悲しい別れ
あるクラスに気になっている男の子がいた。
その子はいつも一人で、笑わず、楽しそうに見えない。
なんとなく笑った顔が見てみたいと思っていた。
だから…あの時、イタズラした。
「フフフフフ。マメ、今日は何をして遊ぶ?」
すっかりマメの家に住みついたお化けのもやしはいつもの調子でいう。
もやしはお化けといってもとても明るくて楽しいことが大好きで、昼間は見えなくなるけれど、夜はマメと同じくらいの男の子の姿をしている。
「うん…。今日はいいや。」
「えー、もっと楽しいことしようぞ〜。」
「でも今日はちょっと疲れちゃったし。」
〈 最近、マメの様子がおかしい 〉
なにをしてる時も表情がなくて、全然楽しそうじゃないし、ご飯もちゃんと食べなくなった。
そして、ついには
「なんで学校って行かなくちゃいけないんだろう。」
と言い出した。
「今日はもう休もうかな」
マメのお母さんならマメにビシッと言ってくれると期待したけれど、
「いいんじゃない。私もなんだか最近疲れが取れないのよね。」なんていうのだ。
何もせず、ベットの中でうずくまるマメに
もやしは必死に声をかける。
「マメ、最近変だぞ。」
「こんなんじゃつまらないぞ。」
「ねぇ、学校で何かあったの?」
「話してくれないと分からないぞ!」
でもマメは
「うーん。今は話したくない。」
といってかぶったふとんから顔も出さない。
その様子にもやしは
「もういいぞ。マメなんかキライだぞっ」
といってふてくされてマメの家から出ていってしまった。
それでもマメはとくに引き止めることもなく、ただぼんやりと暗闇をみつめていた。
飛び出したもやしは再びマメの通っている小学校へともどってきた。
〈マメに何があったのか 〉
それはここ最近マメにピッタリくっついていたもやしにもよく分からなかった。
「もやし、あの人間となにかあったんじゃな。」
そういって、ゆらりと現れたのは赤いスポーツウエアを着ているヒゲの生えたおじさんだった。
「あ、きょーとー!
なんで?なんで、分かったの?」
学校にいるお化けの中で1番物知りなおじさんにもやしは目を丸くして聞いた。
「もやし、いいかよく聞くんじゃ。」
「おぬしはの。
ここにいるほかのお化けたちとは違うんじゃよ。」
「それって、すごく怖いってこと?」
「違う。」
おじさんはふぅと深いため息をつくと、真剣な眼差しでこういった。
「おぬしはの。生き物の感情を食べて、生きとるんじゃ。」
「…え?」
「ワシにもよくわからんのじゃ。
じゃがあの日、ここに来る前のおぬしが確かにそう言っておったのじゃ。」
「感情を…食べる??」
もやしにはきょーとーのいっていることがよく分からずに聞き返した。
「よく考えてみるんじゃ。おぬしが可愛がっている花はいつもすぐに枯れてしまうじゃろう。
だからの。あの人間とはもうこれ以上関わらん方がいい。
あの子のためにもおぬしのためにもじゃ。」
「そんなの…ウソだぞ…」
もやしには感情を食べるということはいまいちわからなかった。
でも、きょうとーはウソをつくような人じゃないということはよくわかっていた。
それに、マメの様子がおかしくなったのは自分がマメと出会ってからのことだった。
なんで?
なんで?
私のせい?私のせいでマメがああなった??
そう思うと、もやしはいてもたってもいられず、壁をすりぬけ外へと飛び出していた。
「待つんじゃ!どこに行くんじゃ、もやし!」
という声が遠くから呼ぶ聞こえたが、もやしがふりかえることはなかった。
マメを笑顔にしたかったのに
私がマメの笑顔をうばってたなんて…
知ってたら、知ってたら…
あの時、肝試しにさそったりなんかしなかった!
ああ、マメと一緒にいたら行けなかったんだ
悪かったのは私なのにひどいこといっちゃったぞ
マメが知ったら怒るかな
こんなお化け嫌いになっちゃうだろうな
もやしはあてもなく無我夢中で遠くへ遠くへと飛んだ。
ーーときどき、
子供の笑い声やだれかが楽しそうに話すのを聞こえると体がガタガタとふるえだした。
私が全部食べてしまうのかもしれない
壊してしまうのかもしれない
そんなの、そんなの嫌だぞ!
もっと、もっと、誰もいない所に行かなくちゃ。
そうして休まずにずっとずっとずーっと飛び続け、
ようやく、人気のない場所にやっとたどり着いた。そこはゴツゴツとした不安定なところだった。
そこにゴロンと寝ころんだ。
もやしは飛び出してからだんだんと体に力が入らなくなってきていた。
今までお腹なんて空かなかったのに悲しいくらいにお腹が空いている。
ああ、ほんとだったんだなぁ。
真っ暗な夜空に浮かぶ、にじんでぼやけたキラキラを見上げながらもやしは思った。
そのキラキラがツーっと流れ落ちるのを見ると泣き虫なマメの顔が思い浮かんだ。
自分がいなければマメはまた笑顔になれるのかな。
またマメの笑顔がみたいなぁ。
*
―そのころ、マメはぼんやりと考えていた。
あれ、もやしどこに行ったんだろう?
そういえば、もやしがどこかに出かけていくのを見た気がした。
そのうち戻ってくるのかと思ったけど、もう1週間も帰ってこない。
時々だれもいないへやでもやしの名前を呼んでみた。
だけどいくら呼んでもは返事はない。
もしかして、学校に戻ったのかな?
