第56話「初めての」
「着いたね」
「はい。……今日はもう休みましょうか」
僕たちは、受付で鍵を受け取り、部屋に入る。
ベッドにエルドリッヒを下ろすと、僕は腰掛けた。
リディアは、その隣に座ってくる。
二人きりの空間で、沈黙が流れる。
何か話題がないかと考えていると、リディアの方から話しかけてきた。
「……あの、ありがとうございます」
「ん?」
「私のために戦ってくれたことです」
そう言って、彼女は僕を見つめてくる。
僕は、苦笑いをして答えた。
「別に大したことじゃないよ。仲間として当然のことをしただけだしね」
「でも、嬉しかったです」
「そうかい?」
「はい。……デントさんは、優しいです。私が危ない時は、いつも助けてくれます。……だから、私はあなたが好きになりました」
「……それは、光栄だね」
真っ直ぐに見つめられ、思わずドキッとする。
「デントさん……。どうして、貴方は私を助けてくれるのですか?」
「どうしてって……」
「……はっきり言ってしまいますと、私はデントさんにとって足手纏いでしかありません。貴方のように強くも無ければ、特別な力もないです。なのに、なぜ、そこまでしてくれるのか、分かりません」
「そういう話なら、答えが出てるよ。……何となくさ。ある種の気紛れ」
「気紛れ……。気紛れ、ですか」
「そう。気紛れ。……まあ、そんな理由じゃ納得できないよね。でも、これが僕の本心なんだ」
僕は、リディアと出会った時のことを思い出す。
外の世界に憧れて、一緒に連れてってほしいと彼女は願った。そして、今、彼女は僕の傍にいる。
彼女が一緒に旅をしようと誘ってきた時、僕は了承していた。
それは、彼女が僕を頼ってくれたから。
あの期待に満ちた瞳を見て、断れるはずがなかったのだ。
「それに、リディアは僕のことを少し買い被っている」
「えっ?」
「僕は、頭は良くないから難しいことは考えられないし、専門的な技術も持っていない。だから、僕には他人の支えがないと、この広い世界では生きられないのさ」
「それは……」
「だから、僕はリディアを助けるんだよ。君が困っていて、助けを求めているなら、僕は喜んで力を貸す。……その代わり、僕が挫けそうになっている時は、リディア。君が僕を僕を助けてくれ」
そう言うと、リディアは少しだけ目を見開いた。
それから、彼女は微笑みを浮かべて言った。
「やっぱり、あなたは不思議な人ですね」
「そうかな?」
「はい。……そんなところも、好きですよ」
リディアは、僕の手に自分の手を添える。
「ありがとうございます。私、貴方のために頑張ります!」
彼女の顔が近づいてくる。
僕は、突然の出来事に驚き、動けずにいた。
「……」
唇が触れ合う。
初めての感覚だった。柔らかさと温かさが伝わってくる。
やがて、彼女は顔を離すと、恥ずかしそうに言った。
「えへっ。しちゃいました」
「えっ? ……ああ、うん」
僕は、混乱しながら答える。
キスされた。しかも、女の子と。
嬉しいという気持ちと困惑が混ざり合ってよく分からない感情になる。
「……いきなりでごめんなさい」
謝ってくる彼女。
「あっ、いや。別に嫌とかそういうんじゃなくてね? その、驚いただけで……」
「……ふふっ。良かったです」
「……そっか」
「はい」
そう言って笑う彼女に、僕は何故か照れ臭くなってきた。
「ぼ、僕、自分の部屋に戻るよ! おやすみ!」
「はい。おやすみなさい」
僕は逃げるようにして部屋を出る。
廊下に出ると、大きく深呼吸をした。
「はーっ……。びっくりした」
まさか、あんなことになるとは思わなかった。
リディアは、僕にとって大切な仲間だ。
もちろん、他の仲間たちも同じくらい大切に想っている。
だが、リディアに対する想いは、また違う気がする。……なんだろう。うまく言葉にならない。
「おっと、いけない。早く寝ないと」
僕は、頭を振って考え事を中断すると、自分の部屋の扉を開けた。
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