017 マサユキ -3-
マサユキを先頭に裏口から店を出て、暫く進むと宿屋はあった。
宿屋に入ると1階は酒場になっているようだ。
幾つかテーブルがあり、赤ら顔の男女で殆どのテーブルが埋まっていた。
テーブルの上には、木皿に盛られた料理が置いてある。
マサユキは、それらには目もくれず、奥のカウンターに向かう。
カウンター内には半袖にエプロンの恰幅の良い、口髭を生やした男がいた。人が良さそうに見える。
マサユキはカウンターの男と会話して、木片を受け取ってきた。
「こちらです」
マサユキがこちらを向き、右手に階段がある。
3階まで上がると、廊下を挟んで、扉が二つあった。
一つの扉を開き、マサユキが入り、続いて、俺とサトルが入る。俺達が入った事を確認すると、マサユキは、扉に関をした。
マサユキは、こちらに振り向き、一歩前に出た。
「改めてになりますが、田中昌行と申します」
マサユキは、右手を差し出し握手を求めてきた。
俺とサトルは、それぞれ、マサユキと握手しながら、名前を名乗った。
マサユキに促されて、マサユキの対面に俺とサトルは座った。
「先ずはスライド(転移)について、話をしましょう」
俺はそう切り出すと、マサユキは納得したように目を瞑り、コクリと頭を下げた。
マサユキは、西河西から北砂町の間で゛調停者゛に会っていた。
その後に、浦高駅で2回目の接触をした。
1回目は朝、2回目は午後だったと覚えていた。
3年経過している為、詳しい時間は覚えていなかったが、同じで間違いないだろう。
その後、浦高駅を出た所でスライド(転移)した。
転移者から伝えられた内容は、俺達と同じものだった。能力と若返る事。
マサユキの能力は、空間魔法と鑑定能力。50㎝立方の収納能力と、自分より弱いか強いか判る程度の鑑定能力だそうだ。
間違いなく、マサユキは3人目のスライダー(転移者)だ。
ただ、マサユキだけが、この世界の暦で、3年前に転移してきたのだ。
「3年前やって!たった1人で3年も頑張ったんかっ!?」
その話を聞いて、言葉遣いが戻ったサトルが、叫んだ。
「はい。3年前にデパの北にスライド(転移)しました。お2人もそちらに転移する可能性が高かったので、私が向かいました」
顔を天井に向けて、一息ついて、続ける。
「北側は当時から盗賊がいたんですが、スライド(転移)直後でしたので知りません。たた、盗賊の可能性も考えて、森に入り進みました。魔物の存在については考えずに進んでしまいました」
正面を向き、こちらを見ている。
「その後は丸1日は魔物に会いませんでした。
ス進んだ時間を確認しようと思いまして、スマホを手に取ったんですが、目の前で充電が切れてしまったんです。
それから、10分もしないうちに、魔物を見つけました。
比較的、見通しが良かったお陰で魔物より先に気づいたんです。見つからないように隠れて逃げて、街道を進んで、デパを見つけました。運が良かったとしか言えません….」
マサユキは、そう言うと首を左右に振った?
