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初恋の始まりを、その相手が覚えていてくれた。
両親が死んでしまった今、このことは自分しか知らない。自分が忘れてしまったら、消えてなくなる出来事を、クラウディオが覚えていてくれた。
泣きたくなるほど、心が満たされた。
”君を助けるのは、私の役目なのだ”
愚かだと認めざるを得ないが、モニカはこの言葉をもらえた今、彼の申し出を断る理由を見つけられなかった。
「わかりました」
「そうか。なら、急いで準備をしてくれ」
手のひらを返したようにあっさり頷いたモニカに、クラウディオも深く追求することはしない。
ただ、互いにぎくしゃくとしている。
これ以上の会話はとても余計な気がして、モニカはすぐさま二階の私室へと移動する。
立ち去る瞬間、彼の顔を見たら「頼むから、こっちを見ないでくれ」と言いたげに片手で顔を覆っていた。
私室に入ったモニカは背中で扉を閉めると、ずるずるとそのまましゃがみ込んだ。
「…… ヤバイ。心臓が破裂しそう」
両手をぎゅっと胸に押し当てれば、あり得ないくらい鼓動が早い。
それは2段飛びをして階段を駆けあがったせいではない。
体の芯に残っていた、彼に向けての恋心の欠片に火が灯ったのだ。
小さな灯であるはずのそれは、自己主張が激しくしっかり疼きを伝えてくれる。
「同じ人を二回も好きになるなんて……」
人一人につき、1回しか恋ができないなんていうルールはこの世にはない。
でもこんな短期間に失恋して、また再びときめくなんて、誰が想像したであろうか。
しかもこんな気持ちを抱えて、今から彼の屋敷にお世話になろうとしている自分がいる。
「無理っ!!」
思わずモニカは、叫んでしまった。
すぐさま階下から「どうした? 何かあったのか?」とクラウディオが焦った声で聞いてくる。返答次第では、この部屋に突入してきそうな勢いだった。
だからモニカは一先ず「何でもないですっ」と大声で返す。
次いでよろよろと立ち上がると、クローゼットから一番大きな鞄を引っ張り出して、これから必要になるであろう私物を放り込んでいく。
でも心ここにあらず状態で、何でもかんでも押し込んだ結果、鞄ははち切れんばかりの状態になってしまった。
そしてそれを抱えて再び居間に戻ってきたモニカを見て、クラウディオは呆れた顔をした。
けれど、荷物を減らせとは言わない。
慣れた仕草でモニカを外に止めてある馬車までエスコートした。
軽快に車輪を回して、モニカ達を乗せた馬車は走る。
みるみるうちに小さくなっていく我が家を見て、モニカは得も言われぬ寂しさに襲われた。
「カダ村ではない、信用のおける私の部下が屋敷を警護する。馬車もいつでも用意するから、好きなときに戻ればいい」
窓に張り付くように、外の景色を見ていたモニカは弾かれたようにクラウディオを見た。
「良いんですか?」
「当然だ。私は君を助けたいと思ったけれど、束縛する気は無い」
ムッとして腕を組んだクラウディオは、なんでそんな馬鹿なことを聞くんだと言いたげだった。
「ありがとうございます」
「いや、礼には及ばない」
クラウディオのそっけない言葉に、胸がぎゅっと締め付けられた。
(わかっている。この人は、使命感で引き取ってくれただけ)
そう自分に言い聞かせても、彼が紡ぐ言葉の一つ一つが嬉しくて仕方がなかった。