第38話「黒鞭使いの力」
声の主は、若い女性のようだ。
そちらへ目を向けてみると、二十代半ばくらいの女性の身体に、狼型の魔物が覆い被さっているのが見える。
女性は必死にもがくが、魔物はびくともしない。
このままでは、女性の命が危険だ。
「危ない!」
ユミルが叫んだ。
同時に、女性の周囲に黒い触手のような物体が生まれた。
それらは瞬時に魔物の四肢に絡みつくと、そのまま上空へと持ち上げる。
「グギャアァッ!!」
魔物が苦痛の叫びを上げた。
ユミルの操る触手が、魔物の手足を締め上げているのだ。
「大丈夫ですか!?」
「あ、ありがとうございます! 助かりました」
女性が礼を言うと、ユミルはニコリと微笑んだ。
「間に合って良かったです。……それにしても、災難でしたね」
「そうなんですよ。いきなり、こんな化け物に襲われるなんて。……本当に怖かった」
「でも、もう安心ですよ。私がいますから」
「は、はい……」
ユミルの言葉に、女性は頬を赤らめた。
むむぅ、なんて紳士的な対応だろう。思わず感心してしまう。
すると、今度はヒルデが口を開いた。
「この黒い触手……ふんっ。召喚魔法か」
召喚魔法。それは、自らの魔力によって生み出された精霊や生き物を呼び出して使役する魔法のことだ。術者の実力によっては、かなり強力な存在を生み出すことが出来るらしい。
なるほど。『黒鞭使い』という二つ名の由来は、召喚魔法によって現れる、この触手からきているのか。
ユミルは、締め上げた魔物の方を向いて、腰にある鞘から細剣を引き抜いた。
「さて、これでトドメだ」
ユミルは、素早く動き出すと、目にも留まらぬ速さで魔物に斬りかかった。
ザシュザシュ!! 鋭い斬撃が、次々に魔物に突き刺さっていく。
「グ……ギ……ガ……」
やがて、魔物は断末魔の声を上げ、そのまま動かなくなった。
ユミルがこちらに向かって歩いてくる。
「ふう。終わったよ」
「ふふっ。ありがとう」
「それにしても、こんな街道の近くに魔物が現れるなんて……」
「ああ、由々しき事態だね。この道は、ラクルスに物資を届ける馬車も通っている。魔物が討伐されるまでは、護衛をつけた方が良いかもしれない」
「確かに、そうですね」
僕たちは、女性を見送ってから再び馬を歩かせる。
今回討伐する魔物は、『ドードー』という鳥型の魔物だ。
先程、女性を襲っていた魔物より遥かに弱い。また、鳥なのに空を飛べず、捕まえるのも難しくない相手である。ただ、食用として大変好まれるため、ラクルスでは人気食材となっているとのこと。
最近の魔物の異常発生により、このドードーも増え始めているらしく、今が取り放題のチャンスなのだそうだ。
ユミルが言う。
「ドードーは、この先にある森に多く生息しているはずだ」
「……この先にある森って、もしかして【迷いの森】ですよね?」
「はは、大丈夫。私はこの辺りには詳しいんだ。森の奥に入らなければ、迷うことはないさ」
……そういう問題じゃないんだよなぁ。
僕たちは昨日、その森でちょっとしたアクシデントを起こした訳で……。
「行こうか、少年」
「は、はい!」
ユミルに促され、僕は馬を走らせた。
彼女の背中を追いかけるようにして、僕たちは森の中へと入る。
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