも厳しいのだと、思い知らされたのだ。
だからそれ以来、僕は主人公ではなく、僕にあった……仕事? 立ち位置? 歩むべき道? まあ、そういうのを必死で模索している段階だ。
けど、これがなかなか見つからないんだよなー。
「難しいなぁ、人生」
「突然どうした、我が家来よ」
「いや、何でも無い」
ヒルデの問い掛けを適当に誤魔化し、僕は肉料理を齧り付く。
こうして僕達は、魔神バロムを加えて、皆で楽しい夕食を済ませたのである。
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