第65話「勇者ランド・エルティネスの過去⑦」
「ふーん。それで、ミスティは何が好きなの?」
「わ、私は、冒険譚が好きです」
「へぇ~、そうなんだ。じゃあ、今度おすすめの本を紹介してよ」
「は、はい!」
ミスティとデントは、二人で肩を寄せ合い、楽しそうに談笑している。
俺は、それを横目で見ながらため息を吐いた。……正直、かなりイラっとくる光景だ。
ミスティは、俺の仲間である。勇者パーティーを結成する以前からの付き合いだ。
なのに、何故か俺は疎外感を感じている。
ミスティは、何かにつけデントと一緒にいることが多くなった。出会ったばかりの頃は、デントの扱いに困っていた様子だったが、遺跡での一件以来、彼女の方から少しずつ距離を縮めていき、今ではすっかり打ち解けてしまっている。
「あ、そうだ。実は、お弁当を用意したんです。良かったら食べてください」
「おっ! 嬉しいな。ちょうど、小腹が減っていたんだよ」
「えへへ。私が作ったんですよ。……ちょっと味には自信がないですけど」
「……うん! 美味しいよ。これなら毎日食べたいな」
「ま、毎朝作ってあげましょうか!?」
「それは、魅力的だね」
二人は、楽しそうに会話を続けている。デントがお弁当を食べている姿を、ミスティが嬉しそうに見ていた。
「………」
俺は、黙々と食事を進める。
それにしても、少し距離が近過ぎではないだろうか……。
デントの奴め……。いつの間にあんなに仲良くなったのか。
最初は、俺とも普通に会話をしていたはずだ。それが、今はミスティとばかり喋っている。
いや……。別に、あいつが誰と話そうと関係ないじゃないか。
……それなのに、どうしてこんなにもモヤッとした気分になるのだろう?
自分の中で湧き上がる感情を持て余しながら、俺は食事を続ける。
*****
それからの勇者パーティーは、更なる苦難の連続だった。
転移魔法装置を手に入れ、魔界への移動が可能となった。……俺たちは、魔王が居る場所を探す冒険へと旅立ったのだが、そこは想像を絶する環境だった。
常に猛吹雪が吹き荒れる極寒の地や、溶岩が煮えたぎる灼熱の土地。
そして、毒の沼が張り巡らされた死地など、まさに地獄のような場所ばかりだったのだ。
それだけではない。人間界とは、比べ物にならない強力な魔物が其処彼処に棲息していた。
居るだけで体力が消耗する極限の大地での生活。毎日のように続く魔物や魔王の配下との激戦。
そんな過酷な状況の中で、俺の体力と精神は限界に近づいていった。
しかし、俺は仲間のためにも弱音なんて吐けなかった。
みんな頑張っているんだ。俺だけが挫ける訳にはいかない……。
だが、そんな無理を続けていれば、いずれは破綻してしまう。……ついに、その時が訪れた。
「うっ……」
激しい頭痛と共に、全身に激痛が走った。
立っていることさえ出来ない程の痛みだ。
(まずい……)
このままでは死ぬかもしれない。俺は、必死に意識を保ちながら、仲間たちの方を見る。
「……ランド? 大丈夫?」
「まずいわね。これは、一度引き返した方が良いわ」
賢者ホワイトが、険しい表情を浮かべた。彼女は、冷静に分析し、撤退を進言してくる。
確かに、この状況で先に進むことは自殺行為に等しい。この状態では歩くこともままならない状態だ。
それに、他のメンバーたちも疲労困憊といった感じで、とても戦えるようなコンディションではなかった。
唯一平気そうなのは、デントくらいだ。この環境下でも、全く疲れていない様子に見える。
「ランド、安心してよ。元気になるまで、僕が頑張るからさ」
そう言って、笑顔を見せると、デントは再び歩き出した。
俺は、その後ろ姿を見ながら、心底情けない気持ちになった。
(くそっ……)
なんというザマだ。俺は、勇者だぞ? 仲間たちを守らなければならない立場なのに、逆に守られている。
仲間たちは、俺を心配そうに見つめていた。
その視線が、俺の心を更に苛立たせた。
何故だ。俺は勇者だ。こんなに弱いはずがない。こんなに脆い存在じゃない。
俺は、期待されているんだ。なのに……なのに……!!
「……ランド、人間界に帰って療養をしましょう。デントも居ますし、しばらくは私たちだけで探索しますから」
「……ああ、頼んだ」
俺は、力なく返事をした。
どれだけ悔しくて、今の身体では戦うことが出来ないのが事実だ。受け入れたくないと思っていても、俺の実力不足だけは紛れもない真実なのだ。
こうして、俺たちは一旦、人間界へ戻ることになった。
俺は、無言のまま項垂れながら、ゆっくりと後退していく。
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