17★
「先に言っておくが、お前の罪はこの程度で済まされるものでは無い。顔を上げろ。席に付け。見苦しい真似をするな」
淡々と言い放ったクラウディオに対して、ラスダットはふるふると首を横に振って更に頭を下げる。
「くどい。私は話があると言ったんだ。……ハイネ」
「はっ」
剣を鞘に戻したハイネは、片手でラスダットの襟首を掴むと強引に立たせてソファに座らせた。……投げ捨てたという表現の方が正しいのかもしれない。
「随分、舐めた真似をしてくれたな。何が”命に代えても、約束は守る”だ? 片腹痛いわ」
「……も、申し訳ありません。で、ですが…… どうか聞いてください。お願いしますっ」
カタカタと小刻みに震えながらもこの後に及んで言い訳をするラスダットに、クラウディオは鼻で笑いながら続きを促す。
「セリオがどうしてもと言いまして…… わ、わたくしは精一杯止めたのですが、なにぶんこの身体では、止めることもできずに……」
「そうか、それは大変だったな」
心から気の毒そうに言ったクラウディオに、ラスダットは内心ほくそ笑む。
「ええ、もうっ。それはそれは大変でした。セリオはああ見えて、とても手が付けられない乱暴者で、村中の人間が困っておりました」
「なるほどな」
ラスダットの言い訳にもならない戯言を根気よく聞いていたクラウディオは、ここで表情を変えた
「ところで私からも質問がある」
「な、な、何でございましょう」
再びガタガタと震え出したラスダットの襟首を、逃亡防止の為にハイネがしっかりと持つ。
「そんな相手をモニカの結婚相手にしようとしたのか?まるでモニカに厄介者を押し付けるような内容だな」
「っひぃ」
「お前は、先ほどのセリオとの会話を聞いていなかったようだな」
「……っ」
「ここは”私の妻の家”と言ったはずだ」
例え、みなしごの保護者が村長であっても、領主の決定には逆らうことは出来ない。
これはトラディ領が生まれた時から変わらない。
「しかし、あの娘は孤児でして……なんの後ろ盾も無く……」
「お前は私の心配をしてくれるのか。そうか、随分と面倒見が良いな。感心する。だが、面倒見が良いことと、賄賂を受け取り不祥事を見逃すことは違うぞ」
「……っ」
なんとかしてモニカをセリオと結びつけようとした村長の魂胆はこれだった。
モニカに恋心を抱いていたセリオを利用して、無理矢理結婚させ、その後適当な理由をつけて監禁するなり、脅すなりして、口封じをする計画だった。
つまり村ぐるみで、アクゥ砦の一件を揉み消そうとしたのだ。
「アクゥ砦の兵士から幾ら貰ったんだ? 随分と吹っ掛けたそうじゃないか」
「あ、あれは……その……」
「ま、しかし、近隣の警護団にも金を握らせて、揉み消そうとしたから、お前の懐に入った額は大したものではなかったかもしれないがな」
「……っ」
全て白日の下に晒されたラスダットは、もう己が二度と村長と呼ばれることは無いと悟った。
しかしこの男は、諦めが悪かった。
「お言葉ですが、領主様っ。貴方様は、王家を敵に回すというのですか?!そうなれば最悪、トラディ領は他の者の手に渡りますぞ。それでも良いのですか!?わたくしは、領主様を心から敬愛しております。ですのでっ」
「ああ、ありがとう」
慈愛すら感じられる笑みを浮かべたクラウディオに、ラスダットはほっと息を吐く。けれど、それは最後の安らぎであった。
「私は、お前からこの言質を欲っしていたんだ。拷問という手間を掛けずに吐いて貰えて助かった。礼を言う」
「……そ、そんな……」
へなへなとソファからずり落ちるラスダットを、もうハイネは引きずり上げることはしない。
一体どこに隠していたかわからないが、縄を手にしてがっつりとラスダットを縛り上げる。
「ラスダット、安心しろ。すぐには沙汰を下すことはしない。まだ生きて貰わないといけないからな」
口角だけを持ち上げるクラウディオは、ぞっとするほど冷たい笑みを浮かべていた。
そしてラスダットは私服に扮していたクラウディオの配下に連れられ、執行待ちの罪人の為に建てられた塔に投獄された。