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ディエゴに隠し事をするのは、彼の事を信用していないからではない。逆に、申し訳ない程、色々と便宜を図ってくれる。
今日だって、隣の領地で商談に赴いた帰りに、わざわざ立ち寄ってくれたのだ。
そして日持ちのする瓶詰の食料や、薪、小麦といった生活に必要な細々したものまで届けてくれた。
しかもお代は頑として受け取ってくれないときたものだ。
そりゃあ、確かに大富豪にとったら、これら全部ひっくるめても大した額ではないかもしれない。
だが、両親の死をきっかけに村民とは更に距離ができてしまったし、先日の婚約破棄の一件でモニカに対する風当たりはかなり強い。
辺境の村では、何か物を入手しようとする際、硬貨での売買と物々交換が半分くらいだ。
だから、現在モニカは『売って欲しいならセリオに謝りなっ』と言われ門前払いを食らっている。情けないくらいに日用品に事欠く生活を余儀なくされていたりする。
だからディエゴからの贈り物は本当にありがたい。
もはや救援物資と呼んでも過言では無い程に。
とはいえ父とは旧知の仲らしいが、正直ここまで心を砕いて貰うと申し訳ない気持ちになってしまう。
それに、今後もディエゴにずっと甘え続けるわけにはいかないのだ。
両親が死んで、もう半年が過ぎた。これからの自分の身の振り方をきちんと考えなくてはならない。
「あの…… アッセルさん。ちょっと聞いても良いですか?」
「なんだい?」
「女性が働くとしたら、やっぱりメイドですかねぇ」
結婚して子供を産んでいたら乳母になれたかもしれないし、淑女として完璧な教育を受けていたら家庭教師になれたかもしれない。
でも、モニカには何もない。
人に誇れる技術も技能なければ、この村で結婚したいと思える相手もいない。
それでも、一人で生きていくしかない。
幸い蓄えは少しだけあるけれど、それだってちょっとずつ減っていっている。特に贅沢をしている訳でもなく、ただ質素に生きているだけなのに。
「んー…… 一般的にはそうなるかなぁ。はっ…… まさか、モニカは働く気でいるのかい?!」
のんびりとモニカの質問に答えたディエゴであるが、一つの可能性に気付いた途端ぎょっと目を剥いた。
「はい。…… そろそろ現実的なことを考えようと思ってまして」
悪いことをしたわけでは無いのに、なぜか後ろめたい気持ちになってしまうのは何故だろうとモニカは内心疑問を覚えつつも、素直に答えることにする。
そうすれば、ディエゴは額に手を当て空を見上げた。
「…… なんていうことを言わせてしまったんだ」
己の失態を恥じるようなことを言うディエゴに、モニカは首を捻る。
ここまで良くしてもらっているのに、ディエゴが悔いる必要なんて何一つない。
…… 無いはず、なのだが。
「モニカ、そんな馬鹿なことを考えなくて良いんだ!」
身を乗り出してモニカの肩を掴んだディエゴは、これまで聞いたことがないほど大声を出した。
あまりの剣幕にモニカは硬直してしまう。
「この先のことは、なにも心配しなくて良いっ。働く必要なんて無い!! メイドになりたいなんていう考えは今すぐ捨てるんだっ。良いか、わかったか?!」
「はいっ」
思わず気迫に負けて頷いてしまったが、これ以上ディエゴに負担を掛けるなんてとんでもない。
けれど、それを伝えようとした途端、ディエゴは席を立つ。
そして「私に全部任せなさいっ」と宣言したと思ったら、引き留める間もなくどこかへと消えて行ってしまった。