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間近で大声を出されたクラウディオは眉を僅かに潜めたけれど、モニカの手は離さない。
対してモニカは、掴まれていたクラウディオの手を乱暴に払いのけた。
次いで、ときめいた気持ちを隠すようにモニカは腕を組んで、目の前にいる無礼者を睨みつけた。
「随分と失礼なことを言ってくれましたが、その自覚はおありでしょうか? 領主さま」
「辺境の村の娘でも私の顔を知っているとは驚いたな」
田舎娘が激昂しようとも、ご領主さまはどうでも良いようで、斜め上の返答をしてくれる。
悪びれる様子が無いクラウディオに、モニカは淡い恋の思い出が音を立てて崩れていくのを感じた。
(ま、所詮、こんなものか……)
モニカは両親の死によって、世の中は己に優しくないことを知った。期待した分だけ裏切られることも知った。
だから失恋の痛みはさほど辛いものではな無かった。
それより、身体全部に渦巻いている行き場の無い怒りの方が強かった。
「あなたも帰ってください!」
「…… 何?」
まさか自分までもが、という表情を作るクラウディオに、モニカは彼の腕を掴んで、玄関までぐいぐい引っ張る。
ペーパーナイフを向けなかっただけ、人として褒めて欲しい。
そして領主さまに敬意を表して正面玄関の扉を開けると、クラウディオの背後に回って、その背中を押す。
「よさないか、危ないだろう」
「不審者を家に入れている方が、よっぽど危ないんですよっ」
「……この屋敷にまだ、誰かいるのか?」
警戒を強めたクラウディオの口調に、モニカは再び声を荒げた。
「不審者は、あなたです!!」
モニカが有らん限りの力で叫べは、クラウディオは勢い良く振り返った。
「私が、不審者…… だと?」
知らない言葉を聞いたかのように、クラウディオはゆっくりと瞬きを繰り返す。
つまり、彼は勝手にこの家に入って来たことに関して何ら罪悪感を感じていないご様子で。
長いまつげに縁どられたクラウディオの細く形の良い瞳は、困惑の色を映し出してはいるが、それでも状況を把握しようとしている。
そんな彼に、モニカは再び問いを投げつけた。
「他に誰がいると?」
「わからないから聞いているんだ。それに、私は一人で帰るつもりはない」
「そんなの知りませんよ。お迎えなら外で待っていれば来るんじゃないんですか?」
「いや、そうではなくて……」
弱り切った声を出しながら尻すぼみになったクラウディオだが、一つ息を吸って続きを言った。
「君を連れて帰ることにしている」
「嫌ですよ」
「嫌とか良いとかという問題ではない。こんな状態で君に拒否権などあるわけないだろう」
そんなこともわからないのかと言いたげに、クラウディオは小さく溜息を吐く。
「……っ」
(どいつもこいつも、人をモノ扱いしてっ)
ご領主さまらしい上から目線の物言いに、モニカの最後の理性の糸がキレた。
「帰れー!!!!」
クラウディオの背中を渾身の力で押して、家から追い出すと、モニカはバーンと豪快に玄関扉を閉めた。