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「あー、モニカ。お茶淹れるなら、ミルクも用意してくれよな」
ヤカンに火をかけた途端に背後からそう言われて、モニカの額に青筋が立った。
既にポットには茶葉が入っているが、それは一人分であり、モニカの頭の中にはセリオに茶を淹れるなど、最初から無かった。
なのにキッチンに立った途端、当たり前にそんなことを言われると、呆れすぎてどんな文句を言えば良いのかわからなくなってしまう。
ここはカダ村の端っこにある、モニカの自宅である。
そして半年前に両親を失ったモニカは、ここで一人で暮らしている。
亡き父は宝石の研磨技師であり、その工房も兼ねた屋敷は、齢16で天涯孤独の身になったモニカが生活するにはかなり広い。
防犯面からしても、掃除の面にしても、ここで一人で住み続けるのはかなり厳しい。
今日みたいに、招いてもいないのに自称婚約者であるセリオの侵入を許してしまうのだから。
助け合い精神が強い辺境の村では、プライバシーは皆無である。
5年前にこの村に住まいを移したモニカの両親も、村の文化に則って裏口には鍵を掛けていなかった。
言い換えれば全てを見せてこそ、仲間として認められるという独自の文化を持っている。
ただ助けられたことはあったのだろうか。
勝手気ままにやってくる村民の相手をする亡き母の顔の笑顔は、いつも引きつっていた。
あれやこれやと村のしきたりを押し付ける割に、住み慣れない場所で困惑する母に村民が手を差し伸べてくれたことは、記憶を探っても見つけることはできない。
「ねえ、お茶淹れるのにいつまで掛かってるの? ちょっと手際が悪いね。僕の母親ならもうとっくに用意出来てるのに。 ああ、明日にでも僕の母親を連れてきてあげるから、花嫁修行をしなよ。うん、そうだそうだ」
─── ガッチャン。
聞くに堪えられないセリオの言葉を打ち消すように、モニカは乱暴に茶器を置いた。
もちろんミルクは無い。
なぜなら、今日のモニカは茶葉の香りを楽しみたい気分だから。来訪を頼んだわけでもないのに図々しく居座る相手に気遣うつもりはない。
そしてポットを手にして茶器に注ぐお茶は、一人分。無論、これは自分用。
モニカはティーカップを自分の席に引き寄せ、着席する。次いでゆっくりと香りを楽しみ、お茶を口に含む。
辺境の村では子供は宝であり、長男は何に付けても最優先される存在だ。
だからセリオはこれ以上無い屈辱を受けたかのような顔をして、モニカを睨んでいる。
でもモニカは涼しい顔で「飲みたきゃ勝手に飲んでください」という態度を貫く。
このまま腹を立てて、セリオが婚約を破棄すると喚いてくれたら万々歳だ。そんな意地の悪いことを考えながら、モニカはティーカップを傾けた。
窓の外は相変わらず良い天気だった。