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クラウディオがサロンから立ち去って、数分後─── モニカはやっと理解できた。
「旦那様、明日の予定ですが…… まぁ、ハイネとアリーザの二人になら代理が務まるでしょう。問題ありません」
「そうかわかった。急な変更をして悪かったな」
「いえとんでもございません。旦那様は働きすぎでございます。少しお休みを取って欲しいと常々思っておりましたので、わたくしは大変嬉しゅうございます。明日は、存分にお楽しみください」
「馬鹿なことを言うな。楽しむようなことじゃないだろう」
眉間に皺を寄せながらそう吐き捨てたクラウディオを見て、モニカの胸はズキリと痛んだ。
サロンに戻って来たクラウディオは、一人では無かった。
皺ひとつないパリッとした執事服を身に付けた初老の男性─── ルーベンと一緒だった。
そしてルーベンはクラウディオが着席するや否や、内ポケットから手帳を取り出して、ふむふむと考え込んだ。その後、先ほどの会話となった。
つまりクラウディオは、明日の予定をかなり強引に変更したということ。
「あのう、領主様、ちょっとよろしいでしょうか?」
蚊帳の外にいたモニカであったが、さすがにこれが決定となるのは困る。
あと勘違いするような事を言われて舞い上がった自分がものすごく恥ずかしい。
しかめっ面でクラウディオから「楽しむようなことじゃない」と言われてしまったのだ。彼がそこまで自分の家に行くのが嫌なら、こっちこそお断りだ。意地でも明日はローナ村に行ってもらいたい。
それに自分ごときの用事で、大事な政務をおろそかにして欲しくない。
なのにクラウディオは、割って入ったモニカに顔を綻ばせる。
「ん?どうした。ああ……聞こえていたとはいえ、私からきちんと説明をした方が良いな」
「いえ、しっかり聞こえておりましたので結構です。そうではなくてですね、明日は私一人で自宅に戻りますので、どうぞお仕事を優先してください」
感情を込めないようにしたけれど、やっぱり硬い声になってしまった。
そうしたらクラウディオも、同じように硬い表情になる。
「…… 君はやっぱり話を聞いていなかったようだな」
「聞いていました。聞いた上で、仕事を優先して欲しいと言ったんです」
「その理由は?」
「……っ」
悔しいがモニカは言葉に詰まってしまった。
そうすれば、なぜかここでルーベンが堪えきれないといった感じで吹き出した。
「ルーベン、外に出てくれ。後の予定は追って伝える」
「かしこまりました」
モニカから目を逸らすこと無く執事を退席させたクラウディオは、ぐしゃぐしゃと前髪をかいた。
「傍にいなければ、助けることなどできるわけがない。君に危険な事が及ばないよう気を引き締めなければならないのに、楽しむことなどできるわけがない」
(……え、それって)
呻くように呟いたクラウディオの言葉に、モニカは息を呑んだ。拗ねていた自分が愚かだと気付かされた。
「……ごめんなさい」
無意識に零れた謝罪を聞いたクラウディオは、不思議そうな顔をする。
「なぜ君が謝っているんだ? 私は君を何一つ責めていない。ただ己の不甲斐なさに」
「領主様、気が変わりました」
「は?」
モニカの発言にクラウディオは目を丸くした。
「ごめんなさい。私気が変わりました。明日はここに居たい気持ちになりました。だから……だから……えっと……」
もじもじし始めたモニカに、クラウディオは続きを急くことはしない。
「えっと、ですね。だから明後日、自宅に戻ります。ちなみに、領主様の明後日の予定は」
「無論、空けよう」
食い気味に返答され、モニカはこくこくと頷いた。