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気付けばモニカはテーブルの隅に寄せていた文房具の一つ─── ペーパーナイフを手にしていた。
「帰ってっ。今すぐ消えて!」
───ダンッ。
勢いに任せてそれを振り下ろせば、ペーパーナイフはテーブルクロスを突き抜け、がっつりテーブルの天板に突き刺さった。
ご存知かもしれないが、ペーパーナイフというのはナイフという名が付いてはいるが、切れ味はとても悪い。刃の部分を指で触れたところで皮膚を切り裂くことは無い。
そんな名ばかりのナイフの刃が天板に刺さったのは、偏にモニカの荒ぶる感情を持ってしての事。
つまり、モニカは怒髪天を貫いていた。神すら平伏させる程の怒りで我を忘れていた。
もちろんそれを間近で目にしたセリオの背には冷たい汗が流れる。
けれどこの男、どこまでも阿呆であった。
「物に当たるなんて、最低なことするなよ」
「あ゛?!」
どこまでも己の非を認めることはせず、他人を咎める要素を探して上位に立とうとするセリオに、もうモニカは言葉でやり取りをする気は無かった。
恐ろしいほどに凪いだ表情を浮かべ、無言で天板に刺さったままのペーパーナイフを引っこ抜く。
次いでその切っ先をセリオに向けた。
「失せろ。このクズ」
「……っ」
完全にモニカに呑まれたセリオは、おどおどと席を立つ。けれど、彼は出口へと向かうことはなかった。
わなわなと身体を震わせたセリオは、あろうことかモニカの髪を掴んだのだ。
「……痛っ」
「人が優しくしてりゃあ、付け上がりやがって。お前さぁ、ちょっと良い気になり過ぎてないか?」
金に近い栗色の髪を渾身の力で掴んだセリオの目は血走っていた。
自分より遥かに弱い存在である少女の凄みに怯んでしまったことに対して。
新参者の格下相手から一方的な婚約破棄を告げられて。
これまで口答えなど一度もされたことがないのに、自分の発言を全て否定されて。
馬鹿、アホ、クズ。到底自分に向けられる筈がない暴言を吐かれて。
彼はこれまで生きてきた中で、一番の屈辱を味わっていた。
そんなセリオは、とても短絡的で最低な行為を取ろうとする。
「僕の親父が言ってたんだ。言うことを聞かない女にはこうするのが一番だって。言っとくけど、お前が悪いんだからな」
責任転嫁する台詞を吐いたセリオは、髪を掴んだ反対の手を振り上げる。次いで、何の躊躇もなく、モニカに振り下ろそうとした。
けれど、その時。
「やめろ」
二人しかいないはずのこの部屋に、なぜか知らない男の声が響いた。