第83話「道中。」
そして、一時間後。
僕らは馬を走らせながら、草原地帯を進んでいた。
「風が気持ちいいねー」
「…………」
エルドリッヒは僕の言葉に応える事無く、黙って手綱を握っていた。
彼女は無表情のまま前だけを見据えているが、僕はそんな彼女を微笑ましく思いつつ、馬の背から流れる景色を眺めていた。
ユミルさんはというと、隣で並走しながら、僕に話しかけてくる。
「しかし驚いたぞ。まさか少年があの勇者パーティーの元メンバーだったとはな」
「まあ、色々あって追放されちゃいましたけどね。今やお尋ね者ですよ」
「気にする事は無い。君は君らしく生きていれば良いんだ」
「……ありがとうございます」
ユミルさんの優しい言葉に、僕は素直に感謝していた。
この人は本当に良い人だ。どうしてこんなに親身にしてくれるのか分からないくらいだ。
「それで、目的地までどれくらい走ればいいんだ?」
ヒルデが尋ねた。
「地図によると、ここから相当離れているみたい。馬でも何日かかることやら」
「なんだ。そんなに遠い場所なのか」
「でも、途中に幾つか町を経由するから食料や物資の調達は問題無いと思うよ。ギルドで沢山稼いだからお金もたんまりあるし」
「そうか。なら、気長に旅を楽しむとするか」
「うん」
僕はそう返事すると、再び景色を見渡してみた。
広大な大地がどこまでも続いているような錯覚に陥りそうになるほどの大パノラマ。この雄大さに感動しない人なんていないだろう。
こういう風景を楽しむのも、旅の醍醐味だろう。僕は爽やかな気分で、青空を見上げた。
「のどかだなぁ。こんな時間がずっと続けば良いのに……」
そんな僕の呟きに、ヒルデが鼻を鳴らす。
「ふん。貴様はいつも呑気だな。……どうせ旅立つなら、夜の方が良かったな」
「うーん。吸血鬼のヒルデには、陽光が苦手なのは分かるけどさ……。あいにく、僕らはヒルデほど夜目が効かないんだ。暗い中、外を移動するのは危ないよ」
……とはいえ、ヒルデの負担が大きいのも事実だ。
主な活動が太陽が出ている時間帯である以上、吸血鬼が日中でも問題なく行動できる策を練る必要があるだろう。
僕はそう考えながら、荷物から小瓶を取り出した。
これは、僕の血液だ。ヒルデが血を欲しがった時のために、少しずつ自分の血を抜いて保管している。
吸血鬼は、人間の血を飲むことでお腹を満たし、体力を回復させる事が出来る。日の光によるダメージはどうしようもないので、せめてこの食事で補おうというわけだ。
「ほら、ヒルデ」
僕はそう言って、ヒルデに小瓶を手渡す。
「……」
ヒルデは無言のまま、その中身を口に含んだ。
それから、数秒後に喉を鳴らして飲み込む。
「……美味い」
「それはよかったよ」
「貴様の血は、私好みの味付けになっているようだな。もっと寄越せ」
「ダメ。町で購入した輸血パックで我慢するんだね」
「ちっ」
舌打ちするヒルデから視線を外すと、僕は目の前に広がる光景を眺めた。
青々とした草原が広がっている。遠くの方では森らしきものが見え、鳥達が飛び交っていた。
「平和だなぁ」
この美しい景色の中で、僕達は馬を走らせる。
目的地はまだまだ先。だけど、今はこの時間を楽しみたいと思った。
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