第11話「優しい少女リディア」
さてさて。
エルフの里の外れにある一軒家に案内された僕らは、椅子に座って一息ついていた。
目の前に置かれたティーカップから、良い香りが漂ってくる。
「はい、どうぞ。こちらが、里の特産品のハーブを使ったブレンド茶になります」
「わあ、ありがとうございます」
「ほう……中々美味ではないか」
ヒルデが感心したようにそう呟く。
どうやら、吸血鬼というのは生き血以外にもお茶も飲めるらしい。
「それにしても、ありがとうございますリディア。急に訪ねて来た僕たちに、こんなご馳走まで振る舞ってくれるなんて」
「いえ、とんでもありません。お二人のような素敵な方に、この里に来て頂けて光栄です」
そんな風にお世辞を言ってくれるリディア。
なんていい人なんだ。これなら、色々と話が聞けそうだな。
と、僕が早速質問しようとしたところで、先にリディアの方から僕らに質問をしてきた。
「あの……お二人は、どちらから来られたのですか?」
「どこから? ……うーん、難しい質問ですね。僕は勇者パーティーの一員として、世界中を旅して回っているので、どこの街からとかは言えないんですよね」
「……勇者? まさか、あの勇者ですか!? 人間達の希望の星と言われる……」
「そうですよ。勇者ランド・エルティネスは、選ばれし光魔法の使い手。魔界の魔王を倒した本物の英雄なんです」
俺は、誇らしげに胸を張る。
すると、リディアは目を丸くして驚いている様子だった。
「そ、そうなのですか。……あ、あの、色々とお話を聞かせてください。勇者の武勇伝、是非お聴きしたいです」
「ええ、もちろん!」
僕は、嬉しくなって、意気揚々と語り始めた。
魔王討伐の旅の話だ。仲間達と苦楽を共にし、時には笑い合い、そして困難を乗り越えながら、遂に宿敵である魔王を倒すに至ったのだ。
僕の話を聞き終えたリディアは、興奮した面持ちで何度も拍手をしてくれた。
「…………素晴らしかったです。デントさん、貴方は素晴らしい旅をしてこられたんですね。本当に、お疲れ様でした」
優しい言葉をかけてくれるリディア。
僕は、思わず涙が出そうになった。
今日この日まで、本当に苦労の連続だった。でも、これまでの長い冒険譚を誰かに聞いてもらえることで、それらが報われたような気がする。
「ありがとう、リディア」
「私は、面白くなかったがな。私がこの手で葬り去ってやるはずだった魔王が、封印が解ける前に勇者によって倒されたのだから」
ヒルデが不機嫌そうに言う。
その言葉を聞いて、リディアは困った顔をしていた。
「……えっと。ヒルデさんはデントさんの、その、お仲間なんでしょうか?」
「仲間? おい小娘、ふざけたことを言うんじゃない。こいつは、私の家来だ。私の命令に従って動く駒だ」
「あ。す、すみません」
「まあまあ。ヒルデも、もうちょっと言い方があるだろう? ごめん、リディア。こいつ、ちょっと口が悪いだけで、悪い奴じゃないんです」
まあ、初対面でいきなりぶっ殺しにくるくらいヤバい奴だけどさ。
しかし、ヒルデは不満そうに頬を膨らませている。
「ふんっ」
「やれやれ、困った奴だ」
「……それで、お二人はどうしてここに?」
「ああ、それはですね」
僕は、改めて彼女に事情を説明した。
僕が勇者ランドに、魔界の谷底へと落とされたこと。
そこでヒルデの封印を解いたこと。一緒に世界観光をしようとなったこと。
で、人間界へ続くゲートを強引に通った結果、この森に飛ばされてしまったこと。
それらのことをリディアに説明し終えると、彼女は「なるほど」と呟いて納得してくれた。
「そういうことだったんですね。それなら、この森を出る方法を教えましょう」
「出る方法?」
「はい。この森を抜けるには、特殊なルートを通らなければなりませんから。その道順さえ覚えてしまえば、後は簡単です。森の中にあるエルフの里から出られますよ」
そんな作りになっていたのか。じゃあ、何も知らずに森を歩き回っていたら大変だったな。
まあ、別に空を飛べれば、いつでも抜けられるんだけど。
「しかし、もうじき日が暮れます。今日は、私の家に泊まっていきませんか?」
「おー。いいんですか?」
「はい」
リディアは、にっこり笑顔で答える。
いい子だ。この子は絶対にいい子だ。
「おいデント。迂闊過ぎるぞ。油断していると寝首を掻かれる」
「大丈夫だってば。そんなことしてる暇があったら、ヒルデも少しは友好的になればいいのになぁ」
「ふん。……それより、貴様は早く食事を用意しろ。この私をいつまでも待たせるな」
「まったく我儘なんだから。はぁ、仕方ない。リディア、悪いけどコップか何か持ってきてくれる?」
「はい。すぐにお持ちしますね」
リディアはそう言って立ち上がると、部屋から出ていった。
そして、すぐに戻ってくる。
「どうぞ。こちらでよろしいですか?」
「うん。ありがとう」
「いえいえ」
「……さて、では食事を用意するか。おらぁ!」
僕は指先を噛みちぎった。
瞬間、指の先端から血が滴り落ち、コップの中に溜まっていく。
吸血鬼がどれくらいの血液が必要かわからないけど…………このくらいでいいかな?
「はい。血」
「……おい。たったこれだけか?」
コップに入った血液は、ほんの少量だ。
「十分だよ。はい、飲んで」
「ちっ」
ヒルデは舌打ちすると、コップを手に取り、一気に飲み干した。
すると、彼女の瞳孔が大きく開き、顔色が変わる。
「……これは、凄いな。力が溢れてくるようだ」
「えっ。僕の血って、そんなに美味しいの?」
「うむ。今まで吸ってきた血の中でも一番かもしれん」
まじか。僕、吸血鬼のご馳走だったのか。
……ただ、僕の食事がまだなんだよなぁ。
「リディア。悪いんですけど、何か食事を食べさせてくれませんか? お金は払うので」
「わかりました。私が、腕によりをかけて用意させていただきます」
「やったー!」
こうして僕は、リディアの家で食事を頂くことになった。
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