偏った思想団体に狙われて
ブログで軽い気分で“太陽光発電に対する批判がおかしい”と書いた。世間で論破王と呼ばれている人が「日本の太陽光発電はエコじゃない」と主張していたのだけど、何故だか、まるで“山林を切り崩して太陽光パネルを敷き詰めるパターン”しか、日本にはないかのように主張していたからだ。
「いやいやいやいやいや」
と、私はそれに思わずツッコミを入れた。
確かに日本の太陽光発電が、山林を切り崩す方法でしか行えないのならその論理は正しいだろう。けれど、街中を歩いたらすぐに分かるけど、建物の屋根の上にはたくさんの太陽光パネルが設置されてある。彼には、あれが見えていないのだろうか?
更に断っておくと、農地で農業と太陽光発電を同時に行う研究も進んでいるし、日本にはとんでもない面積の耕作放棄地があるのでそこだって利用できる。
何故、山林に拘る必要がある?
明らかにおかしい。
だから私は、それをブログで批判したのだ。
「山林を切り崩して行う太陽光発電だけを批判するのなら分かるけど、どうしてそれで太陽光発電の全てを否定できるのだろう? 論破王というのは、そんな簡単な事も分からないくらいの馬鹿なのだろうか?」
と。
すると、それからしばらくが過ぎて、嫌がらせのコメントが入るようになった。正体は分からない。論破王の信者達なのか、それとも太陽光発電に反対している別の何らかの思想団体なのか、とにかく、偏っている事だけは明らかで、しかもしつこくて何人もいる。
それほどそのブログに固執している訳でもなかったので、捨ててしまっても良かったが、それではまるで負けたかのようで癪である。だから私は連中と対決する事に決めたのだ。嫌がらせのコメントに対して、激しい言葉で返してやった。すると、当然ながら益々荒れた。持久戦となると、人数が多い連中の方が有利だ。私は次第に疲弊していった。
「“祀り込める”って知っている?」
その話を聞き終えた友人の鈴谷凛子は呆れたような顔でそう言った。彼女は高校時代からの友人で、人付き合いはあまりしない方だが、面倒見が良い。だから私は彼女に電話で相談をしてみたのだ。
「このまま負けるのは絶対に嫌だ。何か方法はないか?」
すると、彼女はそんなよく分からない事を言って来たのだった。
「――知らない」と私が返すと、彼女は淡々とこんな説明をする。
「人々に悪さをするような霊がいたとする。普通なら、その霊を退治しようって考えるでしょう?
でも、昔の日本人はそうは考えなかったのよ。その“悪さをする霊”…… 荒魂を祀り込めることで和魂に変え、味方に付けようとした。だから平将門だって祀られているし、泥棒が祀られている所もある。面白い発想でしょう?」
それを聞いて私にはなんとなく彼女の言いたい事が分かった。
「つまり、喧嘩なんかしないで、連中と折り合う方法を見つけろって言うの?」
多分、荒魂である連中を祀り込め、味方にしろ…… とまでは言わないが、悪さをしないものに変えてしまえって事だろう。
「冗談じゃないわよ。どうして私が、あんな連中にヨイショしないといけないのよ? そもそも連中は完全に間違っている太陽光発電批判をしているのよ? そんなの絶対に協力したくないわよ」
私はそう返した。ところが、それに鈴谷凛子は「違うわよ」とそう言うのだった。
「発想を変えろって言っているのよ、私は」
「発想?」
「その人達は、かなり偏っているのでしょう? 多分、そういうのって、どっかの誰かの提供する情報と解釈を丸々信じ込んでいるのよ。
だからね……」
私はそれから鈴谷凛子のアドバイスの通りにしてみた。
すると、本当に瞬く間に嫌がらせの書き込みはなくなってしまった。取った方法は簡単だった。
都合の良い事実だけを集めれば、簡単にそれっぽい理屈は作れる事を示し、その他にも印象操作や洗脳の事例なんかを挙げ、
「誰かが提供する情報や解釈を鵜呑みするのではなく、自分の手で情報を集め、確り自分の頭で考えるべきだ」
みたいな主張をブログでやったのだ。
その言葉に、私を攻撃していた信者達がどれだけ揺らいだのかは分からない。でも、少なくとも彼らを操っている背後にいる誰かは「これはまずい」と判断したのだろう。信者を失う事を恐れて、「撃ち方止め」の合図を出したのだ。
そもそも、私みたいなインフルエンサーでも何でもない人間を攻撃してもそれほどメリットはない。一人でも信者を失えば、その方がダメージは大きいのだから、拘る理由もないのである。
何にせよ、それで私はその偏った信者達を追い払う事に成功したのだった。
……ただ、清々したと思う反面、少しだけ寂しくも思っていた。
もう少し粘っていれば、一人くらいは洗脳を解いてあげる事ができたかもしれない。
……いや、そんな殊勝なものではなく、単に何にも考えずに悪口を言える相手がいなくなったのを寂しく思っているだけかもしれないけど。