第44話「海神の使徒」
いきなり訳のわからないことを言い出したぞ、この人。
僕が呆気に取られていると、男は続けて言った。
「君のことは昨日の一件を耳にして知った。市場で大火傷を負った男を治療した、と。……それも、聖女様しか扱えないはずの回復魔法を使ってだ」
「ああ。回復魔法は、その聖女から教わったんだ。ミスティって言うんだけど」
「おおっ! ミスティ様に会ったことがあるのか!?」
僕の言葉に、目の前の男は驚きの声を上げる。
「うん。僕は彼女と一緒に旅をしているんだ」
「なんと! では、彼女も勇者パーティーに居たのか!」
「そういうこと」
「……デント殿。貴方の力を、是非我らにお貸しいただきたい」
そう言って、目の前の男は深く頭を下げた。
「……えっと、どういう意味かな?」
「言葉の通りです。どうか、我々を助けて欲しいのです」
「助けてって言われてもなぁ……」
僕は、困った顔で頭を掻く。
「悪いけど、他を当たってくれないかな? 僕たち、こう見えて結構暇じゃないんだよね」
「いえ、これは重大な問題なのです。どうか、ご協力いただけませんか?」
「うーん……」
「お願いします!」
男は必死の形相で言う。
ここまで頼まれると、僕としては別に話くらいは聞いても良いんだけど……。
ちらりと、隣にいるヒルデを見る。
ヒルデは「すぐ断れ。無駄な時間を過ごすだけだ」といった表情を浮かべていた。
「……うん、やっぱり無理です。こちらにも事情がありますので」
「そうですか……残念です」
男は、静かにそう答えた。
その直後、男の身体に変化が起きた。
「ぐっ……、がぁぁぁ!」
男の口から苦悶の叫びが上がる。
同時に、彼の体から黒いオーラが立ち上る。
その禍々しい魔力は、見る間に膨れ上がっていく。
そして、その力に耐えられなくなったのか、着ている服が破れていく。
その下から現れたのは、まるで魚の鱗のような肌だった。
男の全身に広がったその皮膚は、やがて首元まで侵食していく。
その変化が収まった時、そこには人の姿は無かった。
ただ、巨大な魚の顔を持つ化け物が立っていた。
その怪物は、僕らに向かって叫ぶ。
「ならば、力尽くでも連れて行くのみ!」
次の瞬間、怪物が突進してきた。
「な、なんだよ、こいつ!」
僕は、突進してきた怪物を思わず殴りつけた。
その拳が怪物の頭にめり込み、そのまま吹き飛ばす。
「ぐぎゃあああっ!!」
大きな悲鳴を上げた怪物は、僕の攻撃を受けて、そのまま動かなくなった。
「……ふぅ、何だったんだ今のは。おい、大丈夫か?」
僕は、後ろにいる仲間たちに声を掛ける。
「え、ええ。何事もありませんでした」
「そっか。じゃあ、行こうか」
これ以上面倒はごめんだ。
僕は、仲間を連れてその場を離れようとする。
「ま、待ってください!」
すると、背後からそんな声が上がった。
振り返ると、祭服を着た女の子が駆け寄ってくるところだった。今度は一体なんなんだ。
「わ、私は、この者と同じ『海神の使徒』の者です! 先程の御無礼をどうかお許しください!」
彼女は、必死の形相でそう叫んだ。……またかよ。
「あのね、何度も言うけど、僕たちは忙しいんだよ。あんまりしつこいと、本気で怒るぞ」
「し、しかし、デント様にご報告したい事が……」
「ええい、くどいぞ! いい加減にしろ!」
「ひぃ!」
……まったくもう。何度言ったら分かるんだ。
すると、リディアが前に出てきた。
「デントさん、ダメです。女の子には優しく接しないと」
「り、リディア。でも、こいつら……」
「お気持ちは分かります。でも、ここは我慢してあげてください」
「……わかった」
僕はしぶしぶと引き下がる。
「……それで、僕に報告って何かな?」
「は、はい。実は、勇者ランド様が神殿にいらしてまして……」
「は?」
そう、それは思ってもいなかった言葉だった。
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