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廊下に出たモニカが、エバを伴って歩いていたのは、僅かな距離だった。
角を曲がった途端、自分の愚かさに耐えきれず自室へと全力疾走した。
背後からエバが「お待ちくださいっ」と慌てた様子で声を掛けてきたけれど、それに応える余裕は無かった。すれ違うメイドたちも、何事かと目を丸くしている。
でも、モニカはその全てを無視して部屋に飛び込んだ。次いで背中で勢い良く扉を閉め、ずるずるとそのまましゃがみ込んでしまった。
少し遅れて控えめなノックの振動が背中越しに伝わってくる。
「モニカさん、どうされました? 何かあったんですか?」
エバの口調は、廊下を走るという無作法なロッタを責めるものではなく、心から心配するそれ。
「なんでもないです。ちょっと気後れしてしまい、疲れてしまいました。......ごめんなさい。少し一人にしてください」
王族を前にして疲れたことは、嘘ではない。
そしてエバにとっても、納得できる理由だったのだろう。それ以上モニカに対して追求することはせず「わかりました」という言葉を最後に遠退いていく足音が聞こえた。
気配が完全に消えたのを確認すると、モニカはふらふらとベッドに倒れ込んだ。
(やっちまった。最悪だ……。きっと呆れられている)
枕をぎゅっと抱き抱えながら、モニカはクラウディオに恥をかかせてしまった自分の行動を強く責めた。
度を越えた冗談は言ったにせよ、リックの言葉には悪意は無かった。
そしてクラウディオは始終、優しかった。
盗賊に襲われた辛い過去を話すとき、ずっと彼の手は、自分の背中に添えられていた。感情が高ぶって、声が震えたら、そっと手を握ってくれた。
リックだってどもってしまう自分を急かすような真似などしなかった。
辛抱強く待っていてくれて、説明が足りないところは、こちらが答えやすいように質問を工夫してくれた。
なのに自分が取った行動は、勝手に拗ねて、一方的に不貞腐れた顔をして部屋を出てしまうという、あまりに無礼なものだった。
クラウディオの家族になることを、最終的に選んだのは自分だというのに。
恋人になれないのは、クラウディオのせいじゃない。彼にだって選ぶ権利はある。
それにクラウディオは領主だ。沢山抱えるものがある。己の身分に釣り合う伴侶を迎えるに決まっている。
自分だって、身分不相応なことは望んでいない。もうこれ以上、優しい彼の負担になりたくないと常日頃から思っている。
「とどのつまり、妹失格だってことだなぁ……私」
きっと今ごろあの豪華なサロンで、クラウディオは呆れきった顔をしているだろう。
リックも、もしかしたら「やれやれ、とんだ田舎娘を引き取ってしまったね」と慰めているかもしれない。
クラウディオの顔に泥を塗ってしまったのだから、本当なら謝りに行くべきだ。
でも、もう一度サロンに行って詫びの言葉を口にする勇気は、モニカは無い。だから更に枕を抱き締めることしかできなかった。
窓の外は、相変わらず陽が差していない。空は、今にも落ちてきそうな厚い雲に覆われている。
それはまるで季節外れの嵐の到来を告げるような空模様だった。