第29話「ユミル・パーネス」
下卑た笑いが響く。
僕は呆れてため息を吐いた。
「やれやれ。思ってたより治安が悪いんだね、この町。それに身の程知らずが多いときたもんだ」
「あ? なんだと?」
「折角の観光だってのに、お前たちみたいな連中に絡まれるなんて、ついてないよ。……あのさ、痛い目見ないうちに早く帰ってくれないかな?」
「ははははははは! 随分と威勢がいいじゃねぇか! ……面白え。たっぷり可愛がってやるぜ!」
男が叫ぶと同時に、部下たちも一斉に動き出した。
……なんか、今日は事あるごとにトラブルに巻き込まれる日だな。
アホくさ。
時間が勿体無いし、さっさと終わらすか。
「おらぁ!! 死ねや!!」
叫びながら突進してくる男。
僕がそれを弾きかせそうとした、その瞬間。
「うぉ!?」
突然、目前にいた男の体が吹き飛んだ。
僕は何もしていない。
僕が動こうとした直前、第三者の横槍が入って、男を吹き飛ばしたのだ。
その人物は、僕より一回り年上の少女だった。
肩にかかるくらいの長さの赤みを帯びた茶髪を、後ろで一つに纏めている。服装は、冒険者ギルドでよく見るような革鎧。腰には、細剣を差している。
少女は、倒れた男には目もくれず、こちらに振り返って言った。
「大丈夫か? 少年」
「あ、うん。ありがとう」
礼を言うと、彼女は微笑んでくれた。
……凄く可愛い。
「てめぇ! よくもやりやがったな!」
そんなことを考えていると、彼女の背後にいた別の男が襲いかかってきた。
男は、手に持ったナイフを彼女の背中に向けて突き出した。
しかし、その刃が彼女に届くことはなかった。
「……ぐふぅっ!?」
突如として現れた黒い触手のようなものが、その男の腕を絡め取る。
そのまま、まるで万力のような力で締め上げていく。
骨の軋む音が聞こえてきた。
男は悲鳴を上げながら、地面に転がる。
そして、数秒後、白目を剥いて気絶してしまった。
「……口程にもないな」
そう言って少女は、細剣を抜き放つ。
「次は誰だ? 掛かってくるといい。全員まとめて相手をしてやる」
自信満々な態度で、少女は言い放った。
「なんだよ、あいつ……」
「お、おい! あの人もしかして……」
「ああっ! 間違いねえ! 『黒鞭使い』のユミルさんだ!」
周りから、ざわめきが広がる。
どうやら、この町では有名な人らしい。
「……ちっ! 覚えてろよ、クソガキども! 次に会った時は容赦しねぇからな!!」
「ふん。負け犬の遠吠えにしか聞こえんがな」
少女、ユミルがそう言うと、男たちは悔しそうに舌打ちをして去って行った。
ユミルは、僕の方へと向き直る。
そして、手を差し出してきた。
「危ない所だったね。怪我はないかい? 少年」
「あ、はい。助かりました。ありがとうございます。えっと……ユミル、さん?」
「ああ。私はユミル・パーネス。君の名前は?」
「僕は、デントです。よろしくお願いします」
「うん。よろしくね、デントくん」
そう言って、ユミルが握手を求めてくる。
僕はそれに応えた。
「それで、どうしてあんな奴らに絡まれていたんだ?」
「ああ。ここにいる二人がナンパされかけてまして。不快だったので、助けたんです」
「……なるほどね。あの連中は、この町でも特にガラの悪い連中の集まりだからね。私もよく目にするよ。……災難だったね」
「いえいえ。別に大したことありませんよ」
「はは。君は強いんだね」
ユミルは、僕の手を握ったまま離さない。
僕は苦笑いを浮かべながら、ユミルの手を握り返すのだった。
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