マサユキは、その経験から、スマホから電波のようなモノが出ていて、それを嫌がっているのではないかと考えている。
サイムに使いを頼む時に、念の為、スマホの充電を切らないように言付けたのだった。
俺は、スマホを取り出してみた。
「そうか、コレが守ってくれていたのか」
スマホの充電は切れていた。
「ええ、恐らくですが…」
マサユキが答えた。
デパに着いた後、門が見える場所で丸1日、人の動きや服装を観察した。違和感がない様に気を配り、街に入ったそうだ。
話を聞くだけでも、マサユキの苦労がわかる。
先ほど、初めて会った時の安心した様子は、スライド(転移)してきた時の自分と重ねたていたのだろう。
俺は胸が熱くなるのを感じた。
俺の横で鼻を啜る音がする。サトルを見ると鼻水を垂らして泣いていた。サトルは苦労話に弱いらしい。
「グスッ、ズズッ、マサユキは苦労したんやな」
サトルは鼻を啜りながら、話を続ける。
゛さん゛付けがとれている。人見知りのサトルは、マサユキを仲間と認定したのだろう。
「グスッ、ズズッ、しかしな、ズズッ、どうやって、ワシらが来たことがわかったんや? ズズッ」
鼻を啜りながら、サトルが効いた聞いた。
「昨日の夕方に゛調停者゛と接触しました。
そこで、2人が到着した事を告げられました」
マサユキはそう答えて、詳しく話し始めた。
昨日の夕方に、俺達が待っていた部屋でマサユキはサイムと共に仕事をしていた。
1人の子供がサイムを呼びに来たので、部屋を出て行った。
マサユキは、1人で仕事を続けていた。
その時に、あの揺れを感じたそうだ。
マサユキにとって、3年ぶりの゛調停者゛の接触だったが、その感覚は忘れていなかったそうだ。
゛調停者゛は、2人のスライダー(転移者)が到着し、デパに近い場所に居る事を伝えて来た。
詳しい場所を聞いたが、時間切れになってしまった。
゛転移者゛の話を聞いたマサユキは、自分がスライド(転移)した、デパの北側の可能性が高いと考えた。
ただ、危険性も高い為、大きな男と共に北に向かった。
念の為、サイムには比較的に安全な東に向かわせた。
その際に日本人の特徴と変わった服装である事を伝えた。
この辺りは、サイムの言っていた通りだった。
夜は街の門が閉じてしまう為、朝を待ち捜索に出た。俺達が見つからなかった場合は、西と南を明日捜索する予定だったそうだ。
「それにしても、2人が一緒で良かった。バラバラにスライド(転移)している可能性も考えていました」
マサユキは話しを続ける。
「さて、暗くなってきましたし、下の酒場で食事でもしませんか?」
話しの区切りが良いのだろう、マサユキが提案してきた。
「ええな!それ!腹減ったわぁ〜」
サトルが腹を摩っている。
「おいおい、あんなにカロリースティック食べたろ!あ、いや、確かに腹が減ったな」
俺が嗜めるが、自分も腹が空いている事に気づいた。
「カロリースティック持ってたんですか!私、ヘビーユーザーでした」
マサユキが食いついた。
そんな話をしながら、酒場に向かう。
マサユキが酒と料理を注文する。
暫くすると、料理と酒が運ばれて来た。
一つ目の大皿は、豆の煮込み料理のようだ。
もう一つの大皿に盛られたものは…虫?
ー 知りたくないので、何も聞かないようにしようー
「こちらの名物の豆の煮込料理と、虫焼です」
マサユキが答えを言ってしまった。
葡萄酒を飲みながら、お互いの話をした。
マサユキは、スライド(転移)した当時45才だった。
小学校の頃に、両親と共に浦高駅に引っ越して来たそうだ。それから、ずっと実家で暮らしていた。
専門学校を卒業して、飲食関係の会社に就職し、営業を20年勤めて、その後独立。
唐揚げ店を何店舗か経営していたらしい。しかし、1年程前からフランチャイズ店に押されていた。
資金繰りも厳しくなるが、メインバンクから追加融資を断られていた。
あの日は別の銀行に融資の相談に行っていた。
両親については、29才の頃、父親を病気で亡くし、35才で母親を病気で亡くしていた。
もう、倒産か…と諦めて居た時に、゛調停者゛と接触した。
3人の共通点は、40代独身、天涯孤独、同じ駅を使っていただけだった。
俺とサトルと同じ様に、病気持ちかと思って聞いてみた。
マサユキが「四十肩が治った」と言ったら、
サトルが「病気ちゃうや〜〜ん」言い、皆で大笑いした。
゛飲みニケーション゛は十分盛り上がったが、残念ながら閉店となった。
俺達は、部屋に戻り、3つ並んだベッドに、それぞれ寝た。
(ドクン)
3回目のそれを感じた。




