第86話「思考停止、最も正しい判断」
「……」
僕は困惑していた。
いやいや。おかしいだろ。何だこれ。
「くっ! こうなったら逃げるに如かず!」
僕は慌ててその場を離れようとした。
しかし、バロムは腕に力を込めて逃してくれない。
凄いパワーだ。まるで岩に抱きしめられているような気分だった。
……甘く見てもらっては困る。僕がその気になれば、この程度の拘束から抜け出すなんて訳ないことだ。
「ぬおおおおっ!!」
僕は全身の力を振り絞って抵抗する。すると、バロムの腕が緩んで抜け出すことができた。そして、急いで距離を取ると、肩で息をしながらバロムを睨みつける。
「ハァ……ハァ……。危ないところだった」
「……何が危なかったの?」
「何というか、色んな物を失わずに済んだような気がする……」
バロムは不思議そうに首を傾げていた。
「……何の話だい?」
「いいんだ。もう終わった話だしね」
僕は軽く溜息を吐くと、改めて目の前にいる少年を見つめた。
「……それで、結局君は何者なんだい?」
そう尋ねると、バロムはニッコリと笑った。
「何者って程ではないだろうけど、あえて言わせてもらうなら……『魔神』とでも呼んで欲しいかな」
「ま、魔神?」
思わず聞き返すと、バロムは静かに首肯した。
この少年、いや少女が、魔神とは……。魔神は7人いると、以前師匠が言っていたけど、まさかその内の1人とこんな場所で出会うことになるとは思いもしなかった。
「じゃあ君も、あの魔神バズズの仲間なのか?」
「仲間? ……うーん。そうであるとも言えるし、そうでないとも言えるね。魔王サタンの力によってバロムたちは生まれたけど、だからといっていつも一緒にいるわけではないから。まあバズズは、魔神の中でも特に友好的だから、あっちから話しかけてくることは多いけど」
「……そっか。じゃあ、ここで僕と君が出会ったのは本当に偶然?」
「そうだね。バロムはずっと空を眺めていただけさ」
……どうやら、バロム自身は特に戦うつもりはないらしい。その証拠に、さっきから敵意や殺意は微塵も感じられない。
でも、師匠は僕に「魔神を倒せ」的なことを言ってたよなぁ……。
「ねえ、バロム。君は何のためにここにいるの? もっといえば……これから悪さをする予定はあるかい?」
「悪さ? ……町や国を破壊する気は今のところ無いかな。今はただ、愛しの君と一緒にいられればそれで満足だよ」
「……」
うーん。僕は一体どうすればいいんだ……。
取り敢えず、このまま放置しておくのは良くない気がする。
でも、だからと言って倒そうって気にもなれないし……そもそも、バロムが何を考えているのかよく分からない。
「…………もういいや。面倒くさっ」
僕は、何もかも考えるのがダルくなって、投げやりに呟いた。
「バロム。これから夕御飯を作るんだ。向こうで一緒に食べようよ。きっと美味しいよ」
「それは楽しみだ」
バロムは嬉しそうな顔をして立ち上がると、僕の傍までやってきた。
そして、自然な動作で手を差し出してくる。
僕はその手を握り返した。
「……それじゃあ行こうか」
僕はバロムの手を引いて歩き出した。
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