第78話「一方その頃、勇者ランド・エルティネス⑧」
第1章完結です。
……気が付くと、俺は何者かに引き摺られていた。
その正体不明の人物は、俺が目を覚ましたと分かると、口を開いた。
「…………起きた?」
それは、白髪の少女だった。
まるで人形のように整った顔立ちをしている。しかし、瞳からは感情が読み取れず、どこか不気味さを感じさせた。
「……誰、だ?」
「其奴は、エルドリッヒ。……ボクと同じ、七ついる魔神の内の一人だよ」
そう答えたのは、魔神バズズ。彼女は、猫耳をぴょこぴょこ動かして言った。
「……エルドリッヒ?」
「まあ、無口な奴さ。昔っから何考えているのか分からないところがあるから、他の魔神たちも関わりたがらないし……。つまり、ボッチ野郎だね!」
「……そっか。……ああ、俺は負けたんだな」
「そうだよ? モノの見事に返り討ちにあったね。でも、ボクと融合していたおかげで……ホラッ! 傷はあっという間に再生してるでしょ?」
魔神バズズが、俺の胸部を撫でる。……そこは、デントに斬られたはずの部分だったが、既に痛みすら感じなくなっていた。
「確かに……」
「それにしても、ここまでやられるなんてね。……正直驚いたよ」
バズズは、呆れたような、不貞腐れたような表情を浮かべた。
「……魔神の力を借りても、彼奴には届かないか」
「デント・アルフォート。業腹だけど、今のキミでは勝てないだろうね」
あくまでお前が悪い、といった口調でバズズが言う。
「そんなことは分かっていた。……でも、このまま引き下がる訳にはいかない」
「にゃはは、燃えてるね〜。そんなに彼が憎いのかい?」
「ああ……。俺がこの世で一番嫌いなタイプだからな」
「ふーん……。まあ、いいや。それでどうするの? ……また戦ってみる?」
「いいや。これ以上戦ったところで、結果は変わらないだろう。……俺は、強くなる」
「強くなる? どうするつもりだい?」
「……エルドリッヒ、と言ったか。お前の力を貸してもらう」
俺は、白髪の少女エルドリッヒに向かって言った。
「…………」
……相変わらず無表情だ。
感情が読めない。黙ったまま、ただじっと見つめてくるだけ。
だが、俺は負けじと睨み返した。
「……頼む。デントを倒すためには、どうしても力が欲しい」
「…………」
暫くの間、沈黙が続く。
やがて、彼女は静かに口を開いた。
「…………条件がある」
「条件?」
「…………私と契約して欲しい」
「契約?」
「…………私は、この世界を滅ぼそうと企む。…………デントを倒したら、私と一緒に世界を滅ぼして」
俺は、唖然としてしまう。
それは、あまりにも無茶苦茶な条件だった。とても飲める話じゃない。
……だが、ここで断れば協力してくれないという可能性も考えられる。
俺は少し考えた後、返事をした。
「分かった。契約を結ぼう」
「…………ありがとう」
すると、彼女は淡々と答えた。
……大事なのは今だ。
魔神の契約は厄介だが、それ以上にデントを生かしておく方が俺のとって不都合。……だからといって世界を滅ぼす訳にはいかないので、契約内容については今後の話し合いで落とし所を見つけるとしよう。
「…………私の名は、エルドリッヒ。これからよろしく、勇者」
こうして、俺はエルドリッヒと契約を交わすことになった。
……そして、そこに現れるもう一人の人物。
「キヒヒヒヒッ! ……勇者が魔神と契約なんて、な〜んか面白そうな事してるじゃん」
「……にゃは。なんだ、キミも人間界に来てたんだ?」
魔神バズズは、ニヤリと笑うとそう言った。
……なんだ、知り合いなのか? と、やってきた人物を見て……俺は驚愕した。
「せ、セレスティナ姫!!」
そう。それはセレスティナ・フォン・ウィルソンその人だった。
彼女は、国王の娘であり、俺の婚約者でもある……。
「キヒ! ……ああ、勇者様。ご機嫌麗しゅう」
「ど、どうして此処に!?」
「あら? ……私が居たら駄目なんですか?」
「い、いえ。そういう訳ではありませんが……」
「なら良いじゃありませんか。……それより、随分とボロボロですね。……大丈夫ですか? 私、心配心配で……」
