003 準備
「もう、昼か」(ズキッ)
澤田浩志が小さく言葉を発した瞬間、前頭部から痛みが走った。
ー くそっ、今日は頭痛が酷いな ー
電車を降りてから、時折悩ませる頭痛に心の中で悪態をついた。
打合せ中もずっと頭痛に苛まれていた。
「澤田さん、大丈夫ですか?社内会議も調子悪そうだったみたいですが」
俺の様子に気付いた、後輩の北見が隣の席から声をかけてきた。
「あ…、ああ、朝からずっと頭が痛くてな」
俺は自分のコメカミに親指と人差し指を押し付けて答える。
「澤田さん、調子悪いなら、早退されたらいかがですか?ちょうどプロジェクトもフェーズの切り替えタイミングですし、今は次のフェーズの準備だけですし。
午後の進捗会議は私の方で仕切りますよ。」
北見は人差し指指を立てながら、俺に提案してくれた。
ー 確かにプロジェクトも閑散期だし、マネージャーが居なくても、1週間後の次フェーズは大丈夫かな ー
北見の有難い提案に納得していた。
「北見君がプロジェクトに参画してくれて良かったよ。お言葉に甘えて、午後は休んで自宅で寝ているよ」
北見に後は任せて、半休を取る事にした。
「じゃあ、お先に。北見君、すまないけど後は宜しく。パソコンは会社に置いていくよ。資料は作れないけど、スマホでメールはチェックするから。」
一言掛けて、外に出ると、少し暖かさを感じる。
「さて、飯でも食って、家で寝るかなぁ」
誰に言うでもなく呟いた。
また、ズキリと痛みが走る。
朝の夢から頭痛が続いている。
因果関係があるような気がしている。
ー うーん、゛備えろ゛か、いつまでに何を備えればいいんだよ。 ー
ふと、朝の出来事を考える。
「でも、まぁ、何かが変わるなら面白いかもな。この身体は保たないしな。フフフ。」
少し諦めを交えながら言葉に出した。
既に生活習慣病の影響で、足は痺れており、眼底出血もしている。腎臓の機能不全は顕著に現れており、近い将来の透析は避けられない。
そうなれば、仕事に影響も出る。生活も苦しくなるだろう。
どこか、手詰まり、と感じていた。
スマホを取り出し、゛異世界゛、゛異次元゛、゛転生゛等、様々なキーワードを並べて、ネットを検索してみた。異世界小説の解説を見てみる。
ー異世界に行くと、食事や通常の生活に困るのと…身を守る手段ー
ーあとは生活費の稼ぎ方かー
…。
ー よし!とりあえず、今から、金を下ろして、アウトドアショップに行くか。この世界の金が使えると思えないがな。今、備えるか。ー
痺れる足を引き摺りながら、少し軽い気持ちになりながら、駅とは反対方向に歩きだした。
異世界について、疑ってはいるが、少し期待もしている。複雑な心境ではあるが、冒険旅行の準備をしている高揚感があった。
職場から近くのアウトドアショップを訪れた。場所は知っていたが入る機会が無かった。
田舎に居た頃は友達とキャンプに行く事も多かったが、皆家族を持ち、場所もバラバラ、年に数回、近況を伝える程度だった。
店内で若い頃の思い出を懐かしみつつ、当時必要だった装備を手に取ってみる。
買い物を済ませて、帰宅する為に駅に向かった。
゛備えている゛間に頭痛は治まっていた。
茅所駅から浦高駅方面のホームで電車に乗った。
まだ、15時を少し過ぎている。車内の人はまばらだが、座れそうもない。
20分程立ったまま、電車に揺られていた。
頭痛もすっかり治まって、朝よりもスッキリしている位だった。
ー半休要らなかったなー
そんな事を少し笑いながら考えていると、浦高駅に到着した。
電車のドアが開き、外に出る。
上を見るとホームの天井の隙間から、透き通るような、それでいて真っ青な空が見えた。
ー異世界なんて突拍子もないー
空を見ながら、今の現実に向かい直す。
少し背伸びをして、ゆっくりとエスカレーターに向かった。
エスカレーターに乗ると、後ろから人が乗った雰囲気を感じた。前には、少々低めな小太りの男性が乗っている。
エスカレーターは直ぐ地上階に到着する。降りて少し空いた場所でスマホを探す。
いつも入れているコートのポケットには無かった。
コートを外から触ってみると内ポケットにあるようだ。
内ポケットからスマホを出して、メールを確認する。
急ぎのメールは無いようだ。
ポケットにスマホを突っ込み、改札に向かう。
乗客は誰も居ない。
(ドクン)
世界が揺れた。
ー またかっ ー