002 接触
暗闇の中、通路を挟んで反対側の座席に青白く人型の輪郭を作る、“何か“がいる。いや、座っている。
「ヒッ!!!」っと、思わず声が出た。
その瞬間、目の前の何かが“ジジジ”とまるで画面にノイズが走るように見えた。
それ以上、声が出ない。そして目が離せない。
“何か“から感じるプレッシャーで動けない。
金縛りというのが正解かもしれない。
背中からは冷たい汗が一滴流れていく。
一瞬、思考が停止し、意識が体から外れてしまったように感じた。状況を理解できず意識を外してしまった。
が、ハッと、すぐに意識を取り戻して改めて“何か“を見た。
暗闇に目が慣れてきたのか、青白く輪郭を作る何かの全体が見えてきた。
座っている割に背が高く見える。
その何かは、シルクハットのような帽子を被っているようだ。
服装は・・・・蝶ネクタイに燕尾服、シャツも黒い。
そして、顔がない。いや、正確には目も鼻も口も耳もない。
“のっぺら”ぼうというやつだ。
手は、黒い手袋をはめているように黒く、また黒い杖が握られている。
― こいつは人間じゃないー
「やぁ、澤田浩志さんだね」
その“何か“は、声をかけてきた。
少し高い音質で優しく語り掛けてきた。
その直後に、またノイズが発生する。電波の悪いブラウン管テレビでも見ているかのようだ。
「僕に名前は無いんだ。僕を表す表現としては、“バランサー”かな?いや、“調停者”と呼ぶ方がふさわしいか・・・呼び方は…、まぁ、君の好きにして頂いて構わないよ。」
「すまないね、僕にはあまり時間が無いんだ。今の状況について話している時間はない。」
先程とは異なり、少しだけ早口なっている。
何か・・・いや“調停者”は、そう話を切り出していった。
「君は別の世界にスライドする。この世界の管理者が失敗してしまった関係で、君を別の世界にスライドしなくてはならないんだ。」
“調停者”は、優しい口調に戻り説明を始めた。その際もノイズが発生する。
「申し訳ないと思うし、迷惑だと思う。出来るだけ今の世界と変わらない世界にスライドさせるつもりだ。」
“調停者”は断言するかのような強い口調でそう言った。
「ただ、科学世界は難しい。乖離率が高すぎるんだ。魔法世界のより近い世界になるようにする。」
“調停者”は少し悲しそうな口調で説明している。
「本当にすまない。僕の力ではそれが限界なんだ。本当に・・・本当に・・・すまないと思っている」
“調停者”の言葉は泣きそうなまでに悲しそうな声色に聞こえる。
― あ、俺、今明晰夢を見ているんだな!!ー
強くそう思った(確信した!)。
「いや、違うんだ。これは現実だよ」
“調停者”は頭に浮かんだ事に回答した。
“調停者”は心が読めるらしい。
― 夢だから出来ることだろ、じゃなきゃ、こんな事…ー
そう、頭に思った瞬間、“調停者”は遮るように話を始めた。
「君はリアリストみたいだね、でも、スライドに備えて欲しい。スライドはするんだ。」
“調停者”は俺を諭すように話を続ける。
「いいかい、もう一度言う、スライドに備えておいてくれ…」
“調停者”のノイズが大きくなり、少しずつ聞き取りずらい。
「時間みたいだ…すまな…つぎ…もう…」
ノイズがより大きくなり、“調停者”のその言葉は最後まで聞き取れなかった。
その瞬間、目が覚めた。
「ふぅ、仕事前に嫌な夢を見たなぁ」
溜息混じりな声を出した。
雑踏を感じ、周りを見ると車内は満員になっていた。
ホームについたらしく、ドアがゆっくりと開いた。
車内の掲示板を見ると茅所駅と表示されていた。
慌ててビジネスバッグを手に持ち替え、人混みを掻き分けて、ホームに転がるように降りていった。