そう言って、彼女は俺に近づいてくる。……真っ赤な瞳を潤ませながら、上目遣いに見上げてきた。
しかし。
(な、なんだ? この違和感は……)
俺が警戒しているのが分かるのか、セレスティナ姫はクスッと笑った。
そして、そんなやり取りを眺めていたバズズがケラケラと笑い出す。
「にゃ〜ははは!! ……勇者。其奴は、セレスティナ姫の体を乗っ取っているだけの偽物だよ?」
「えっ……?」
「魔神アスタロト。彼女も魔神さ」
バズズの言葉に、流石の俺も動揺を隠せなかった。
まさか、彼女が魔神だとは……。
「待て! じゃあ、本物のセレスティナ姫は!?」
「いえいえ。私は本物のセレスティナですよ? まあ、肉体だけは……ね。彼女の魂は、私の奥底で今も眠りについています」
そう言って、セレスティナの体にいる魔神……アスタロトは、穏やかな笑顔を浮かべた。
「あの手の術は、アスタロトの得意分野さ。……それで、キミはどうしてここへ来たのかな?」
「……キヒッ! そんなの面白そうだからに決まってんじゃ〜ん!」
すると、アスタロトは先程と打って変わり、薄気味悪い笑みを浮かべた。
「あんたらが今日してきた一部始終は、王城でずっと監視してたから! で、私も混ざろっかなって思って〜!」
「なるほどね。まあ、ボクは別に構わないけど?」
バズズは、あっけらかんとした態度で答えた。
「……ああ、勇者様。魔神の力が必要でしたら、私も是非協力させてください。このセレスティナ……いいえ。魔神アスタロトが、必ずやお役に立ってみせますよ。……キヒッ!」
「そうか……。わかった、お前にも協力してもらおう」
これで、三人の魔神が集まった……。これだけの戦力が揃えば本当に、世界だって滅ぼせそうだ。
……だが、俺の目的はただ一つ。
【デント・アルフォートの討伐】。
魔王よりも強く、厄介な相手だ。だが、負けるつもりはない。
例え闇に堕ちたとしても、俺は……己の正義を貫くだけだ。
「勇者と魔神。光と闇。本来交わることのない二つの力が、様々な想いを得て混じり合う……。にゃはっ! これは、まさに神の悪戯……世界の意志が、ボクらに混沌をもたらせてそう囁いてるのさ!!」
バズズが天を仰ぎ、興奮した様子でそう叫んだ。
そして、魔神バズズ。魔神エルドリッヒ。魔神アスタロト。……勇者ランド・エルティネス。
ここに集いし光と闇の頂点に立つ四人が、改めて顔を見合わせた。
バズズが言う。
「にゃは。これからよろしく頼むね、ランドちゃん!」
「キヒヒ! 愉快愉快! ああ、これから面白くなりそうじゃん!」
「…………」
アスタロトが楽しそうに笑い、エルドリッヒはただただ沈黙する。
魔神たちは、邪悪なオーラを放ちながら、この先の出来事に胸躍らせているようだった。
「……ふぅ」
そして俺は、ふと空を見上げた。
……良い天気だ。青く、雄大で、美しい。……でも、この空が何処までも澄み渡っていようとも、俺の心はちっとも晴れていない。
(俺は、魔王を倒せば、皆に認められて、良い暮らしができると思っていた。実際、その夢は叶いつつある……)
しかし、その夢を叶えたのは結局のところ、俺ではない。
(……なあ、デントよ。俺だって、これが逆恨みだってことは分かっているんだ。……でも、許せないんだよ! お前みたいな奴が、俺より優れてるなんて!!)
俺の心の中にあった白い光。それが黒い闇に包まれ、ゆっくりと周囲へと広がっていくのを感じる。
それはやがて、俺を飲み込み、世界を飲み込み、やがて一つとなった。
気がつくと、俺は真っ暗な闇の中にいた。
何も見えない。……だが、不思議と不安はなかった。
(『光』と『闇』の力で彼奴を超えて、俺が『真の最強戦士』になる。……さあ、幕を開こうか。ここからが俺の……本当のスタートだ!!)
勇者ランド・エルティネス。……魔王を討伐し、その旅は終わったかに思えた。
だが、違った。
俺の真の物語は、今ここから始まるのだ……。
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