第70話「勇者ランド・エルティネスの過去⑫」
勇者の過去編、終了です。
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「おーい、ランド。生きてるかーい?」
頬をペチペチと叩かれる感覚がして、俺は目を覚ました。
目の前には、心配そうな顔をしているデントがいる。
どうやら、気を失っていたようだ……。
「大丈夫かい? かなり辛そうだったけど……」
「あ、ああっ……」
まだ頭がクラクラするが、なんとか体を起こすことが出来た。
「そっか。良かったよ。ミスティから聖魔法を教わって正解だった」
デントは嬉しそうに笑っている。
見ると、先ほどまで感じていた疲労感が抜けている。それだけでなく、身体中に受けた怪我も治っていた。
……聖魔法など、いつの間に習得したんだ。あれは、聖女にしか使えないはずの魔法だと思っていたのだが。
「それにしても、無事で本当によかったよ」
「あ、ああっ……。それで、魔王は……?」
「そうそう。実は、その事でランドに頼みがあるんだよ」
「……?」
「これなんだよね」
そう言って、デントは右手に持っているナニカを俺に見せてきた。
「…………!!?」
それは、変わり果てた魔王の姿であった。
全身血まみれで、ピクピクと痙攣していた。よくよく見れば、その体は上半身しかなく、失った下半身は何処にも見当たらない。
「……こ、殺したのか?」
「いや。まだ生きてるよ」
そう言うと、魔王の頭を掴み、グシャリと握り潰した。
ビチャッと血飛沫が上がり、魔王の頭部が地面へと落ちる。
俺は、思わず絶句した。
……しかし、次の瞬間。潰れたはずの魔王の頭が、みるみるうちに治っていき、元の状態に戻った。
「これは……」
「本人が自慢そうに話してたんだけどさぁ、どうやら魔王は『不死』らしいんだ。だからね、僕は何度も殺そうとしたんだけどさ、直ぐに回復されちゃうからキリがない」
確かにそうだ。いくら倒そうと、復活してしまうなら意味はない。
魔王が不死という情報は、以前から知っていた。
魔王を殺すには、聖剣の力が必要。それを手に入れるために、俺たちは長い旅をしてきたんだ。
……そう言えば、その情報をデントには伝えていなかったな。
「……魔王は、どんな攻撃でも再生する。俺じゃないと、殺せないんだ」
「うん。そうみたいだね〜。僕の魔法も全部効かなかったし……。だから、はい」
デントは、笑顔のまま魔王を差し出してきた。
「え……?」
「その聖剣を使って、魔王を殺してくれないかな?」
「なん……だと……?」
俺の声は震えていた。
それに対して、デントは不思議そうに首を傾げる。
「ん? どうしたんだい? 早く殺さないと、また魔王が起き上がっちゃうよ〜」
「……魔王を、殺す?」
「そうだよ。ランドは勇者なんだ。君の手で魔王を退治しないと」
……そうだ。俺は、魔王を退治するために、今日まで長い苦労を重ねてきた。命懸けの旅を乗り越え、仲間と共に魔王の住処までやってきたのだ。
(なのに……なんだ、この空虚な気持ちは……?)
まるで、実感が湧かない。
ふと、魔王を見てみると、僅かに息があるのが分かる。……だが、既に屍のようだ。不死の肉体でなければ、とっくに死んでいる。
ここまで魔王を追い詰めたのは……ここにいるデントだ。勇者である俺ではなく。
(今、ここで聖剣で貫いたとして……。それは、俺が魔王を倒したと言えるのか……?)
勇者なのに……。俺は、これから魔王を倒すという手応えを感じない。むしろ、何かを失ったような喪失感を感じていた。
そして、それは俺だけではなかった。
魔王の方を見ると、彼もまた、同じような表情をしていた。
魔王と目が合う。
すると、彼は言った。
「……俺を、殺すか?」
「っ!!」
「……好きにしろ。……まるで歯が立たなかった。最早、抗う気力もない」
魔王は諦めたように、笑った。
その姿を見た瞬間、胸の奥底から筆舌にし難い感情が込み上げてくる。
「あ。もう再生してきたみたい。勇者、早く聖剣を」
魔王の体が再び動き出し、欠損していた下半身が生え始める。
しかし、そんな事はどうでもよかった。
俺は、魔王に向かって聖剣を振り上げる。
「……終わりだ」
聖剣が、魔王の心臓部分を貫く。
その瞬間、魔王の体がボロボロと崩れ落ちた。
……倒した。ついに魔王を倒すことが出来た。
これで世界は平和になるだろう。
俺たちの冒険が終わった……。
「お疲れ様、ランド」
「ああ……」
「いやはや。何はともあれ、これにて一件落着だね! 勇者が魔王を倒した、これは国のみんなも大盛り上がり間違いなしだよ!」
「……」
「どうしたんだい? 浮かない顔してるけど」
「……なあ、デント」
「うん? なんだい?」
「お前は……魔王と戦って、どうだった?」
「どうって……。まあ、強かったよ。流石は魔界の王を名乗るだけはあると思ったね〜。だって、10分だよ? 僕が全力を出して10分も持ち堪えた相手なんて初めてだもん」
「……」
10分。10分だ。
それが彼にとってどれ程のものなのか、俺には分からなかった。
ただ、これだけは言える……。
半身を失った死に体の魔王に対して、デントは怪我どころか疲労すら感じた様子は無い。……つまり、魔王ですら敵ではなかったのだ。
これが、デント・アルフォートの力。
俺が、才能と家柄と必死に努力して手に入れた力を、彼は軽々と凌駕しているのだ。
「……」
言葉が出ない。
圧倒的な実力差にショックを受けている訳ではないと思う。多分だけど、もっと別の理由だ。
俺には、分からない。
……分からないが、一つだけハッキリしていることがある。
(……そうだ。……俺は、こいつが嫌いだ)
デントと出会ってから、今日までずっと思っていた事があったんだ。
圧倒的な力を持ちながら、こいつは何処までも子供だったこと。軽薄で無責任で、残酷なまでに理不尽……。
しかし、今日まで彼を見てきて思い知らされた。
俺なんかじゃ足元にも及ばないほど、こいつは強い。
魔王相手に傷一つ負わず、息を切らすこともなく勝利出来るほどの実力者だ。
俺には分かる。……この男に、俺の気持ちなど理解出来ないと。
「さあ、皆のところへ帰ろう?」
「……ああ」
……だから、俺は決めた。
こいつを、デント・アルフォートを人間界に帰さない。
勇者よりも優れた人間を野放しにしてはおけない。……こいつがいる限り、俺は永遠に無力感に苛まれることになる。
それに、このままでは俺ではなくデントが、魔王を倒した英雄として祭り上げられてしまう。そうなれば、俺は一生世界を救った勇者として扱われないだろう。
……勇者として旅を続け、魔王を倒し、凱旋する。そして、民の前でこう言うんだ。
『勇者ランドは、最強の魔王を倒すことが出来ました……』、と。
そう。それこそが正しい筋書きなのだ。
(デント。人々に賞賛されるのは、お前ではない……。この、俺だ……!)
そう決意した俺は、このデントを、生涯に渡る『敵』として、強く強く認識することにしたのだ。
デントの背中を睨みつける。
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