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クラウディオは、トラディ領の領主だ。
けれどタダ村において、一番権力があるのは村長である。
だからファネーレ邸の使用人は口を挟む権利は無いし、モニカとてカダ村の村民の一人である。村長が「お邪魔するよ」と言われたら、嫌だとは言えない。言ってはいけない。
そんなわけでモニカは嫌々ながら村長を居間に通す。
本日賓客不在の為、暖炉に入っている薪は僅かなもの。それにちょっと救われた。
「茶葉は大目にしておくれ。セリオ君はお腹もすいているようだから、何か軽いものを用意してあげてくれるかい?」
着席した途端に、あれこれと注文をつけてくる村長に、モニカはこっそり舌打ちをした。
ゴマすりとあからさまに言ってはいけないが村長に対して、村民はとても気を使う。辺境の村にとって村長は神のような存在だから。
額に青筋を立てつつ、モニカはキッチンで手早くお茶の用意をする。
ただすぐ近くでシャーコ、シャーコと聞いたことも無い音がして、そこに目を向けた。すぐにモニカは、思わず顔を引きつらせてしまった。
小さなテーブルに腰かけていたエバが鬼気迫る表情で、調理用ナイフを研いでいたからだ。
本日は、ここで調理をする予定はない。
そしてモニカは、エバに一言もナイフを研いでなどと依頼をしていない。
「ああいう老害は排除しても問題無いです。モニカさんが手を汚さずともわたくしが」
「はい。お気持ちだけで結構です」
エバを殺人者にしたくないモニカは、腰を直角に折ってきっぱりと申し出を断った。
そして迷惑な訪問者を早々に追い出すべく、モニカはお茶の入ったトレーを持って居間へと向かった。
「お待たせしました。それと、あいにく今日は食べ物がございません」
嫌味のように薄いお茶を乱暴に出しつつ、モニカは精一杯の反抗をする。
食品棚には本当は、ディエゴから贈られた食料があるし、エバが昼食にとファネーレ邸から持ってきてくれたサンドウィッチだってある。
けれど彼らには、一欠けらも与えたくは無い。
そんなわけで、つんとしました顔を作ったモニカは、空いているソファに腰かける。
向かいの席に座るセリオは、性懲りも無くふんぞり返っている。
【家に来るな。顔を見せるな。近くで息をするな。一生、視界に入るな】
そう言ったはずなのに、どれ一つ守らないセリオに対して、どうやら彼は記憶力まで悪いようだと、モニカは深く息を吐いた。
「さて、と……随分待たされたけれど、お茶をいただこうかね」
この場を取り繕うように、村長がお茶に口を付ける。
すぐさま、しゃがれた声で「薄いねぇ」と、困ったように真っ白な眉を下げた。
「モニカちゃん、こんなお茶を出したら駄目だよ。でも、君は悪くない。お茶の淹れ方も教えてこなかった君のお母様が悪いんだからね。ま、そんな落ち込まなくて大丈夫。これからセリオ君のお母様に、色々教えてもらえばいいさ」
「は?」
どれ一つとっても理解できない村長の言葉に、モニカはポカンと口を開けてしまった。