そう思った。もやしはもともと学校に住んでいたからだ。
しかし、もやしは昼間は姿が見えないので、
会うためにはまたあの日のように夜の学校に行くしかない。
前に来た時はたっつんやシマシマ、ハジくんが一緒だったけど、
今回は最初から1人ぼっち。
1人はちょっぴり心細かった。
「もやし、いるの?どこなの??」
マメは暗い学校の廊下を歩きながら、細い声でせいいっぱいもやしのことを呼んだ。
その時、マメの知らないところでヒソヒソと何かがささやいた。
「ねぇ、あれってもやしと一緒にいた子じゃない?」
「へへへ、ちょっと驚かしちゃおー」
そして、急に物音がし始めた。
もやしが来たのかなと思ったマメはキョロキョロと周りを見た。
―とつぜん、窓ガラスの向こうが真っ赤になったと同時に、ベタベタベタベタといっばいの手のあとがついた。
「うわぁっ」
もやし?もやしなの?
いや、たぶん、もやしじゃない…。
だってもやしは、あんまり怖くはないけれど、面白くて、楽しくて、最強なんだ。
もしかして、ほかのお化け?
そういえば、もやしはほかにもお化けがいるっていってた気がする。
「あのっ、もやしはどこですかー?」とちょっと怖いけれど、思い切って聞いてみた。
でも、返事はなく、かわりに
今度は教室のテレビがついて、ザーザーという不気味な音を立てた。
「えーと、もやしはどこですかー?」ともう一度、聞いてみたけれど、また返事はなかった。
そして、髪の長い女の人があらわれて、追いかけてきたので必死に逃げながら、
「すみませんー!もやしはどこですかー?」と聞いたけれど、やっぱり返事はなかった。
その様子に驚かせようと思ったお化けは
「なんかつまんないやー」
とつぶやいた。
すると、
「こらっ!やめんかい。」
低い威厳のある声が刺さるように飛んできて、
「わー」
「にげろー」
と先ほどのお化けたちが騒いで散った。
「もやしはここにはおらんぞ。」
とつぜん静かな暗闇から声がポウっと聞こえた。
声のしたところから青い光の玉がゆらりと浮かびあがったので、
マメはその光景にドキドキしながら、もやしを知っているお化けなんだと思いたずねた。
「もやしがどこにいるか知らないですか?」
その言葉に青い光が動揺したようにふるえた気がした。
「もやしに本当のことを話した。
そしたらもやしは勢いよく飛び出して行ってしまったんじゃ。」
「本当のこと…?」
「ああ、昔のはなしを聞いてくれるか?」
*
「あの子に初めて会った時はまだワシは
まだこの学校の教頭先生じゃった。」
あれは…そう。ワシが夜のジョギングをしているとき。
さびれた公園の隅でうずくまっている小さな男の子を見た。
ひどくおびえていて、そして、弱々しいあの子にワシは声をかけた。
「こんな時間に1人でどうしたんじゃ?」
「こないで…」
「おうちは?
具合がわるいのか?」
「…たべる…んだ」
「腹でも減っているのか?」
そう聞きながら、ワシはあの子に近づいていった。そして、気がつくとワシはしばらくぼんやりとその場に座り込んでいたらしい。何が起きたのか自分でも正直よく分からなかった。
あの子の泣きそうな心配そうな顔がこちらをのぞいていた。
「ごめんなさい。
私は感情を食べてしまうんだ。
自分でもよくは分からない、分からないけど、きっとそう…。
だからもうほっといてよ!」
あの子はそういってどこかに消えてしまった。
*
もやしが感情を食べる?
そんな…
でも、マメにはたしかに身に覚えがあった。
ここ最近の自分のことがよく分からなかったのだ。
「もやしがここに来た時は驚いた。
すぐにあの時の子だと分かった。だがもやしはその前の記憶がなくての。
あの頃見たもやしとは違って明るくて、伸び伸びしとった。
だからこのことは言わなかったのじゃ。
人間とは関わるなとずっと言い聞かせておったが…。
こうなってしまったのは全部、ワシの責任なんじゃ。」
「本当にすまないことをした。」
もやしはだれよりも笑った顔が好きだった。
遊ぶのも好きで2人でこっそり夜にジェンガーで遊んだりした。
夜にこっそりお散歩したり、学校での話をたくさんした。
初めて会った時も夜の怖い学校であんなに楽しかったのはもやしのおかげだ。
…そう楽しかったのだ。なんで今まで忘れてたんだろう。
もやしに
もらったものもいっぱいあるのに…
もう、もう、会えないの?
もやしが、どんなお化けだったとしても、もやしはもやし、こんな、さよならなんてやだよ。
まだありがとうもさよならもいってない。
くやしくてかなしくて涙があふれ出た。
なんであの時引き止めなかったのか。
〈 もやし、どこにいっちゃったの?〉
一緒に行った場所、もやしが好きそうな場所思いついたところはいっぱい探した。
でも、もやしは全然見つからなかった。
数日ぶりに暗い顔で学校にきたぼくに3人の男の子がかけつけた。
「マメっ子大丈夫かぁー?」
「風邪ひいた?」
「ほれ、特別にオレのノート見せてやるよ。」
「ありがとう。」
ぼくには落ちこんだ時にこうしてはげましてくれる大切な友達がいる。
でも、もやしは、ひとりぼっちで悲しんでるかもしれない。
そう思うとぼくはまた悲しくなった。
だけど…いつまでも落ちこんでいたらだめだ。
いつまでもメソメソしてたらだめだ。
だって、もやしは、もやしはだれよりも笑顔が好きだったのだ。
また会えるその日まで、ぼくは笑顔でもやしのことを待っていたい。
そして、もやしに次に会った時には、今度こそちゃんと気持ちをいっぱい伝えるのだとぼくは心に決めた。