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「なぁ、モニカ。そろそろ本格的に結婚の話を進めないか?」
テーブルに肘を付いて、ぐいっと身を乗り出しながらセリオはそう言った。
けれど、向かいのソファに腰かけているモニカは、またその話かと言いたげに、うんざりとした表情を作った。
女性なら誰もが憧れる結婚というワードを耳にしたというのに。
モニカは責める視線を向けるセリオから逃れるように、窓に目を向ける。と同時に、金に近い栗色の髪がするりと胸に流れた。
初冬の空はとても澄んでいて、日差しはとても穏やかだった。
今は正午を過ぎた頃。お昼寝をするには少し早い時間だが、うららかな日差しについつい深緑色の目が細くなる。
「村長だっていい加減、式を挙げろって煩いんだよ。毎日、僕の家に来るし。それに僕の立場だって考えてくれよ。婚約して半年経っているのに式の日取りすら決められないって村中の笑い者になっているんだ」
「……ごめんなさい」
モニカは少し考えて、赤の他人が一方的に決めた婚約者に対して頭を下げた。
「いや、わかってくれれば良いんだ。じゃあ、日取りは僕が勝手に決めて良いよね。それと持参金のことだけど」
「ごめんなさい」
二度目の謝罪は、先ほどより強いものだった。
次いで、遮られた事にムッとしているセリオに、モニカは早口で言った。
「もう何度も伝えているけど……私、あなたと結婚する気は無いの」
”何度も”という部分をしっかり強調して、今日こそは納得してもらうことを切に祈りながら。
けれど、返って来た言葉は望まぬものだった。
「結婚する気が有るとか無いとかそういうことじゃないの、いい加減わかってくれよ。僕だって好き好んで君と結婚するわけじゃないんだ。村長が決めたことは絶対なんだ。君だって新参者だけど、それぐらいわかるよね? で、持参金だけどさぁ───」
随分酷いことをモニカに言ったセリオだが、その自覚は皆無である。
辺境の領地のこれまた辺鄙な村は、当たり前に閉鎖的であり、村長が絶大な権力を持っている。
法も秩序もありゃしない。
そして従うことで平穏を得ることが正しい行いだと思い込んでいる村民達は、代々村長の命令に背くことはしない。
せめて村長が人格者であれば、まだマシだった。
けれどモニカが住まうカダ村の村長は、あからさまに意地が悪いわけではない。良く言えば人情味溢れる御仁。言葉を選ばなければ、超が付くお節介だった。
みなしごになってしまったモニカを憐れんで、両親が亡くなってまだ喪が明ける前に、婚約者を決めてしまったのだ。
その相手がセリオである。
同じ村に住んでいるとはいえ、もともと自宅で過ごすことが多かったモニカと、男同士で馬鹿なことばっかりやっているセリオとは面識がほとんどなかった。
じゃあなぜ彼が婚約者になったかと言えば、年齢的に一番釣り合うのが彼だけだったという安易な理由だったりする。
ついでに言えば、癖のある赤毛の彼の容姿はモニカの好みではない。そばかすが浮いた頬を見る度に、げんなりとしてしまう。
(小さな親切、大きなお世話なのよ。まったく……)
女の幸せは、結婚。それ一択。
その考えに疑問を持つこともしないで、つらつらと好き勝手なことを喋り続けるセリオを無視して、モニカはお茶でも飲もうと席を立った。