第84話「バロム」
それから夕方頃。
僕は額の汗を拭いながら、辺りを見回した。
周囲には複数の魔物が転がっている。狩りをしに草原を歩いていたら襲い掛かってきたのだ。
この辺りも、随分と魔物が現れるようになったものだ。
「ふぅ……。これで肉が手に入ったぞ」
魔物とはいえ、毒性が無ければ食用として活用出来る。魔素が多いのであまり食べ過ぎると体調を崩すそうだけど、多少は問題無いだろう。
僕が仕留めたのはイノシシに似た魔物だ。焼いて塩を振れば、きっとご馳走になる。
早速、魔物を担ぎ上げて皆のところへ戻ろうとする。
「……ん?」
そこで、僕は何かに気づく。
近くに誰かいる気配を感じたのだ。
僕は警戒しながら、ゆっくりと茂みに近づいていく。
すると、そこにいたのは一人の少年だった。
年齢は十代前半。……僕とそう変わらない齢といったところだろうか。
黒髪に、黒い瞳をした中性的な顔立ちの男の子だ。
まるで少女のよう可愛らしく、美少年と言った印象を受ける。しかし、服は安っぽい服とズボン、ボロ布のようなマントを纏っていて、容姿の良さに反比例するような見窄らしい格好だった。……そして特徴的なのが、足や手に複数箇所ある痛々しい縫い跡。
彼は地面に横になりながら、空を見上げていた。……こんな時間に、こんな場所で何をやっているのだろう。
不思議に思いながらも、僕は彼に話しかける事にした。
「あの……。こんにちは?」
「……」
しかし、少年は何も答えなかった。ただボーッとした表情で虚ろに空を眺めているだけだ。
よく見ると、少年の顔色は悪く頬はこけており、身体も痩せ細っているように見える。……とてもではないが、健康体とは言い難い。
「ねえ、聞こえてる? もしもし」
僕は彼の肩に手を置くと、軽く揺さぶってみる。
すると、少年はそっと僕の方に視線を向けた。
「……やあ」
「君は、ここで何をしているのかな?」
「…………空を眺めていたのさ」
少年は気怠げに答えると、再び視線を空に向けた。
「空を……。だから、こんなところで寝っ転がっているの?」
「この世界の空は美しい……。見ているだけで心が癒されるんだ……」
「……そうなんだ」
なんだか、不思議な子だな……。
僕は首を傾げると、少し離れた場所に腰掛けた。
それから、少年と同じように仰向けになって空を見上げる。……確かに、綺麗な夕焼け空だ。
やや燻った青い空に、夕焼けで赤く染まった雲が浮かぶ様はとても幻想的に見える。
「……君も、空を眺めに来たのかい」
隣を見ると、少年がこちらを見ていた。
僕は苦笑して、首を振る。
「いや。たまたま通りかかっただけだよ」
「そうか……」
「君は、いつからここに居るの?」
「さぁ……。もう覚えていないよ。10回以上太陽が浮き沈みしたのを見たから、多分二週間は経っているんじゃないかな?」
「そんなに!?」
僕は思わず驚いた。まさか、そんなに長い間この草原に居たなんて。
どうりで、こんなに汚れて衰弱しきった様子になっているわけだ。
「……どうして、こんな場所に一人でいるの?」
「別に、大したことじゃないよ。……ただ、バロムは長い間、暗闇の中にいたからね。久しぶりに美しい空を見上げて、つい見惚れてしまったんだ」
「バロム? それが君の名前?」
「ああ」
「ふーん」
僕は相槌を打つと、バロムと名乗った少年を改めて観察する。
見た目から分かるように、明らかに栄養不足なのは間違いない。
一体、どんな生活をしていたらここまで酷い状態になるのだろうか。……まさか、食事も摂らずに空を見ていたとか言わないだろうな?
「まあ、いいや。それより、お腹が空いてるんじゃない? ちょうど夕食の時間だし、良かったら一緒にどうかな?」
「……」
僕が尋ねると、バロムは黙ってしまった。
彼は、じっと僕を見つめたまま何も喋らない。……何だろう。僕、何か変なこと言ったかな?
「えっと、もし嫌なら無理にとは言わないけど……」
「……素晴らしい提案だね」
「へっ?」
突然、バロムが口を開いた。
僕は驚きながら彼を見る。
「……僕と一緒に食事をしてくれるんだよね?」
「う、うん……。そのつもりだけど」
「ありがとう。……本当に、嬉しいよ」
そう言うと、バロムは微笑む。
……こうして間近で見ると、本当に可愛い顔をしている。男か女か分からなくなってきたぞ。
僕が困惑していると、バロムは手を差し伸べてきた。
「……君の名前を教えてくれないかな」
「僕の名前は、デント。デント・アルフォート」
「そうか。素敵な名前だね」
僕は差し出された手を握り返す。
すると、彼は嬉しそうな表情を浮かべた。
「……デント。バロムは、どうやら君のことを好きになってしまったようだ」
「はぁ…………えっ?」
「どうか、恋人として付き合って欲しい……」
「へっ!? こ、恋人?」
あまりに想定外の言葉に、僕は戸惑ってしまう。
しかし、彼の眼差しは真剣そのもので冗談を言っているようには見えなかった。
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