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理解の範疇を超えたクラウディオは中途半端に腰を浮かして、まじまじとモニカを見つめる。
「……君は一体、何の話をしているんだ?」
気持ちを落ち着かせたいのか前髪をガシガシと掻いたクラウディオに、モニカは冷ややかな目を向けた。
「すっとぼけるなんて、しらじらしいですね」
「とぼけているのは君だろう。なぜ殺すという物騒な単語が出てくる? 君の思考回路が心配だ。わかりやすく説明をしてくれ、頼む」
「はっ」
わざとらしく頭を下げるクラウディオに、モニカはまた鼻で笑った。
可笑しくて堪らなかった。
自分が傷付かない為に、それは無い。絶対に無いということを口にしてみた。
でもそれが悔しい程にピタリと当てはまるのだ。
ならもう笑うしかないではないか。
そう思っているのに、クラウディオの顔は怖い程真剣だった。
「信頼のおける人物とは誰なのか? この領地の者か? 上告書のとはどんな内容なのか?」
疑心暗鬼になっているモニカからすれば、矢継ぎ早に問うてくるクラウディオは、己の領地の失態が公になるのを恐れているようにしか見えない。
「あなたに教えるわけないじゃないですか」
冷たく吐き捨てた途端、クラウディオは勢い良く席を立った。次いでモニカの傍へと寄った。
「誤魔化すな。答えろ」
長身の彼に見下ろされるだけで強い威圧感を受けるというのに、今、クラウディオはモニカが座っているソファの背もたれに手を置いて、こちらを覗き込んでいる。
つまり、美しい顔が超が付くほど近くにある。
モニカは思わず息を呑んだ。
性格は歪んでいるし、良き領主ではなさそうであるが、それでも顔だけは良い。うっかり見入ってしまうのは女性ならば仕方がないこと。
だがそれは一瞬だけ。
疑心暗鬼を生じているモニカは、クラウディオの胸に手を当て、ぐいっと距離を取ろうとする。
「これも作戦の内ですか? ご自分の顔の使い方を良くわかっていらっしゃいますね。でも、脅されてもお話するつもりはないです。離れてください」
「ますます君の言っている意味がわからない」
「わからなくて良いですからっ。とにかく離れてください。…… 未婚の女性に対して、この距離は失礼に当たりますよ」
「確かにそうだな。不躾な態度を取ってすまない」
はっと我に返ったクラウディオは、慌ててモニカから身体を離す。
けれど向かいのソファに戻ることはしない。流れるような仕草で、モニカの足元に膝を付く。次いでモニカの手を恭しく取った。
「…… あのぅ」
貴婦人のように扱われ、びっくりしたモニカは、クラウディオを見つめたまま、ぱちぱちと何度も瞬きを繰り返す。
「少し冷静さが欠けていた。すまなかった。許してくれ」
「はぁ」
「私は、君を引き取りたい」
「いや、ですから。それは」
「ここは寒い。村長に厳重に注意をしておいたが、あの男がまたここに来ないとは言い切れない」
「…… はぁ」
曖昧な返事をしながらも、モニカの心臓はバックンバックンと忙しかった。